365のお題

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  13 レンズ (こことは違う世界の物語)  

 眼鏡のレンズ越しの世界は、いつも少しだけ歪んでいる。
 わずかに外界から遮断された視界は、俺の心を映すかのように曖昧だ。
 かといって、本来なら必要はないはずの眼鏡を、俺ははずすことが出来ない。
 理由は簡単だ。
 自分の目を見られたくないからだ。
 普通の人とは違う色の瞳。
 強い魔力も持つものによく現れる、中途半端に金色がかった瞳。
 それを誰かに見られ、何か言われることが嫌なのだ。
 他人が俺を見る視線を知りたくないのだ。
 だから、隠している。
 生まれながらに持っていた能力をすべて否定し、逃げることしか出来なかった俺自身のこと。
 その全てを視ないふりをして、曖昧な世界を生きていくために、俺は眼鏡を手放せないのだ。
 
 

 廊下を歩いてると、どの教室からも明るく笑う誰かの声や、人の動き回る音が漏れてくる。
 前にいた学校とは違って開放的で明るい校内では、授業が始まるぎりぎりまで生徒たちが談笑をしているのだ。
 そんな中で、俺だけが浮いているような気がしてしまう。
 常に無表情で、他人を拒んでいる雰囲気を自らが纏っているせいなのかもしれない。
 知らない内にうつむいていた俺は、暗い気持ちのまま教室への扉に手をかけた。
 中に入ると、何人かが「おはよう」と声をかけてくる。
 こちらが返事をしようとしまいと関係ないクラスメートの態度が、俺には、いつも不思議だった。
 無愛想で、ろくにに話もしない転校生に対して、どうして皆はごく普通に接してくるのだろう。
 大体、ここにいる生徒は、お人よしの奴が多い。
 転校生だからというだけでなく、初日からクラスメートも教職員も、皆やたらと親切だ。
 転校してきて、すでに1週間立つが、未だここの校風に慣れることができないのは、その妙に明るい雰囲気のせいかもしれない。
 そもそも、才能の有無にかかわらず、広く生徒を受け入れているここは、魔法学校だという感じがしない。多かれ少なかれ、魔法を学ぶということはエリートの証なわけで、それを自慢する奴は多くても、謙虚な態度を取る奴は少ない。
 俺自身が、普通の高等学校というものを体験したことがないのでなんともいえないが、少なくとも前にいた場所と違い、生徒は皆のんびりしている。
 放課後は、クラブやバイトに励むものも多い。
 試験にでもならなければ、真面目に勉強しない生徒がたくさんいるということ自体が、俺には驚きだった。
 才能と成績が全てだとは皆思っていないのだろう。
 常に一番を目指し、隙あれば人を追い落とそうとする人間は、ここには少ない。
 今も、自分の席に向かって歩く俺に向かって、笑顔で挨拶をしてきているのだ。
 軽く会釈だけを返し、ようやく自身の席にたどりついた俺は、いつも空席のはずの椅子に人いるのに気がついた。
 遅刻さぼりは当たり前、常にマイペースで自分がしたいことしかしないくせに、要領が良いため周りのウケはいい―俺がこの1週間でそう評価した男。  
 今もだらしなく、半分椅子からずり落ちるようにして座っている。
 当然、制服もノーネクタイで、シャツの第2ボタンまではずしているというふざけた格好だ。
「おー、転校生。おはようございマス」
 奴は、俺に気づくと、口の端だけを歪めて笑い、おどけた口調で挨拶をしてきた。
 あまり関わりあいになりたくないので、他の奴らに対するのと同じように無視をする。
「あらあら、ツレナイのねえ」
 そいつがしなを作って体をくねらせると、クラスメート達の間に笑いが起こった。
 なごやかになった雰囲気は、俺には居心地が悪い。
「隣同士だしー。もっとフレンドリーに行こうぜ」
 ニヤニヤ笑いのままそう言われても、はいそうですかと答えるほど、俺は素直でも純粋でもなかった。
 口を聞くことさえ面倒だ。
 無言のまま席につくと、奴が大げさに肩をすくめみせた。


