365のお題

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  1 ほおづえついて (童話風な物語)  

 肉眼で見えるのは、窓によって四角く切り取られた風景だけなの。
 お城の中の小さな窓よ。
 薄い硝子が嵌められて、少し汚れている。
 窓の向こうには、今は誰も手入れすることのない庭が広がっていて、四季折々の植物が、好き勝手に生えているわ。
 木々の間から覗いているのは、城を囲む石の塀。 
 私は、窓の側に置かれた机に頬杖をついたまま、否応なくその景色を見ているの。
 話し相手は、ネズミと虫たちだけ。
 とても、退屈よ。


 私がいるのは、厨房の隣にある薄暗い部屋。
 元々は、城で働く使用人達が、ご飯を食べたり、ちょっとだけ休憩したりする場所。
 今は私しかいないけれど、かつては、たくさんの使用人達が出入りをしていたの。
 ああ、違った。その表現は正確じゃない。
 今でも、ここにはたくさんの使用人がいる。
 けれど、彼らは動かない。
 動くことができないのよ―私を含めてね。
 すべては、この場所にかかった呪いのせいなの。


 まず、何から話せばいいのかしら。
 動けない理由?
 この城の秘密?
 そうね。
 とりあえず、私のことから話すべきかもね。
 このお城の使用人として働いていた私だけれど、元々は魔法使いの所にいたのよ。
 両親が死んで行く場所のなかった私を引き取ってくれたのが、そこそこ名のある魔法使いだった。
 弟子として、私はそこで世話になることになったわけ。
 とはいっても、結局、魔法使いなんてご大層な呼び名をつけられるほど、私には才能はなかったわ。
 せいぜい、小さな動物や虫に意識を飛ばして操ることが出来る程度。
 幼い頃から面倒を見てくれた魔法使いも、私が13歳になったとき、他の職に進んだ方がいいと忠告してくれた。
 幸い、ずぼらな主人のおかげで、家庭内の雑事は一通りできたし、礼儀作法や読み書きも、将来宮廷に出入りする可能性も考えて習わされていた。
 だから、ツテをたどって、このお城を紹介してもらったの。
 もちろん、多少は魔法が使えるなんてことは、書類の特技欄には書かなかったし、面接の時には言わなかったわ。
 下働きで雇ってもらうのに、不利な条件だってことはわかっていたもの。
 第一、こんな中途半端な力なんて、実生活では役に立たないものでしょう?
 神経を集中して魔法を使うくらいなら、自分で行動した方が早いもの。
 それに、お城での仕事は想像していたよりも苦ではなかったわ。
 前の屋敷とは違って使用人はたくさんいたし、それぞれの仕事が細かく別れていたから、何もかもしなくちゃいけないってことはなかったしね。
 友達も出来たし、弟子時代と違ってお給料ももらえるしで、順調に働いていた私だったけれど。
 そのうち、変な噂を聞くようになったの。
 王女さまのことよ。
 この国の国王夫妻には、子供が一人いた。
 とても綺麗な王女さま。
 いつも夢見がちな瞳をしていて、何を見ても幸せそうに笑っていたわ。
 優しくて、上品で、私たち使用人を莫迦にすることもなかった。
 誰からも好かれていたし、もちろん私も嫌いではなかったわ。
 でもね。
 そんな彼女には、大っぴらには口に出来ない不吉な噂があったの。
 生まれた時に呪いがかけられた、という噂よ。
 どうしてそんな呪いがかけられることになったのか、噂はどこから出たのか、誰も知らないようだった。
 ただ、王女さまが生まれたお祝いに呼ばれなかった魔法使いが怒ったのだとか、王様が滅ぼした国の生き残りが復讐したのだとか、お后さまに横恋慕した魔法使いが逆恨みしたんだとか、いろんな話を聞いたわ。
