365のお題

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  3 再会 (童話風な物語)  

 そもそもの始まりは、立ち寄った村で偶然聞いた噂話だった。
 ここから北へ少し行った場所にある森の中に、かつてこの地を治めていた領主の屋敷があるらしい。
 不幸な死に方をした領主は大変な財産家で、屋敷には、お宝がざくざくと眠っているが、今では化け物の巣窟となり、誰も近づくことが出来ない。
 仮に屋敷内に入ったとしても、生きて出られないとも言う。
 お宝という言葉に、まず俺は心惹かれた。
 もともと自由気ままに旅をし、あちこちでお宝を頂戴するのが俺の仕事だ。
 盗賊と呼ぶやつもいるが、俺は人が住んでいる場所や、所有者が生きているような物には手を出さない。
 ちょっとした良心という奴だな。
 だからといって、俺の仕事が誉められたもんじゃねえってことは、十分承知しているが。
「ちょっと、お兄さん。あんたまさか領主様の屋敷に行くつもりかい?」
 村にひとつしかない宿屋券食堂を取り仕切る女将が顔をしかめながら、話しかけてくる。
 俺が村人たちと屋敷の噂をしているのを、聞きとがめたらしい。
「やめときなよ。あそこは、本当に怖いところなんだからさ」
 心配してくれているのは、彼女の目を見ればわかる。
 そのくらいのことでお宝をあきらめるつもりはなかったが、皆が注目している手前、俺はわざと大袈裟に肩をすくめた。
「行きやしねえよ。ただ、皆が噂をしているから、気になって聞いてたんだよ」
「ならいいけどね。あそこに行って帰ってきた人間なんて、一人もいやしないんだから」
 女将は恐ろしそうに身を震わせてみせたが、そもそも、化け物なんて滅多に出ないことを俺は経験から知っている。
 大抵は、見間違いか、勘違いだ。
 万が一化け物が出たとしても、俺だって、何の対策もせずに危険な場所に入り込むなんて無謀なことはしない。
 そんなわけで、俺はなるべく自然に、屋敷のある詳しい場所を村人から聞きだすことにする。
 早速明日の朝、そこに向かうつもりだったからだ。


 領主の屋敷は、森をかなり入った場所にあった。
 辛うじて道は残っていたので、それほど苦労はせず辿りつくこともできた。
 が、屋敷に近づき、その扉を開いた時、妙な感じがしたのだ。
 近づくものなどいないと村の連中は言っていたが、あきらかに誰かが入ったあとがある。
 長い間閉ざされていたにもかかわらず、それほど空気が濁っていない。
 同業者が入り込んでいるというのが一番ありそうなことなんだが、それにしては、あまりにも静かすぎる。
 用心するにこしたことはない。
 自然に、俺の足取りは慎重になった。
 もしかすると、例の噂の化け物の可能性がないわけじゃないからだ。
「あら」
 ふいに聞こえてきたのは、予想に反して人間の声だった。
「お客さんなの? めずらしいのね」
 俺は身構える。
 気配がしなかった。
 これだけ古い屋敷だ。
 用心深く歩いている俺でさえ、物音を立てずにいるのは難しい。
 それなのに、声をかけられるまで、まったくそこに人がいることに気がつかなかったとは。
 声がした方向には、広間から続く大きな階段がある。
 そこに、手すりに肘をついて、こちらを見下ろしている小柄な女性がいた。いや、少女といったほうがいいのか。
 こんな場所に入ってくるには不釣合いな軽装をしているだけでも、妙な感じだ。
「お宝でも探しにきたのかしら」
 声に聞き覚えはない。
 初めて見る顔、身体。
 だが。
 あの時の女だ。
 瞬間的に、俺は悟った。
 以前、お宝を求めて入り込んだ古い城で、俺の身体を乗っ取った存在がいる。
 あの時、俺のことを遠くから見ている視線を感じた。
 突き放したような冷めた眼差し。
 あの時の視線と同じものを、彼女は持っている。
「はじめまして」
 初対面であるかのように言葉を投げかけてくるが、俺は確信していた。
 俺が誰なのかこいつには判っている。
「生身で会うのは初めてだわ。お姫様を救った英雄さん?」
 そう言って笑った女を見て、俺は、ここへ来るべきではなかったのかもしれないと思った。


 そのまま引き返したいと思った俺を引き止めたのは、思わぬ彼女の言葉だった。
「宝探しにきたのよね? だったら、あたしが協力してあげられるかもしれないわ」