 授業が始まってすぐに、魔法学校の教師とは到底思えないジャージ姿の男が、耳障りなほど大きな声で宣言した。
「今日は、野外実習だ。魔法薬に使う材料を自分で集めて来い」
 とたんに上がる抗議の声に、教師はがははと笑う。
「おまえらなー、高価な材料使いたかったら、体で稼げよ。適当に組み分けして、各組ひとつずつ、どれを取りに行くか決めてくれ」
 さらに大きくなる不満の声に、もう一度教師は笑うと、黒板に幾種類かの「魔法薬の材料」を書きはじめた。
 俺は戸惑う。
 魔法薬理学に使用する材料を、生徒自らが取りに行くなど聞いたことがない。
 クラスメートの諦め半分だがどこか楽しそうな雰囲気を見ていると、ここでは当たり前のことなのだろうかと思う。
 だが、俺はそんな課題を出されても、いったいどうしたらいいのか思いつきもしなかった。
 知識として、どんな植物がどういう場所に生息しているのかは知っているが、このあたりの地理に詳しくない俺にはお手上げだ。
 誰かに聞いたり、一緒に行動しようにも、未だ親しいクラスメートがいない有様である。かといって、自分から適当な奴に頼むのも嫌だった。
 一人で探すのも仕方ないだろう。
 そう思った時だ。
「せんせーい」
 能天気な声が、隣の席から聞こえた。
「せっかくなので、俺はこの転校生と組みマース!」
 俺の手をむんずと掴み、一緒に上げて、ひどく楽しそうに笑う。
「何で俺が…」
 付き合わないといけないんだよ、という言葉は最後まで口にすることは出来なかった。
 教壇の前で、満面の笑みを浮かべた教師が、頷いたからである。
「あー、じゃあ、転校生は中崎に任せるか。あんまり無理させるんじゃないぞ」
 その言葉を合図に、いつのまにやらクラス中で、組み分けが始まっていた。
 中崎のせいで取り残された形の俺は、舌打ちをすると彼を睨みつけた。
「余計なことをするな」
「お前、一人で探すなんて無理だなーとか思ってただろ」
 図星だったので、反論できない。
「大丈夫、大丈夫。俺は『材料の穴場の森』を知ってるからな。さーてと、いろいろ準備しないと」
 そういって、いそいそと携帯電話を取り出す中崎を見ながら、俺は諦めとともに溜息を吐き出した。



