かっこよくキレイに泣くなんて、現実的には難しいことだ。
悲しくても、嬉しくても、泣いたときは、鼻水は出るし、目は腫れるし、みっともないことに変わりない。
それは、優等生である(はず)の彼女も、私も同じだ。
「うぅ〜、ティッシュ貸して」
それこそ、鼻と目をぐずぐず言わせながら、夕花はこちらに手を伸ばしてきた。
「はいはい、どうぞ」
昨日駅前でもらってポケットに突っ込んだまま忘れていたティッシュを取り出すと、それを夕花に渡す。
ムリヤリ押しつけられた時はいらないのにと思ったけれど、もらっていてよかったかもしれない。
「ありがとー」
鼻をかむけれど、夕花の涙も鼻水も止まる気配はなかった。
「ごめんね、皐月ちゃん。付き合ってもらって」
申し訳なさそうに謝る彼女に、私はそんなことないよと言う。
どちらにしたって、朝、駅で会ったとたんに抱きついてきて泣き出した彼女を放っておけなかったのは間違いないのだ。
彼女の涙の理由はすぐにわかった。
失恋だ。
付き合っていた彼氏に振られたらしい。
そういえば、少し前に、彼に自分以外の好きな相手が出来たのかもしれないと相談されたことがある。
上の学年ということもあり、実は私は彼氏のことをよく知らない。それでも、何度か見かけた時の印象は親友と同じように誠実で真面目そうで、その話を意外に思ったことを覚えている。
気のせいかもとおざなりな慰めを口にしたきり、その後、話題に触れることはなかったから、上手くいっていると思ってもいた。
元々、あまり自分のことをしゃべる子じゃないし。
今になって、もっとちゃんと彼女の話を聞いておけばよかったのにとか、気をつけて見ていれば彼女が無理をしていたことは容易に気づけたはずなのにと悔やまれて仕方ない。
慰めることさえできないまま、彼女は決定的な別れを告げられ、一人泣いていたのだろう。
電話してくれれば愚痴でもなんでも聞いたのに、彼女はそれをしなかった。何故かという問いかけに、夜遅かったから迷惑かもしれないと考えたからだと答えられた時は、少しがっくりしてしまった。
気を遣いすぎだ。友達相手に無理なんかしなくてもいいのに。
だから、「ばーか」と言って私は夕花を小突く。
遠慮なんかしなくても、私は夜更かししているんだから大丈夫だと。
相談してくれない方がずっと辛い。
「そうだよね。皐月ちゃん、いつも朝眠そうだよね」
泣き笑いされて、私はわざと怒ったふりをする。
「そうだよ。友達なんだから遠慮しないで」
私がそういうと夕花が驚いた顔をした。
「ともだち……」
確かめるように呟いている。どうしたんだろう。
「そうだよね、友達だよね」
そして、何故そんなに嬉しそうなんだろう。
「夕花?」
「ごめんね。今度はちゃんと電話する」
言葉とともにまた涙がこぼれている。
「変な遠慮しなくてもいいんだから」
「うん」
遠慮することは止めたのか、夕花の目からはまた涙が溢れてきた。
失恋したからと言って素直に泣ける彼女がちょっとだけ羨ましくなる。
私だって失恋は何度もしているけれど、こんなふうに泣いたりはしない。
初めての恋が破れた時は、確かに悲しかったけれど、その時の感情は「悲しい」ではなく「悔しい」だったから。
彼女の好きと自分の好きはどこか違うのだろうか。
振られて悲しい気持ちは同じじゃないのか。
それとも、好きの度合いが違うのか。
私にはよくわからなかった。
ただ。
夕花といれば、いつか同じように素直に泣く気持ちを知ることが出来るかもしれない。
そんなことを最近よく思うようにはなった。
「今日はもうさぼっちゃおうよ」
優等生を誘うのは気が引けたが、このまま授業に出るのも面倒だ。
「でも……」
「どうせ、授業に出たって集中できないでしょ。ひどい顔してるし」
「確かに、そうかも」
もっと抵抗するかと思っていたら、あっさりと彼女は頷いてしまった。こういうふうに時々思いがけないことを言い出すから、この優等生も侮れない。
「どっちにしたって、次の電車は1時間後だしね」
時刻表を眺めなくとも、数少ない汽車(電車じゃない)のくる時間はわかっている。
「なんだかあの時みたいだね」
ちょっとだけ笑みを浮かべた夕花の視線が遠くなる。
彼女と親しくなったのは、春の日のことだった。
二人で桜を見るために電車を降り、学校に遅刻したのだ。
「ホントだ。状況は違うけど」
今はもう夏も近い。あの時の桜が散って何カ月も立つ。
でも一生忘れない大事な思い出だ。
「皐月ちゃんとあの日会えてよかったな」
私も同じ。
会えてよかった。
性格も考え方も違うのに、一緒にいても苦痛ではない。
「今日も一緒にいてくれてありがとう」
素直な言葉に、私はそっぽを向いた。
お礼を言われる理由が見あたらない。
でも嬉しいと思ってしまう。今までそんなふうに思ったことなどなかったのに。
「私の話をちゃんと聞いてくれてありがとう」
まっすぐで偽りのない目に今度こそ本当に私は赤くなった。
違うよ、夕花。
あなたの素直さに救われているのは私の方。
見ているだけで幸せになれる友人なんて、今までいなかったし、これからだっていやしない。
「あ、皐月ちゃん、顔が真っ赤」
「ほっといて」
照れを隠すために素っ気なく答えるけれど、きっと彼女には私の本心なんて見抜かれているのだろう。
「よーし、もう今日は泣きまくってやるぞー!」
そう宣言した夕花だったけれど、その目から、もう涙は流れていなかった。