 女の言葉は魅力的だったが、何か絶対裏がある気がした。
 ない方が不自然だ。
 以前のことがあるだけに、俺は彼女を疑ってしまう。
「そのかわり、助けて欲しいのよ」
 やっぱり。
 ここで引き受けたとたん、とんでもない目に会うに決まっている。
「悪いが、俺はあんたと協力しあうつもりはねえ」
「冷たいのね」
 聞かない振りをして背をむける。
 元々お人よしでも慈善家でもない。
 自分の徳にならないようなことは、しない主義だ。 
「お宝は、あきらめるの?」
 その言葉に、つい立ち止まってしまう。
 振り返るまいと思っていたのに、女の方へ顔を向けてしまう。
「どうしても入らなければならない部屋があるのだけど、壊れた扉を押してあけるほど力はないの。……だから、助けて欲しいのよ」
 ほんの一瞬、女の顔に悔しげな様子が見えた。
 それが、最初の俺の好奇心。
 魔法を使うはずの女が何であんな顔をする?
 そう思ったときには、俺は口を開いていた。
「魔法は? あんた魔法使いだろ?」
「私は、魔法の才能は殆どないわ。せいぜい小さな生き物を操ったりできるくらい」
「俺の身体は、小さくないぞ」
 以前の悪夢を思い出し、俺は呻いた。
 あの気持ち悪さは、きっと一生忘れられない。
「あら。だってあの時のあなたは鼠に噛付かれて、意識が朦朧としていたんだもの」
 痛いところをつく。
 誰だって、いきなりあんな目にあえば、驚くに決まっている。
 まさか、一見無害そうな鼠が、襲い掛かってくるなど想像できるか。
「あたしも必死だったの。許して欲しいわ」
 謝られているような、謝られていないような、微妙な言葉だ。
「で、どうするの? 手伝ってくれるのならば、宝がある場所を教えてあげるけれど」
 結局、俺はその言葉に逆らえなかった。
 情けないぜ、まったく。


 俺は、女の後ろをついて歩きながら、その姿を仔細に観察することにした。
 魔法使いには数多く会ったことがあるが、この女はどこか変わっている。
 俺が知っている魔法使いといえば、胡散臭い格好で悪いことをしているか、貴族や王族に取り入って旨い汁を吸っているような連中が殆どだ。
 それ以外の―恐らく、真っ当な魔法使いっていうのは、どいつも変人が多いが、彼女もその類なんだろうか。
 そうなのかもしれない。
 見た目はごく普通に見えるが、眼差しは魔法使いのものだ。
 魔法が使えることを笠に着て、好き放題しているやつらとは明らかに違う。
 俺は多くの魔法使いを見てきた。
 だからわかる。
 魔法使いというのは―いや、魔法の才能と、資質は違うのだ。
 彼女には、確かにそれほど才能はないのかもしれないが、その中身は魔法使いそのものだ。
 先ほど沸いてきた好奇心が、大きくなるのを感じる。
 この女は面白い。
 おそらく、これまで会ったどんな女よりもだ。
「ねえ」
 ふいに女が口を開き、突然立ち止まる。
 危うくぶつかりそうになっちまった俺は、すぐ間近にある顔が不快そうに眉をひそめているのに気がついた。
「さっきから、何をじろじろと見ているの?」
「いや、別に」
 見下ろしていて気づいたが、彼女は、俺が怖くはないのだろうか。
 彼女は俺の職業を知っている。
 俺が、盗賊すれすれのことをしているのはわかっているはずなのに。
 そんな奴と人もいない屋敷で二人きり、しかも平気で背中を見せている。
 今、俺を見上げている顔にも、じろじろ見られて不愉快だという様子は見て取れたが、恐れなどなかった。
「怖くねえのかと考えていただけだ」
「怖い? あなたが?」
 それこそ不思議だとでもいいたげに、女は目を細めてみせる。
「怖がって欲しいの?」
 そんなわけがない。
「あなたはそんなに怖くないと思うわ」
 何故か自信たっぷりだった。
「最初にお城であなたを見たときから、あたしはあなたのことをそれなりに買っているのよ。あの呪いを解いてくれたのは、あなたなのだし」
 それなりにという言葉に少し引っかかりを覚えるんだが。
 これは一応誉められているのだろうか。
「そういえば。あなたの名前を聞いてなかったわ。あたしはリラ。あなたは?」
「レイクって呼ばれてるよ」
「そう。よろしくね」
「で、あんたの目的ってのはなんだ? あんたも宝探しか?」
「そうね。後始末ってところかしら」
 後始末?