 中崎の言う「材料の穴場の森」に近づくと、小柄な女の子が立っているのが見えた。
 胸までの髪を二つに分け三つ編みにしているせいなのか、元々の顔が幼いせいなのか、一見すると小学生のようだが、近くの中学校の制服着用だ。
 彼女はひどく難しい顔をしていたが、道を歩いている俺たちに気づくと眉間の皺がさらに深くなる。
「おー、司。早いな」
 中崎が声をかけると、少女の皺が更に増える。
 どういう関係なのかわからないが、中崎には苦労させられているのだろうということだけはわかった。
 気の毒に。
「いきなり呼び出すなんて、いったい何事ですか、恭平先輩」
「キノコ探し手伝って。どうせ、今日は試験最終日で、学校は午前中だけだったんだろ」
 前置きもなしな強引な中崎の態度に、少女の頬が膨らんだ。
「なんですかそれ。もしかして、また課題の提出物探しですか」
 腰に両手をあてて、怖い顔をしようとしているが、あまり迫力はない。
 目だけがやたら大きくて、どこか小動物のようだからかもしれない。
 雰囲気からして、恭平には負けている。
「俺、動植物関係は苦手だしー。どれが魔法薬に必要なキノコかわかんねーし。頭よさそうなこいつ連れてきたけど、サバイバル系苦手そうだしー」
 何を言っても堪えていない中崎に、少女はがっくりと肩を落とした。
「もーいいです。拒否したって、どうせ丸め込まれて、手伝わされるはめになるんだから」
「おーわかってるじゃん。ま、首尾よくキノコが取れたら、俺とこいつで『宝田や』の特製クレープをおごってやるよ」
「本当ですか?」
 疑わしそうに中崎を見ている少女の頭を軽く叩くと、奴は俺に視線を戻す。
「こいつは、俺の後輩の司」
 えらく簡単な説明だった。
「で、こいつは榊。下の名前は、知らん」
 どう考えても紹介にはなっていない気がするな。
 奴はいつもこうなのだろうか。
 そもそも、これで紹介したということになるのか?
 俺の目の前では、司と呼ばれた少女がどうしようもない、とでも言いたげな顔をしていた。
「恭平先輩。その紹介はあんまりです」
 溜息とともに呟くと、彼女は俺に向き直った。
「はじめまして、榊先輩。私は水井司です。莫迦先輩がご迷惑おかけしてます」
 丁寧に頭を下げられてしまった。
 大抵の人間は、初対面の俺を無意識のうちに怖がる。視線がきついとか、顔つきが怖いとか、雰囲気が冷たそうとか、理由はいろいろだったが。
 あからさまではなくとも、目を逸らされることなど、よくあることだ。
 だが、少女は違っていた。
 彼女の視線はまっすぐで、臆することなく俺を見上げている。
 思わずまじまじと眺めてしまうと、同じように少女に見つめ返されてしまった。
「あれ?」
 そして、不思議そうに小声で囁く。
 メガネが、と聞こえたような気がして、俺は目を逸らした。
 こうやって近くで顔を突き合わせていれば、鈍感な奴でも、この眼鏡のレンズには度が入っていないということには気づくだろう。
 そして、大抵はその理由を知りたがる。
 だが、彼女はそれ以上何も言わず、隣に立つ恭平の方を見やった。
「ところで、先輩。この人、ものすごーく困っているように見えるんですけど。どうせ無理矢理こんなところまで、恭平先輩がひっぱってきたんでしょ!」
「うわ、俺が悪いのかよ」
 少女は、当然とばかりに頷く。
「ここはキノコ取りの穴場だけど、素人は危ない場所って、いっつも言ってるじゃないですか」
「そうだったかなぁ」
 あさっての方向を向いて、しらっと言い切る中崎を、思い切り少女が小突いた。
 痛がる彼を無視して、少女がこちらを見上げてくる。
「で、榊先輩。どんなキノコが必要なんですか?」
「あ、ああ。課題に必要なのは幻惑を見せる薬に必要なキノコで……」
「シロカゲダケですね」
 最後まで言う前に、彼女は名前を言い当てた。それなりに、魔法学の知識はあるらしい。
 幾らこんなふざけた奴とはいえ、中崎の後輩を名乗っているのだ。
 ひょっとすると、将来魔法使い志望なのかもしれない。
「だったら、この奥の廃墟のあたりがいいかなあ」
 可愛らしく顔をしかめて、考え込む。
 こうやって見ると、本当に小学生のようだ。
 とても、中崎の言うような「キノコ取り名人」には見えない。
「あたし、ちょっと先に言って、シロカゲダケがいるかどうか見てきますね。先輩はあとからゆっくりついてきてください。場所は恭平先輩が知ってますので」
 見かけによらず彼女は素早かった。しゃべり終わったと思ったとたん、あっという間に姿が見えなくなってしまう。
「おーい、司。そんなに走ると、転ぶぞー」
「大丈夫ー! 頑丈に出来てますからー!」
 転ぶことを前提にしたかのような返事は、もうすでに遠い。
「まったく、人の話を聞かないやつだ」
 口では文句を言いながら、中崎の目は優しい。ただの先輩後輩なのか、それ以上の関係なのかはわからないが、二人の間には信頼関係があるのだろう。
「ま、これで噂のキノコはゲットできるな」
「でも、大丈夫なのか。ここって、結構危ない生き物とかもいるって」
「あーいるな。いるけど、司は大丈夫だろ」
 何の根拠にして、そんなことを言うのかわからなかった。
 ゆっくりと歩き出した中崎の後ろを、黙ったままついていく。
「なあ。お前、マジでキノコとか捕まえたことねえの?」
 真顔で言われて俺は言葉につまった。
 魔法薬の原材料など、ほとんど書類で申請すれば手に入った。前いた学校ではそれが普通で、当たり前のことだった。
 だが、こうやっていざ原材料を集めようとすると、知識と実際のものは違うのだと今更ながら思い知らされる。
「なーるほど、優秀な奴がいく学校ってのは、金があるってことか。いいなあ」
 誉めるでもなく、羨ましがるわけでもなく、奴はあっさりとそう言った。
 中崎は、俺が転校してきた初日にはいたはずだから、どこの学校から来たのか知っている。
 国内でも優秀な生徒ばかり集まることで有名な学校から、中途半端な時期に転校してくるということがどういうことなのか、わからないはずがない。
 勉強についていけなくなったか、問題行動を起こしたか。
 そう思うのが普通じゃないのか。
 そうだ。
 中崎だけでなく、他の奴らも知っているはずなのに、皆すごいねと言うだけで、やっかんだりはしなかった。
 ……殻を作っていたのは俺の方だったのか。
 思いついてみれば、何故かひどく自分が惨めな気分になった。
「恭平せんぱーい」
 俺の考えを中断するかのように、明るい声が聞こえた。
 いつのまにやら、俺は少し開けた場所に出てたらしい。
 目の前には、崩れかけた建物や塀があった。その影から、ひょいと覗いた顔が中崎を呼んでいる。
「いますよ、例のあれ」
「お、ラッキー。で、どうする?」
「生きがよさそうなので、逃げられないように追い詰めてから、棲家から追い出そうかと思ってます。協力よろしく」
 それだけ言うと、再び司の顔が引っ込む。
 ほどなくして、建物の影から白いものが飛び出してきた。