 どれも胡散臭くて信憑性にかけるものだったから、本当のことがあるのか、ただの噂なのかもわからない。
 その当時のことを知るものは、みんな口を閉ざしてしまっていたっていうのもあるわね。
 呪った相手については様々なことを言われていたけれど、ただひとつ共通していたのは、王女さまは、15歳になったとき糸巻きの錘に刺されて、眠りにつくと囁かれていたこと。
 もちろん、その噂を、みんなが信じていたわけじゃないと思うの。
 15年も前のことだし、単なる噂だと考えていたところもあるし。
 だけど、王様は気にしていたのかもしれない。
 街中のことは知らないけれど、王宮内には糸巻きなど置いてなかったわ。
 糸巻きなんて、王族や貴族が触ることはなかったけれど、屋敷内では下働きのものがそれを使う可能性もある。でも、そういうものの使用は一切禁止だったわけ。
 所持していることを見つかっただけで、仕事を辞めさせられたものもいるという話だわ。
 もちろん、これも信憑性のない噂よ。
 噂だけが一人歩きして、大げさになっていった部分もあるのかもしれない。
 このまま何事もなければ、単なる噂話で済んだのだろうけれど。
 結局は、恐れていたことが起こってしまったのよ。
 呪いは本物で、突然やってきた。
 私たちが聞いていたのとは少しだけ違っていたけれどね。
 王女さまは、15の歳に糸巻きの錘にさされて、深い眠りについてしまった。
 それは噂どおり。
 違っていたのは、その呪いが王女さまだけでなく、この城や国中に広がっていったということ。
 すべての人が眠りにつき、たまたま遅い昼食を終わらせて、この部屋でくつろいでいた私もいっしょに動けなくなってしまったわ。
 他の人は意識も眠りについてのかもしれないけれど、私は魔法使いのところで長い間修行をしていたせいなのか、もって生まれた体質なのか、体は眠りについても、意識は起きている状態だった。
 最初の頃は動揺したし、呪いをかけた魔法使いを怨んだりもしたけれど、そのうち、ネズミや虫たちに意識を飛ばして、退屈を少しでも紛らわせることにしたの。
 そうね。最初にしたことは、ネズミたちを使って、旧知の魔法使いに、この呪いを説く方法を聞いたことかしら。
 方法自体は簡単だったわ。
 王女様は今、仮死状態と同じらしいの。呪いによって、生命力を吸い取られているわけね。
 だから、足りない生命力を王女さまに与えればいい。
 呪いの源である王女様が目覚めれば、自動的に他の人間も目が覚める、理屈としてはそういうことみたい。
 詳しい魔法理論については、私にもよくわからないわ。
 ただ、方法は簡単でも、それには問題があった。
 王女さまが眠りに付くと同時に、城を茨が覆い、王都へと入る大きな門には、呪いの言葉が刻まれてしまった。
 虫やネズミなどの小さな生き物たちは、僅かな隙間や綻びを抜けて外へ出ることは可能だったけれど、知識がなければそれ以外の生き物は入ることさえできない。
 これには、困ったわ。
 それで、いろいろ考えたの。
 ネズミたちを使って、まず魔法使いたちに、城の中には美しい王女様が眠っているという噂を広めてみた。
 王女様を目覚めさせることができれば、英雄として迎えられるかしれないとか、城の中には秘宝が眠っているとか、思いつく限りのことを噂にしたわ。
 優秀だったり、世渡り上手な魔法使いたちは、大抵、主人や顧客が貴族だったり王族だったりする。
 その中には、道楽息子やら、毛色の変わった人間っていうのが必ずいて、こういうどこか秘密めいたことに興味を覚えたりするのよ。
 彼らに狙いを定め、どうにかして外部の者の手を借りて呪いをとこうと思ったの。
 本当は、あまり期待していなかったのだけれど、思いのほか、この作戦は効果的だったわ。