 意味がわからねえ。
「ここは、私の兄弟子の屋敷なのよ。100年も前のことだけれど」
 100年?
 一瞬、ぎょっとしたが、そういえば、リラは呪いのかかった城にいたはずだった。
 100年の間、眠りについていたのだから、その兄弟子とやらがもう死んでしまっていたのだとしてもおかしくない。
 しかしなあ。
 なんでもないことのように言うが、平然としていられることが、俺としてはどうしても不思議だ。
 100年というのは、中途半端に長い時間だ。
 知り合いは殆どこの世から去ってしまっているが、世の中がそれほど大きく変わっているわけではない。
 自分が知っている土地や建物はそう変わらないのに、そこに住んでいる人間が誰も知らない存在だというのは、恐ろしいことなんじゃないかと思う。 
「何おかしな顔しているの?」
「いや。変な女だと思っただけだ」
「あなたこそ変な男。私を疑わないの?」
 確かに、こういう情況で、こんなふうに出会ったのならば、相手を疑ってかかるのが、俺たちの世界の鉄則なんだが。
 なぜだろう、そもそも目の前の彼女に対して、そういう気持ちが湧いてこなくなっちまった。
「で、その兄弟子と、後始末の関連性は?」
 彼女は、俺を見ながら小さなため息をつく。
「知りたいの?」
「ああ」
 好奇心が時には役に立つこともあるんだよ。
 それに、俺はリラに興味がわいてきた。
「そうね。何から話すのが解りやすいのかしら」
 眉根を寄せて考え込んでいる。
 その整った顔が、意外に俺好みだと今更ながら気がついた。
「この屋敷に住んでいたのは、領主でありながら魔法を学ぼうとしていた男だったわ」
 兄弟子といっても、リラと男が師の元へ行ったのは、ほんの数日の差だったという。
 魔法を学び始めるのには少し年をとりすぎていたが、才能は確かで、あっという間に高等魔術を覚えてしまったらしい。
「本当に力ある魔法使いだったわ。けれど、それに見合うだけの器がなかったの」
 多くの魔法使いがそうであるように、男も魔力を持ったがゆえに、傲慢になっていったらしい。
「元々、彼は変わっていて。地位とか財産にとても固執する男だったの。そして、魔法で何でも出来る分、人を信用しなくなってきたのね。彼にとっては、お金と地位が全てだった。家族関係もあまりよくなかったようだし。…ねえ、この屋敷に眠る宝を、彼がどうやって手に入れていたか知っている?」
「いや」
 そこまでは村人は教えてくれなかった。
「財産を持っている女と結婚するの。しばらくすると、その女は不慮の事故や病気で死んでしまうのね」
 つまり。
 男は、財産を手に入れるために、次々と結婚したというわけなのか?
