「飛んでるねぇ」
郊外にある、建物はどこか裏寂れてはいるけれど、それなりに人で賑わっている遊園地で、私は視線の先に広がる風景にため息をついた。
「うわー、すごく楽しそう」
楽しそう?
冗談かと思ったけれど、隣に立つ夕花は、手を胸の前で組合せ、瞳をきらきらと輝かせていた。
「……バンジージャンプが?」
思わず聞き返してしまった。
離れていても聞こえる悲鳴とか、やけに高く見える場所からロープひとつで飛び降りてぶらぶらと揺れている人を見て、その感想?
「楽しそうだよ。ね、早く行こうよ」
そんな天使のような笑顔で言われても、頷けるはずもない。
「他にも乗り物あるし、いきなりバンジージャンプはやめようよ」
「何言っているの。最初に飛ぶから楽しいんじゃない」
「えー、ちょっと待って。だめだめだめ!」
高いところは平気だけど、そこから飛び降りるとなると話は違う。
「どうして? 面白いよー。いろんなところのを飛んでるけど、ここのは特に楽しくて……」
「私は楽しくなーい」
放っておけば、いかにここのバンジージャンプが他よりもスリル満点か語りそうな夕花にこれ以上しゃべらせないために、私は大声を出した。
ついでに、そのまま引き返そうとしたけれど、私の腕を、夕花はがっしりと掴む。
「だーいじょうぶ。遅刻して怒られた時に比べたら、全然平気だって」
較べる対象が違ってるよ。というか、説教や反省文を書いても、スリルは感じない。
「早く行こう」
「いやー!」
にこにこと笑う可憐な少女と、必死の形相で叫ぶ私の姿は、園内を歩く人には異様に見えたに違いない。
周りの人が少しずつ離れていくのがわかる。
わかるけれど、嫌なものは嫌なのだ。
「勘弁してー!」
そんな私の言葉は、夕花の耳には届いているはずなのに、手を緩める気配はなかった。
面白がっているに違いない。
「うん、うん、わかってるわかってる」
うきうきと足取りも軽く進む夕花を止めることは、もう出来そうにもなかった。
直前で逃げるか、諦めて飛ぶか。
段々近づいてくるバンジージャンプ台を見ていると、その二択しかないような気がしてきた。
普段は大人しく、優等生で大胆なことなどしない子なのに。
こんものが好きだったとは。
親友の、意外な趣味を知った、夏の日。