 最初にやってきたのは、りっぱな服を着た男だった。
 きちんと世話された馬に乗り、従者や騎士をたくさん連れていた。
 きっと名のある貴族の息子か王族ね。
 彼は大げさな仕種で門を見上げると、中に入ろうとしたわ。
 でも、門には呪いの言葉が刻まれている。
 通ろうとすれば、その人にとって恐ろしい言葉が降りかかってきて、悪夢を見せるというわ。
 うかつにも、男は、用心するように言う家臣の言葉に耳を傾けず、町へと続く門をくぐってしまったの。
 その瞬間の叫び声は、ちょっとすさまじいものがあったわね。
 その声に、操っていたネズミが正気に戻ってしまって、何があったのかは、よく見ることができなかったわ。
 あわてて、違うネズミに意識を飛ばしたけれど、その時には、もう、悲しみにくれる家臣たちによって、男が外に引きづり出されたあとだったのよ。
 その男がどうなったのか、だから知らないの。
 城にはたどりつけなかったのだけは、確かだけれど。


 次にやってきたのは、冒険者とでもいいたげな男だった。
 大きくて切れ味のよさそうな剣と、動きやすそうな衣服と、たくましそうな体。
 力は強そうだったけれど、頭はあまりよくなさそうだった。
 考えるよりも先に、体が動いてしまうという感じかしら。
 その単純な性格がよかったのか、やましいことや恐ろしいことが少ないのか、あっさりと呪いのかかった門を抜けて、城の入口までやってきたわ。
 けれど、城は茨に覆いつくされているの。
 男はそれを見て、しばらく考えていたようだけど。
 茨は植物。
 そんな単純な発想からかしら。
 剣で、蔓を断ち切ろうとしたの。
 魔力を持った茨にそんなことをすればどうなるか、少し考えればわかりそうなものなのに。
 男は、茨に絡まれ、血を据われ、城の中に入ることもできなかったわ。


 それから、たくさんの男たちがここにやってきて、悲惨な最期をとげていった。
 そこら中、死体だらけ。
 あまり、見て楽しいものじゃない。
 匂うだろうしね。
 だからかもしれない。
 そのうち、この城には誰もこなくなってしまった。
『あの城に行くと不幸になる』
 なーんて、悪い噂が広まってしまったのね。
 物好きな連中が、こわごわと近づいてくることはあったけど、中に入ろうとするものは、一人もいなかった。
 退屈でどうにかなりそうな日々が、また始まったのよ。