 そして、用が済めば、その相手を…。
「私は何度も忠告したのよ。それは自分自身を不幸にするからと。でも聞いてはくれなかった」
 元々、魔法の力が微力なあたしのことは馬鹿にしていたし、となんでもないことのように笑う。
 その兄弟子とやらは気づかなかったのだろうか。
 真に魔法使いの資質を持っているものは、能力の差ではなく、このどこか人とは違う感覚そのものだ。
 魔法が使えることを当たり前のこととしない。
 欲がないというのとも少し違うが、少しばかり世間的に常識だと言われていることからずれている。
 そう。
 目の前にいる彼女のように。
「彼は、財産を手にいれたのだけど、最後に娶った女性の家族に、殺されてしまうはめになったわ」
「殺された?」
「そうなの。彼の最後の失敗ね。その女性の兄だったか弟だったかが、王直属の騎士だったらしいの。兄弟子の周りであまりにも人が死にすぎることに不審を持ったのね」
「それは、まあ、気の毒に」
 俺の曖昧な言葉に、彼女は苦笑した。
「自業自得だと思うわ」
 心底そう思っている顔だな、これは。
「それで、何もかもめでたしめでたしで終わればよかったのだけど、彼はやっかいなものを残してくれたわ」
「厄介なもの?」
「ええ、そう。……あ、待って。日が暮れるまでに、目的の部屋にたどり着きたいわ。悪いけれど、この続きは後で」
 無理やり話を終わらせたような気がするのは、俺の思い過ごしだろうか。


 長い廊下を渡り、階段を上り、ようやくたどり着いた大きな扉の前を、リラが指し示す。
「この部屋なの。ここに用があるのだけれど、鍵は役に立たなかったし、扉は壊れているし、押しても引いても動かない」
 なるほど、頑丈な扉だった。
 俺でも荷が重いかもしれない。
「とりあえず開けられるかどうか、頑張ってみるさ」
 そういった手前、真剣にならざるをえなくなった。
 格好をつけるというわけでないが、あまり情けない姿は見せたくはない。
 俺は気合を入れなおして、扉に身体をぶつけた。
 二度ほど体当たりをすると、扉はきしみながらも開く。 
 同時に、籠もった空気が廊下にあふれ出した。
 そのすさまじい匂いに、俺は吐き気を覚える。
「これはすごいわ。鼻がどうにかなってしまいそう」
「確かにそうだが」
 普通、こんな部屋の状況を見て、顔色ひとつ変えないっていうのもどうかと思う。
 俺でさえ気分が悪くなったくらいなのに、リラは躊躇することなく部屋の中に入っていく。
 遅れて続いた俺は、得体の知れない匂いと染みに、いやーな予感を覚えた。
「この辺りの染みは新しいわ」
 壁に指を這わせ、染みの様子を確かめるリラの顔は、不愉快そうに歪んでいた。
 表情の変化の少ない彼女の顔がこんなふうにはっきりと感情を表すのは、ひどくよくない感じがする。
「化け物が出るという話は、本当かもしれないわ。言い忘れてたけれど。ここには鼠一匹存在しないのよ」
 おいおい。
 そういうことは早く言ってくれ。
 というより、そういう場所に一人でやってくるお前の方が、絶対どうかしている。
「さっさと用事を済ませた方がいいみたいだわ。少し待っていて」
 リラは、部屋の中央に置かれた机に近づくと、埃にまみれた書類やら本やら得体の知れない実験道具やらの間を探しはじめた。
 待つほどもなく、その中から、何かきらきらと光るものを取り出す。
「それは?」
「宝石よ。宝石の中には魔力の手助けをするものがあって、これはそのひとつ。とても貴重なものね」
「それを取りにきたのか?」
「…兄弟子は、これをとても大切にしていたから勝手に持ち出そうとすれば、怒るはずなの」
 言っていることがますますわからない。
 大体、その兄弟子ってやつは、ずっと前に死んだはずなんだろう?
 怒ることなんて出来ないはずじゃないか。
「ねえ、感じない? この部屋を開けたことを怒っている何かがいるわ」
 彼女が言うのと同時に、部屋の中の調度品ががたがたと揺れ始めた。
 頑丈な造りのはずの床さえも、波打つように揺れている。
 地震の類ではないのは、窓の外にあるものが、何一つ揺れていないことでわかる。
「…ああ。これは、怨念っていうものが引き起こしているものね」
「だーかーらー! そう平然と言い切るんじゃねえ!」
「他に言い様がないもの」
 噛み合ってない!
