「恭平先輩は、シロナガカゲキノコと、スギノシタダケと、どっちが綺麗だと思いますか?」
放課後の図書室で、『魔法薬に必要なキノコ類』という図鑑を広げた司が、俺に尋ねてきた。
課題に必要な本とノートを目の前に開いているものの、眠くて半分意識が飛んでいた俺は、「悩むところですよねー」といいながらうっとりとした目で図鑑の写真を見ている司の質問に対して反応が遅れてしまう。
「シロナガカゲキノコは、雪のように繊細な白に、墨色の線が薄く入っているところが良い感じですし、スギノシタダケは、この鮮やかな紅色がいいんですよね」
俺が返事をしなかったことを、司はあまり気にしていないようだった。
二つのキノコに対する感想を口にしながら、ため息なんてついている。
しかし、俺からしてみれば、どっちのキノコも同じだ。どちらが綺麗かなんていわれてもシロナガカゲキノコは幻覚作用が強く、スギノシタダケの胞子は吸っただけで体が痲痺してしまうという作用を持っているという教科書に載っているようなことしかわからない。両方が入手にも採取にも保存にも許可が必要なキノコだしな。
「匂いは、スギノシタダケの方が爽やかでいいんだけどな」
嗅いだこともない匂いが爽やかかどうかわかるわけがない。というか、加工品以外の現物なんて滅多に見ることはないのに、司はどうやって匂いを嗅いだんだ?
「シロナガカゲキノコって、遠くからでもわかるほど臭いんですよ」
だから、匂ったことのないキノコのことなんか知るわけがないだろう。
「なあ」
俺は、どこかで止めないと延々と話し続けそうな司の言葉を遮った。
「シロナガカゲキノコは、標高の高い山の上にしか生えないし、スギノシタダケは特定の場所にしか生えないから、この辺りでは見かけないはずだろう」
「さすが先輩。詳しいですね」
この間試験に出たばかりだからだ。別にわざわざ調べたわけではない。むしろ、そういう方面は大の苦手だ。覚えなくて良いのなら、無視してもいいとさえ思っている。目指す専門でもないしな。
まあ、普通に考えたら、異常なほどのキノコ好きである司の方がおかしい。通常の知識量を超えているわけだし、魔法薬を造るのに、匂いまで気にする人間はほとんどいない。
「俺のは教科書の受け売り。司の方こそ、なんで匂いまで知っているんだ」
「あれ。先輩、忘れちゃったんですか。私の叔父さんは、キノコ学者なんですよ。小さい頃から、叔父さんに、いろんなキノコのことを教えてもらったから詳しくなっちゃったんです」
そういえば、随分前に聞いたかも知れない。
あまり興味がなくて、適当に流していたから、今言われるまで綺麗さっぱり忘れていた。
だが、ここまで司がキノコにのめり込むほどの教え方って、いったいどんななんだ?
司とテンションが同じなのか、それとももっと学者っぽいのか。なんとなく司と似たもの同士のような気がするが、余計なことを言って「叔父に会わせる」と言われても困るので、聞くのは止めにした。
「叔父さんのコレクションのすごいことと言ったら。いつか先輩にも見せてあげたいです」
うっとりと遠いところに意識を飛ばした司を見ながら、これが無ければ良い後輩なんだけどなあ、と思った。
というより、司のキノコ話はいつまで続くんだ?
今度は叔父さんのコレクションについて語り始めた司を見ながら、もう今日は課題を終わらせるのは無理かもしれないと、ため息をついた。