 それから、どのくらい立ったのかしら。
 話し相手にしていたネズミたちは、随分代替わりしてしまって、この城が活気のあった頃のことを覚えているものはいやしない。
 窓から見える景色が四季を繰り返すのを、数え切れないくらい見た。
 ゆっくり、確実に壁や机が古び錆びていくのを悲しい気分で眺めていた。
 そんな時に、その男はやってきたの。
 どこにでもいそうな男だったわ。
 身なりも普通。
 体だけは、鍛えているのかがっしりとしていて、力も強そうだったけれど、今まで来た男のように従者を引き連れていないし、馬にも乗っていない。華美な鎧や宝石なども、身につけていなかった。
『得体の知れない男』『よくわからない男』というのが、私の印象だったわ。
 男は、城の門にかけられた呪いの言葉をあっさりと無視し、茨が体をちくちく刺しても、煩そうに手で払いのけただけだった。
 魔法に対して鈍感なのか、それとも、それを打ち破る秘術でも持っているのか、私にはわからなかったわ。
 ただ、男は慎重ではあった。
 凍りついたように時の止まった城の中をとても用心深く進んでいる。
 扉を開ける時だって、うかつに開いたりなんかしない。
 ここには邪悪なものはいないと私は知っているけれど、部外者である彼がそんなことをわかるはずがないのだから、その行動は好ましく思えた。
 やっぱり、あまり愚鈍な男に、好き勝手されるのはいやだもの。
 男が何者なのかわからないままだったけれど、見る限りでは何かを探しているようだった。
 王女さま、だとは思えなかったわね。
 男が手を触れるのは、棚とか机とか戸棚とか、何かが隠してありそうな場所ばかり。彫像のように動かない城の人々に、最初こそ驚いていたようだけれど、害がないとわかったら、まったく気にしなくなってしまった。怖がる様子さえない。それには少しばかり驚いたけれど、こんな得体の知れない城にやってくるような人間なのだから、不思議でもなんでもないのかもしれない。
 彼は時間をかけて、あちこちを探索した後、とうとう王女さまのいるところにやってきたわ。
 けれども、彼は、その美しい容姿を見ても心動かされた様子はなかった。
 ちらりとその寝顔を一瞥すると、さっさと部屋から出ようとしたの。
 その時は、心底焦ったわね。
 このまま、この男が去ってしまったら、次に誰か来るのがいつになるのかはわからない。
 そう思ったときには、もう私は行動を起こしていたの。
 意識を飛ばしていたネズミの体を使い、鋭い声で何度か鳴いた。
 その声に驚いた男の足元を、纏わりつくように駆け抜けたわ。わざと脚をもつれさせるようにね。
 意図した通りに、男はよろめいた。
 倒れるまではいかなかったので、隙を逃さす、両方の足の上部な革靴に覆われていない部分に噛み付いてみる。
 かなり痛かっただろうけれど、そんなことにはかまっていられない。
 ふっと意識が逸らされた瞬間、私は男の意識の中に入り込んだ。
 後にも先にも、こんな魔力を使ったのは、初めて。
 今思えば、この機会を逃したくないと必死だったのね。
 意識を操るのはほんの一瞬でいいという思いもあったし。
 そして私は、狙いを定めて、男の体を王女さまの上に倒れこませた。
 上手い具合に、男の唇は王女さまの唇と重なったわ。
 その瞬間。
 操っていた男の体から、力強い生命力が、王女さまに流れ込むのを感じた。
 最初は冷たかった唇が、ゆっくりと温かさを取り戻していく。 
 すべての魔法が解け、時間が動き出していくのがわかったわ。
 それまで静まり返っていた城の中から、ざわめきが聞こえてくる。
 やがて、王女さまの睫が震え、目を見開いた。ここまで来れば、もう大丈夫。そう気を抜いたのがいけなかったのか、その瞬間、私は男から弾き飛ばされたの。
 もしかすると、そこでようやく男も我に返ったのかもしれない。
 元々、きちんとした思考力のある人間を操るなんて高等技術は、私には無理だから仕方ないわ。でも、最初の目的はちゃんと果たせたわけだから、十分だと言える。
 意識が自分の体に戻った私は、そっと体を動かしてみたわ。
 ゆっくりと、ついていた肘を伸ばし、大きく伸びをしてみる。
 長い間動けなかったせいで、少し体がギクシャクしたけれど、私は、ようやく自由を取り戻したわ。


 その後の王女さま?
 よくは知らないわ。
 私は、すぐに仕事を止めて、この国を出たから。
 ずっと同じ場所にいなくちゃいけなかったんだもの。気分を変えて、外の世界を見てみようと思ったわけ。
 ああ、そうそう。
 王女さまのことで、一つだけ知っていることがあった。
 王女さまが目覚めたことによって、あの男は王様と国民に英雄と呼ばれ、感謝され、王女さまの婿にとまで望まれたらしいの。
 でも、結局、王女さまと男は結婚しなかった。
 男が欲しかったのは、地位とか綺麗なお姫さまじゃなかったみたいなのよ。
 お金。
 宝石。
 秘宝。
 呼び方はなんだっていいわ。
 男が欲しかったのは、幻の城に眠るお宝だった。
 早い話が、盗賊ってやつかしら。
 今でも、覚えているわ。
『そんなつもりじゃなかったんだが』
 と、困り顔で空を仰いでいた男の姿を。
 そして、その日の夜に、男は煙のように消えてしまった。
 たぶん、逃げたのね。
 今までは世間から隔離されていて、そういう情報は入ってこないけれど、そのうち他国と交流を再開すれば、男の顔を見知っているものが出てくるかもしれないもの。
 捕まる前にそうするのは、当然だと思うわ。
 

 どちらにしたって、キスひとつで目覚めさせられて、いきなり得体の知れない男と結婚しろなんて無理なこと言われた王女さまには同情する。
 それとも、心優しい夢見る王女さまは、それさえも運命だと言うのかしら?
 私なら、遠慮するけれど。
 ねえ、どう思う?
 あの時と同じように頬杖をついたまま、私は、旅先の宿に巣を張った蜘蛛に向かって、呟いてみた。

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