 俺は空を仰いで、そう呟いた。
「結論としては、このままここにいると、新たな染みを作る羽目になりそうね。逃げましょう」
 言われるまでもないだろ。
 俺もその意見には大賛成だ。
「闇雲に逃げても、仕方ないわ。あたし、この屋敷のことは意外と詳しいのよ。ついてきて」
 俺は彼女の言うとおりにするしかなかった。

 
 リラに導かれるように連れてこられたのは、小さな扉の前だった。
「ここは?」
「兄弟子が、魔法に関する道具を隠していた地下室。めくらましの呪文がまだ効いているはずだから」
 リラに続いて、部屋の中に入る。
 地下にあるだけでなく、長い間開けられることのなかった部屋は、微かに黴臭い。
「とりあえず、あれはしばらくこないと思うわ。…とりあえず、だけど」
 それはつまり、全然解決していないってことに、なるんだろう、やはり。
「で、いったいどういうわけなんだか、説明して欲しいところなんだが」
「兄弟子が殺されたという話はしたのよね」
「ああ」
「未練を残して死んでしまったものだから、彼の魂はこの屋敷に留まったままらしいの。なまじ魔力があったものだから…」
 なるほどね。
 それほどまでに、金や財産に未練があったということか。
「あの部屋…さっきの奇妙な部屋は、兄弟子が魔法実験を行っていた部屋で…最後に殺された場所」
「それにしては、新しそうな染みもあったぞ」
 誰も入ったことがないのならば、古い染みしかないはずだ。
「言ったでしょう? 私が持ってきたのは宝石だけれど、あそこにあるものは皆、兄弟子にとっては大切なものだった。だから、迷いこんだ生き物で、中の物を持ち出そうとした人間は、無事ではいられなかったと思うわ。たとえば、あなたみたいな職業の人」
 つまり、俺もああなった可能性があるということか。
 というより、死体も残さずに染みだけ残っているというのがなんともなあ。
「宝を取ろうとする人間は、皆敵だと思っているんじゃないかしら」
 まあ、泥棒には違いないわけだからな。
「あまりにも大きな怨念は、歪みを生じさせるわ。だから、事態をなんとかしようと、魔法使い仲間たちが対策を考えたりもしたのだけれど、どれもうまくいかなくて」
「で、あんたが、幽霊退治に?」
 俺の言葉に、リラは曖昧に笑う。
「貧乏籤を引いたのだと思ってもらえれば、正解よ」
 それきり、彼女の言葉は途切れた。
 地下室は、扉を閉めてしまうと、かなり暗い。
 そんな中、二人で沈黙してしまうと、なんか、こう、居心地が悪いというか、10代の餓鬼の頃に戻った気分というか…て、何考えてんだ俺は!
「こうやってじっとしているのも退屈ね」
 リラの吐息が俺の耳元を掠めた。
 何の匂いだろう。
 甘い香りもする。
 薄い光が辺りを照らしているだけなので、互いの顔はよく見えないが、彼女が俺の目をじっと覗き込んでいるような気がする。
 俺の体を乗っ取った時感じたものとは違う、熱っぽい眼差しだ。
 体の芯がぞくぞくするようだった。
 宝を目の前にした時と同じように、体が熱くなる。
 ああ、だが。
 今は、そんな悠長なことをしている場合ではない。
 問題は解決していないし、危険も迫っている。
「これからどうするんだ? 何かいい方法があるのか?」
「怨念を浄化する呪文は知っているわ。だけど、私の魔力なんて、たかが知れてるもの。成功する確率は、半分というところね」
「半分? それだったら、どうしてお前が尻拭いなんかしないといけないんだ? もっと魔力の強い奴は幾らでもいるだろう?」
「あんなどうしようもない奴でも、兄弟子だから。身内として、きちんと始末はつけないと。それに、残念ながら、報酬が絡まないようなことは、みんなしたがらないのよ」
 どこの世界も、同じようなものか。
「そういえば、聞きたかったのだけど。あなた、あの時城の呪いが聞かなかったわ。何故?」
「ああ。昔から、ああなんだ。運がいいのか悪いのか、呪いが聞きにくい体質らしい」
「……そう」
 しばらくリラが沈黙する。
 何を考えているのだろう?
