365のお題

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  11 酔い (ちょっと変わった物語)  

「こんなところで会えるなんて、私は運がいいな」
 いきなり目の前に現れてそう言ったのは、グレイのスーツにサングラス、すらりと背が高い、けれどもどこか中世的で綺麗な人だった。
「ああ、私のことが誰だかわからない?」
 低く甘い声で囁かれても、記憶にはない人だ。
 というか、この人、女性なのか男性なのか、そのあたりからして、ちょっとわからないんですけど。
「私はね、最初に会った時から、ずっと君のことが気になっていたんだよ」
 その人は、サングラスを取って、にっこり笑った。
 驚いたことに、その瞳は深いブルーだった。
 とても綺麗で神秘的な感じがする。
 だけど。
 やっぱり見覚えのない人だ。
 いや、ほんと、あなた誰ですか?


 たまには報告に帰らないと怒られますぅ、と悪の組織の一員らしいことを言って、ノアが出かけたのは今朝早くのことだった。
 おかげで、久しぶりの祭日を、誰にも干渉されず、のんびりと過ごすことが出来た。
 思えば、あの得体の知れないヒーロー騒動に巻き込まれてから、常にどこへ行くにもノアが一緒だったのだ。
 彼女がいることが嫌なわけではないけれど、四六時中行動を共にするというのは、やはり時々辛くなったりもする。
 外見は小学生にしか見えないノアでは、連れていけないような場所もあるしね。
 というわけで、しばらく覗いていなかったお店に行ったり、映画を見たり、久しぶりの自由を満喫していた。
 そんな時だったのだ。
 その、不思議な人に声をかけられたのは。


「えーと。本当に誰かわからないんですけれど。人違いじゃないですか?」
「つれないんだなあ」
 彼(あるいは彼女)は、ぐいっと顔を近づけると、唇の端だけを吊り上げて笑う。
 つれないっていわれても、覚えがないのは事実だ。
 それとも、私は絡まれてるんだろうか。 
 顔が近づいてきて気がついたことだけど、この人、酔っ払っている。
 綺麗で整った顔はほんのりと赤く染まり、潤んだ瞳がどことなく色っぽい。
 わずかに漂うアルコールと煙草の匂い。
 酔っ払いとまではいかないようだけど、この人がアルコールを飲酒したばかりというのは間違いない。
「あ、えーと、私、急いでいるので」
「それは、嘘だろ?」
 図星なので、言葉に詰まる。
 こんなことでは、酔っ払いから逃げることなんで出来ないよ。
 ひょっとして、かなりピンチって奴?
「あんまり苛めるのはいけないかな。種明かしをしてあげるよ」
 そういって、さらに近づいてくるのは、どういうことなのー!
「キャットといた時だよ、私たちが君と会ったのは」
 キャットといた時。
 私たち。
 考えたくない事実が頭に浮かびあがり、眩暈がした。
「あ、あの」
 それでも怖いもの見たさ、じゃなくて聞きたさで思わず言ってしまう。
「もしかして、ヒーローもどき集団の方だったり……」
「ヒーローもどき?」
 その人は、私の言葉に、一瞬ぽかんとした顔をした。
 だが、すぐに、声をたてて笑いはじめる。
「なるほどね、確かにそうだ。当たってるから、おかしいよ」
 自分のことなのに。
 そんなこと言われて気分悪くないんだろうか。
「そうそう。私は、あのヒーローもどき集団の中の一人」
 あ、あはは。
 あっさり認められても、困ってしまうんですが。
 じゃなくて、まだピンチって続いているんじゃ……。
 ほら、あの時、赤い人にひどいことされそうになったし。下手したら怪我どころじゃない、死んでたかもしれない。
「ああ、大丈夫だよ。別に君をどうこうしようってわけじゃない。言っただろ? ずっと君のことが気になっていたんだって」
 どういう意味なんだろう。
 直接声を聞いたのは、赤い人だけだ。
 他の人は黙ったままだったし、どちらかといえば、キャットの方を気にしていたのかと思っていたんだけれど。
「あの時は、驚いただろう?」
 それは、そうだ。
 街中に、異様な格好をした集団が現れ、変なポーズをとっていれば、おかしいと感じるのが普通だろう。
「私も、本当はちっとも楽しくないんだけど。事情ってものがあってね」
 細めた目が、一瞬どこか遠くを見ているかのように彷徨う。
 悲しそうで、辛そうに見えたのは、私の気のせいだろうか。
 彼(あるいは彼女)は、そのまま視線を動かして空を仰いだ。
 こうやって見ていると、やっぱり綺麗な人だ。
 顎のラインとか、唇とか、憂いを含んだ眼差しとか。
 ……いやいやいや、ここは見惚れるところじゃないでしょ。
 それより、この隙に、逃げ出した方がいいかも。。
 彼(彼女?)の意識は今私にないようだし。
 ごめんなさい。
 心の中でだけ謝って、そっと、気づかれないように、体を動かそうとする。
 ん?
 今一瞬、この人の姿が揺らめいたような。
 気のせい?
 それとも、私の目の錯覚?
 だけど、なんだか、そのまま彼(彼女)が消えてしまいそうな気がして、私は、思わずその腕を掴んでいた。
 視線が、こちらに戻ってくる。
 青い瞳が、まっすぐに私を見ていた。
「やはり、君が私の『鍵』なのか?」
「鍵?」
「……いや。今の言葉は忘れてくれ」
 よくわからない人だ。
 言っていることは、意味不明だし。
 なのに、どうして私ってば素直にこの人の話を聞いているんだろう。
 変なの。
「私の名前は、間宮倫。君の名前も聞きたいところだけど、それはまた今度会った時に」
 こ、今度って。
 私はもう会いたくないんですが!
「大丈夫、君に会ったことはみんなにはないしょにしといてあげるよ」
 間宮さんの声が、耳元で響く。
 せ、接近しすぎなのでは。
 慌てて体を引き剥がそうとしたら、背中に腕を回され引き寄せられる。
 柔らかい唇が耳たぶに軽く触れた。は?と思った時には、そのまま耳を軽くかまれてしまい――不覚にも私はどきどきしてしまった。
 な、なんなんですかーこの人!
 いやそれより、そんなことでときめいている自分って!
「可愛いなあ、やっぱり」
 今度は額にキスされた。
 うう、抵抗くらいしなくちゃと思うのに。
 逆らえないのは何故なのか。
 なんだか、最近流されっぱなしな感じだ。
「今日はここまでかな。あんまり困らせても嫌われるからね」
 あーたーまーがぐるぐるする……。
 間宮さんの態度と、近くで感じるアルコールの匂いのせいだけじゃなく、体もふわふわして、なんだか酔ってるみたいだ。
 この先、あたし、無事に過ごしていけるのだろうか。
 すごく不安だ。もう、前みたいに平穏にはすごせないのではないかと思った。
 それにしても。
 間宮さんって、本当は男性なのか女性なのか。
 もしかしたら、今回一番気になったのは、そのことかもしれない。

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