 ひょこひょことキノコが動いている。
「これが、シロカゲダケ?」
 シロカゲダケは、昆虫などの背中に根を張って育つ寄生植物だ。
 軽くてふわふわとした綿菓子のような傘が、寄生している昆虫に覆いかぶさるほど大きいため、一見すると、まるでキノコそのものが歩いているように見える。
 そのことは、知識として知っていた。
 だが、図鑑や教科書で見たものと、実際のものは全然違う。
 なんというか、どこか愛嬌があって微笑ましい。
 初めてみる動くキノコは、俺を新鮮で不思議な気分にさせた。
「結構、かわいいものなんだな」
「だろー? まあ、時々凶暴になるけどな。詳しくはわかんねえけど、キノコの根が昆虫の神経に影響を与えて、自分の身が危険になると反応するとか、そんなことを習っただろ?」
 にこやかに物騒なことを口にした中崎は、俺の側から離れると、キノコに近づいた。慣れた手付きでそれに手を伸ばす。
 いとも簡単に、中崎はそれを掴んでいるが、大丈夫なんだろうか。
 さっき、こいつは凶暴になるとかどうとか言っていなかったか?
 俺がそんなことを考えた時。
「あ、榊先輩! 危ないですよ!」
「お! もう一匹いたんだな」
 二つの声が聞こえるのと、勢いよくキノコが顔に向かって突っ込んできたのは同時だった。
 パコーン、となんとも間抜けな音とともに、キノコは俺の顔に激突し、その勢いのまま、後ろにひっくり返ったのだった。


 衝撃で、メガネが吹っ飛ぶくらいの勢いだったせいか、体中が痛い。
「せ、せ、せんぱーい! 生きてますかぁ!」
 閉じていた目を開くと、司と中崎が近づいてくるのが見えた。
 その時初めて、メガネのレンズ越しではなく、二人を見た。
 二人とも、俺をまっすぐに見ている。
 ……そして、何も言わなかった。
 レンズのない、裸眼の俺を見ても、視線を逸らすことはなかった。
 変わりに。
「うわー、先輩。顔にくっきりと痕がついてますけど、大丈夫ですか」
 司の口から出たのは、そんな言葉だった。
「痣になるなー。色男が台無しだな」
 中崎は楽しそうだ。
「でも、先輩のおかげで、シロカゲダケを2つもゲットできました」
 司はいつの間に受け取ったのか、腕にぎゅっとキノコを二つ抱きしめている。
 今にも頬ずりせんばかりの態度が何故だが可笑しい。
 いつのまにか俺は笑い出していた。
 こんなに笑うのは初めてのような気がする。
 司の幸せそうな笑顔や、皮肉交じりの中崎の態度は、俺が予想していないものだった。
 今までは―いや、物心ついた頃から、俺の目を見て態度が変わらない人間はいなかった。やっかみを持って見られるか、得体の知れない存在として接してくるかのどちらかだったのだ。
 こんな普通の態度を取られたのは、初めてだ。
 嘘や偽りではなく、二人にとって、俺の目のことなどどうでもよくて、純粋に身体を心配してくれているのだと、何故か信じられる。
 たぶん、これが自然で、当たり前のことなんだ。
 レンズなしで二人を見ても、何も変わらない。俺が変わらないんじゃなくて、こいつらが普通に接してくれている。
 不覚にも潤んでくる目に気づかれないように、俺は上を向いた。
 崩れた天井から、空が見えている。
 青く、レンズによって歪められていない空。
 こんなにも綺麗だってことさえ、忘れていた。
「先輩? 大丈夫ですか」
「頭でも打ったかー?」
 キノコを抱えたまま心配そうに俺を見る司と、ニヤニヤ笑いを浮かべたままの恭平がこちらに近づいてくる。
「大丈夫」
 割れた眼鏡をポケットに捩じ込むと、俺は立ち上がった。
「あの…。メガネはいいんですか?」
「いいんだ、俺に必要なのはメガネじゃないんだってことがわかったから」
 メガネで視界を遮っても、大切なものは何一つ見えない。
 そんなことに今更になって気がつくとは。
「司……ちゃんだっけ? ちゃんとした、シロカゲダケの扱い方を教えてもらってもいいかな」
「はい!」
「お、やる気になったか」
 少女の笑顔と、中崎のどこか楽しげな口調に、俺も笑った。
 こんなふうに、魔法にかかわるのが楽しいとは思わなかった。
 ここでなら。
 こいつらと一緒ならば、俺は変われるのだろうか。


 俺は、二人にひっぱられるようにして歩きながら、こういうのも悪くないと思い始めていた。

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