「あなたには、魔力があるのかもしれない」
「はあ?」
 何を唐突に。
「しかし、俺は魔法なんぞ使えねえぜ。訳に立つかと思って、少し齧ったことがあるが、まったくダメだったぞ」
「魔力があるから、魔法が使えるわけではないの」
 よく理屈はわからなかったが、魔法使いである彼女が言うのだから、その通りなのだろう。
「あたしがあなたの魔力を借りるわ」
「そんなことが出来るのか?」
「少し嫌な感覚がするでしょうけど、あたしの意識をあなたに合わせてみる。一度、あなたを覗いているから、やれるかもしれないわ」
 そんな不確定な要素で大丈夫なのか?
 失敗したら、俺たちも、あの染みのひとつになっちまうんだぞ。
「大丈夫。あなたなら、勝てるわ」
 柔らかな感触が、俺の唇を掠めた。
 甘い匂いに、意識がとろけそうになる。
 思わず、腰にまわした手に力がこもった。
 というより、俺も男だ。
 こういう状況で、その、少しばかりいけない妄想をしたところで、誰が責めるだろうか。
 いや、誰も責めない、というか責めてほしくない。
 だが。
「奴が来るわ」
 珍しく緊張したリラの声で、俺の妄想は断ち切られたのだった。


 悪意っていうのを形にすると、こういうふうになるのだろうかという存在が、目の前にいた。
 見ているだけで、気持ちが悪くなる。
 近づいてくるだけで、心の中に巣食う、負の感情が湧き上がって来る。
 それほどまでに、執着し、固執するものがあったというのだろうか。
 それを奪われることが、そんなに嫌だったのだろうか。
 俺自身も宝や財宝は好きだ。
 財産だって、ないよりもあった方がいいに決まってる。
 だが。
 こうやって、死んで尚、未練を残すほどのものなのかというと―それは、わからない。
 むしろ、怖いと思う。
「……レイク?」
 呼びかける声に、我にかえった。
 そうだ。
 今はそんなことを考えている場合ではない。
 リラの手が、俺の手に触れた。
「大丈夫?」
「…ああ」
 俺は剣の柄を握りなおす。
 同時に気合も入れなおした。
 まだ、お宝も手に入れていないのに、こんなところで、未練たらしい怨念に殺されたくはねえ。
 薄く目を閉じて、リラは意識を集中しているらしかった。
 ふっと、何かが入り込んでくるような感覚がある。
 以前のように乗っ取られた感覚ではない。
 薄絹のように俺の意識を覆ったそれは、すぐ側にいるリラと同じように、冷たく張り詰めたものだった。
 同時に、俺の中に、今まで感じたことのないような、何かがうごめいている。
 熱く、どろどろとしている、得体の知れない力。
 これが魔力というものなのだろうか。
 身体の中が燃えてくるようだった。
 目の奥がちかちかする。
「くっ…」
 思わずもれた声は、視覚的な変化に眩暈を覚えたからだ。
 魔力を使う時には皆そうなのか、リラの意識が俺の中にあるせいなのか、今、俺が見ているすべての色が、微妙に滲んでいる。
「…今よ」
 耳元で囁くような声に、俺は反射的に、持っていた剣を、勢いよく振り下ろす。
 同時に俺の唇が勝手に動き、聞いたことのないような言葉が滑り出た。
 手の先に、熱い何かが移動しているのがわかる。
 ぬるりとした柔らかなものが剣に触れた。
 形のないそれを、確かに切った感触があって。
 それは、現れた時と同じように、唐突に消えてしまった。
 なんとか、成功したらしい。
 急速に身体が冷えてくる。
 キモチ悪い。
 俺はそのまま、へたりこむように、床にしりもちをついてしまった。
 思いのほか強い力を、いきなり使っちまったせいらしい。
 本当に、情けないったらありゃしねえ。


 そのあとリラは、兄弟子が隠していたお宝のある場所を教えてくれた。
 約束はちゃんと守ってくれるようだ。
「さてと。これからどうする?」
 いつまでも、ここにいるわけにはいかないだろう。
 俺は、とりあえず手近にある宝石類を袋に浚いこむ。
