さむいー。
私がそう叫ぶと、後ろに立っているはずの隆哉の笑い声が聞こえた。
少しむっとする。
だって、本当に寒いんだもの。
吐く息だって白いし、吹く風も冷たい。
出かける時はあまり寒くなかったから、それほど厚着もしてないし。
せめて手袋くらい持ってくるんだった。
それとも、マフラーかショールの方がよかったかな。
少しだけ身を縮めるようにして、もう一度寒いと呟いてみる。
隆哉からは、何の反応もない。
幼馴染で、後輩で、どう繋がっているのか説明に難しいほど離れてはいるけど、一応親戚というこの男は、厚着をしているわけでもないのに、寒さなど感じていないかのように平然としている。
そういえば、夏の暑い時も、梅雨の蒸す時も、こいつの口から「暑い」という言葉は聞いたことがなかった。
「寒くないの?」
「いや、寒いだろ」
だったら、そういう顔をしてよ。なんだか納得いかないな。
一人で、寒がっている自分が情けなくなってくる。
「栞」
笑いを含んだ声が、私の名前を呼ぶ。
悔しいから振り向かないけれど、そういう時の隆哉は、何かたくらんでいる時だ。
あるいは、面白いことを見つけた時。
「上、見てみろよ」
続けられた言葉は意外なものだった。
上?
いったい何だろう。
視線を上げてみた。
「わぁ、綺麗」
振るような星空というのは、こういうのを言うのだろうか。
あたりに灯りが少ないせいもあり、空一面に星が輝いている。
いつもと変わらない道のはずなのに、空なんて見上げることは久しくなかったから。
「そういえば、昔はよく二人で星空を眺めていたよね」
外で遅くまで遊んで帰った時。
互いの家のベランダや庭で、二人並んで、よく空を見上げていたっけ。懐かしいなあ。
「俺が星座を教えても、ちっとも覚えてくれなかったよな」
「えー、オリオン座とか、北斗七星とか、覚えてるよ」
「北極星は何度教えても間違えてただろ」
そんな昔のことを今更言わなくても。
「いいよ、解らない時は、隆哉に聞くから」
「は?」
「教えてくれるんでしょ、もちろん」
「いや、覚えるまで努力しろ」
顰め面のままで昔と同じことを言う。
あいかわらず、年下の癖にえらそうなんだから。
だけど、そう言いつつも、私に甘い隆哉のことだから、文句や厭味を言いつつも、ちゃんと教えてくれるのだろう。
これで中々面倒見がよいほうだし。
「それにしても、やっぱり寒いー」
どんどん冷え込んできてるような気がする。
なので、手近にある存在を湯たんぽ代わりにすることにした。
「いきなり何してるんだよ」
「抱きついてまーす」
あきれたような溜息が上から降ってきた。
小さい頃と同じように。
だけど、昔と違うのは、二人が幼馴染ではなくて、恋人同士っていうことかな。
「気にしない気にしない。誰も見てないよ」
そう言いながら、隆哉の顔がもっとよく見えるように背伸びをする。
少し近くなったその顔は、呆れてるようにも見えたけれど、目は優しい。
「まったく……」
苦笑とともに、隆哉の顔が更に近くなった。
軽く触れた唇は、私同様に、冷たい。
隆哉の背中に回した手に力をこめると、大きな手が私を包み込むように抱きしめてくれる。
お互いの唇が熱を取り戻すのに、時間はそれほどかからなかった。
二人を見ているのは、降るような星空だけだから―。
もう少しこのままでいてもいいかな?