365のお題

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  9 はじめての日 (ちょっと変わった物語)  

「うわぁ! これはすごいですぅ」
 目をきらきらと輝かせて、一見すれば美少女、けれどよく見れば耳が怪しい少女が座り、運ばれてきた巨大チョコレートパフェに対して感嘆の声をあげた。 
「キャット、こんな大きなパフェ食べるの、はじめてですぅ」
 しゃべるたびに、彼女の髪の間から見える、大きな猫耳がひくひくと動く。
 私は、喫茶店の一番奥、影に隠れた場所にいるとはいえ、誰かにそれが見られないかと、心配だった。
 そう。
 目の前にいるこの少女の猫耳は作り物じゃない。
 正真正銘、本物の、体にくっついている、きちんと使用可能な、耳なのだ。
 実は尻尾もあるのだが、これは長めのスカートをはかせることで、なんとか見えないようにしている。
 ごく普通の女子高生な私の前に、どうして、こんな少女がいるか。
 ことの起こりは3日前。
 突然、異常な事態に巻き込また私は、その時、この猫耳娘と知り合った。
 どうやら悪の組織の一員らしいのだが、なぜか懐かれ、強制的に我が家に住み着くことになったのだ。
 諸事情で、現在両親は海外在住、一緒に暮らしている姉も、ほとんど自宅に帰ってこないという状況なので、うちに奇妙な同居人がいることは、まだ家族にはバレていない。とはいえ、近所の目もあるので、毎日ひやひやしているんだけど。
 あそこのお嬢さんは、幼い少女を家にひっぱりこんでいるなんて噂が立ったら、立ち直れない。
 もっとも、この猫耳娘、普段は猫の姿をしているので、近所の煩いおば様たちには、『最近、猫を飼いはじめた』と思われているくらいで怪しまれてはいないようだ。
 うちはペット可のマンションだから、つっこまれることはないし。
 幸い、あの時会った変な5人組にも、その後遭遇していない。
 友人たちから、最近この町に妙なかっこうをした人がうろついているという話は聞いたけど、それが彼らなのかどうかもわからない。
 猫耳娘のことはもう探していないのか、それとも他に目的があるのか。
 彼女が悪の組織が云々といっていたから、そっちと戦うのに忙しいんだろう……たぶん。
 で、猫耳娘はというと、私が学校へ行っている間は猫の姿になってついてきているようだ。
 家の中では、猫だったり人型だったりするけれど、特殊能力をもっていたり、目から光線が出るなんてこともない。
 食事の支度は私がやっているし、掃除も私だ。
 ただいるだけなので、当初宣言していた「私を守る」という約束はぜんぜん果たされない。
 いや、別に果たしてほしいと思っているわけじゃないけれど。
 できれば、このまま「恩は返しました」といって、いなくなってくれれば嬉しいんだけど。
 どちらにしても、この目の前でぼよよーんとしている猫耳娘には謎が多い。
 今日、ここへつれてきたのは、食べ物でつって、彼女のことを少しでも探ろうという意味もあるんだけど。
 素直に答えてくれるかどうかは、わからない。


 彼女がパフェを食べ終わったあと、私は尋ねてみた。
「キャットっていうのは名前なの?」
 キャット=猫というのは、大抵の人は知っている。
 いくらこの子が猫だとはいえ、このネーミングは、いい加減な感じがする。
 誰がつけたのか知らないけれど、センスはないと言ってもいい。
「キャットは、キャットですぅ。キャットみたいなのは、みんなキャットって呼ばれてます」
 そうなんだ。
 ということは、猫耳娘はたくさんいるのか。
 …猫耳男もいるんだろうか。想像したくないけれど。これが、可愛らしい顔だったらいいけれど、マッチョな猫耳男とかだったら、あまり一緒にいたくないかも。
「じゃ、個人の名前―というか、あんた自身の名前っていうのはないんだ」
「そうですね〜。今までは、『おい』とか『そこの』とか呼ばれたりしてました」
 すごく不便そうだ。
 愛称をつけるとか、記号で呼ぶとか、考え付かなかったのか。
「あっちでは、それでもよかったかもしれないけど、さすがに人がいる前で、キャットって呼ぶのも変だよね」
「変、ですか」
 あだ名ってことで通るかもしれないけれど、何か違和感がある。
「そーだね。私のところにいるときだけ、適当な名前で呼んでもいい?」
「え?」
 大きな目がうるうるになった。
 まずかったかな、やっぱり。
 この子は人間じゃないわけだし、価値感が私たちと違うのかもしれない。キャットって呼ばれる方がうれしい可能性もある。
「あ、嫌ならいいんだよ」
「ぜ、ぜんぜん嫌じゃないですぅ。むしろ嬉しいです」
「そ、そう? 希望があれば、好きな名前で呼ぶよ」
「お姉さまが決めてください」
 あ、やっぱりそうくるか。
 んーーー。
 そのとき、ふと 目の前の壁に貼ってある広告が目にはいった。
『新登場! ノンアルコール飲料! 味はビールと変わりなし!』
 という文句が、汚い文字で、書きなぐってある。いかにも胡散臭げな広告だ。
 しかも、なぜかノとアの文字だけが大きく書かれている。
 ……ノア。
 その2文字が頭の中でぴたりとはまった。
「よーし、ノアにしよう」
 適当だけど。
「あんたのことは、今日からノアって呼ぶから」
「ありがとうございます! キャットは、幸せものですぅ」
 両手を握り締め、大感激な様子だ
 ここまで喜んでもらえると、私もちょっと嬉しいかな。
「今日は、キャットがお姉さまに名前をはじめて呼んでもらった日なんですね! 絶対忘れません!」
 い、いやー。
 それは少し違うんじゃないかと。そこまで大袈裟にしなくてもいい気がするよ。
 ……適当だし。
 ノアが、ふと席を立ち、私の横にきた。
「お姉さま…」
 いきなり、がばり、と抱きつかれる。
 頭が真っ白になる。
 ここは、知らない人もいる喫茶店なのにー!
 なんてことをするんだー!
 けれど、私の驚きは、それだけでは終わらなかった。
「お姉さま、大好きですぅ。一生、お姉さまについていきますぅ!」
 店内中に響いたノアの声に、そこにいた人の視線が、すべてこちらに向いた。
 つきさすような視線が怖い。
 い、いたたまれないー! 


 日常が、ますます遠ざかっていくような気がする……。
 でも。
 もしかしたら。
 今日の出来事に関しては自業自得かもしれない。
 いや、間違いなく自業自得だろう。
 近所で変な噂が立たなければいいと思いながら、私は深く反省した。
 そして、ショックのあまり肝心なことを何一つ聞けなかったと気がついたのは、次の日のことだった。

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