 欲張っていろいろ持って行きたいところだが、量的に考えても無理だろうな。
「好きにすればいいわ。あたしもそうするから」
 素っ気無い。
「宝はいらないのか?」
「必要ないし」
「……だろうな」
 彼女が宝石を持って大喜びしている姿というのは、どうしても想像できない。
 …いや、大喜びすることがあるのかどうかも疑問なんだが。
「寂しいものね」
 例の部屋から持ち出した宝石を、リラはくるくると器用に回し始めた。
 開いた扉から差し込む光を受けて、虹色に輝くそれは、ひどく儚いものに見える。
「宝石やお金があれば幸せになれると兄弟子は言ったのだけれど…。そういう幸せは寂しい気がするわ」
 そうかもしれない。
 数え切れない宝石や金なんかあっても、誰とも分かち合うことができなければ、一人であることに変わりはないのに。
 何より、そういうものは、あったかくもやわらかくもないからな。
「あなたも、お宝とやらに執着して、道を踏み外さないようにした方がいいわ」
 リラの手の中の宝石が、弧を描いて俺の方に飛んできた。
 慌てて受け止める。
「危ないだろ」
「その宝石は貴重だから、もっていけばいいわ」
 そういうことを平気で勧めたりするあたりがやっぱり変わっているんだろうな。
 自分が持っていたほうが、いいだろうに。
 やっぱり、この女は面白い。
「俺は、お宝探しよりも、もっと楽しいことをいろいろ知っているからな。あんたの兄弟子のようにはならねーよ」
「たとえば?」
「そうだな。例えば、目の前にいる変わり者の魔法使いを口説いてみるとか?」
「ありきたりの口説き文句なら、いらないわ」
 いやいや。
 そういうもんじゃないと俺は思ってるぜ。
「ありきたりの言葉の方が、重みがある場合もあるだろ」
「やっぱり変な男だわ」
 そういって近づいてきたリラの視線は、熱っぽい。
「そうね。言葉だけが全てじゃないわね」
「だろ?」
「自信満々ね」
 座り込む俺の顔を覗きこんでくるリラからは甘い匂いがする。
 俺は、宝石を浚いこむのを止め、彼女に向かって手を伸ばした。
「それが俺の性格だからな」
 引き寄せたリラの身体は、柔らかくて抱き心地がいい。
 宝石だって魅力的だが、やはり生身の人間に勝るものはないのかもしれない。

 
 もらうものをもらった後、俺たちは屋敷をあとにした。
 お宝の全てを手にしたわけじゃないが、あとは役人がどうにかするか、他の同業者が好きにするのだろう。
 すっかり日が暮れていたのが、誤算といえばそうだな。
 月明かりを頼りに森の外に出る。
 道は一本道ではないが、彼女と俺が踏み出した方向は同じだった。
「ついてこないで」
「ついてくるんじゃねぇ」
 一本道だとわかっていて、お互いが同じことを言ってるようじゃ、先が思いやられる。
 …先があったら、だがな。
「あるかもしれないわ」
 リラの言葉に俺は、ぎょっとした。
 こいつ…まさか。
「あら、別にあなたの心が読めたわけではないわ。あなたの顔を見ていたら、そう考えているんじゃないかって思えたのよ。…不思議ね」
 相変わらず読めない表情だ。嫌がっているようには見えなかったが。
「仕方ねぇな。次の街で何か仕事にありつけるまでは、つきあってやるか」
 俺の言葉に、彼女は笑った。
「だったら、ずっとつきあわないといけないはめになりそうだわ」
 何故か楽しそうに見えるのは、俺の気のせいだろうか。


 これが偶然の出会いだとすれば。
 最初の出会いは、必然だったのかもしれない。
 名も知らない国で、俺の意識を乗っ取った、とんでもない女。
 だが、俺はいつのまにかこの再会を喜んでいる。
「退屈させんじゃねえぞ」
 そんな俺の声が届いたのか、届いていないのか。
 リラの顔には、今まで見た中で一番綺麗な笑顔が浮かんでいた。

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