365のお題

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  022 NO (夜の住人の物語)  

 久しぶりに戻った俺を出迎えた少女は、いつものように「おかえり」とは言わず、妙な顔をして俺を見た。
「学校へ行け」
 そう言ったことがそんなにおかしかったのだろうか。
「どうして急にそんなこと言い出すの」
 眉を潜めて窺うように見上げているのは、普段とは違う俺の様子に警戒しているせいかもしれない。久しぶりに見る少女のそんな姿に、知らず笑みが浮かぶ。この方が、従順であるよりもずっといい。
「暇なんだろう」
 出かける前の少女の様子を思い出し、俺は言った。
 つけっぱなしのテレビも、部屋に広げてあった雑誌も、ひどくつまらなそうに眺めていた。
 あれだけ退屈な顔を見せられて、気にしない方がおかしいだろう。
「それは、そうなんだけど」
 不満そうな様子を隠しもしない。
 最初に会った頃と随分違っている。ここへやってきた時は、あまり感情を表に出すこともなかったのだ。
 変わったのは、それだけではない。
 短く切られていた黒い髪はようやく揃い、まだ充分とは言えないが、頬もふっくらとしてきている。
 拾った時には気がつかなかったが、思いの外整った綺麗な顔だ。
 これなら“ヤツ”も食いつくだろう。
 力も充分あるし、闇の中をうろつくような連中に対して耐性もある。
 なにより、最近は端から見てもわかるくらい、退屈で退屈で仕方ないという目をしていたのだから。
「暇なら学校へ行ってみればいい」
 放り投げた紙袋を指すと、わけがわからないという顔をしながらも彼女はそれを開く。
 出てきたものを目を丸くしてしばらく眺めていたが、視線を俺に戻した彼女の口から漏れたのはため息だった。
「ここって、普通に転校できたりするもの?」
 続いて紡がれた言葉から戸惑っていることがわかる。どうやら手にしているものが学校の制服で、どこのものなのかは知っていたらしい。
「ツテがある」
 あそこの理事長には、貸しがある。少々のことならば、道理も正義もねじ曲げてくれるほどの貸しだ。それに、今回に関して言えば、仕事も絡んでいる。
 そんなことを知らないだろう少女の顔はまだ不審そうだ。
「ツテ? そんなもので入れる学校なの?」
 眉間に皺をよせ、俺の顔を見つめる。簡単には納得してくれないようだ。
 仕方がない。あまり詳しいことは話せないが、その学校が訳ありなのだと教えてやった。
「それに面白いものが見れるぞ」
 ついでにと付け加えた言葉に、少女の瞳が揺れた。
 どうやら、ツテだとか訳ありだとかよりも、そちらの方が彼女の気をひいたらしい。
「お前みたいな子供が好物だって化け物がいる」
 続けて口にした言葉は、彼女にはお気に召さなかったらしい。
「ひょっとして、化け物をおびき出す囮にでもなれって言うの?」
 あきれかえったような眼差しとともに、そう尋ねられた。別に隠すつもりもなかったから、そうだと答えると、再び形のよい眉が潜められる。
 だが、嫌そうな顔をしていても、彼女は断らないだろう。
 見た目は純粋そうに見えるが、本質は俺と同じなのだ。
 こんなところで退屈をもてあましているよりも、多少―いや、かなり危険だったとしても、自ら危ない場所に飛び込む方を選ぶのだろう。
 それが闇に関わるものなら尚更だ。
「で、どうする? 行くのか? それとも行かないのか?」
 相手がNOと言わないとわかっているのに聞いたのは、反応が知りたかったからだ。
 彼女は、俺の顔と手にした制服を眺めながら、しばらく考えていたが、結論を出すのにそれほど時間はかからなかった。
「もちろん『はい』だよ」
 見上げた瞳は、朝とは違い、生き生きとしていた。
 口では色々言いながらも、やはり退屈を紛らわせることが見つかったのが嬉しいのだろう。
「心配するな。お前が喰われる前に片付ける」
 例えどんな相手だろうが、渡すつもりはなかった。俺と同じモノをを見て、俺と同じ場所に生きている存在など、そうはいないのだ。
 学校に巣くう低級な魔物にくれてやるつもりはない。
 そう思って、なぜだかおかしくなる。
 今まで、人間などどうでもいいと思っていたし、行きずりの相手と体の関係を持っても、飽きればすぐに切り捨ててきた。利害関係なしでの付き合いなどするつもりもなかった。
 それなのに、一回り以上歳の離れた少女が側にいることを許してしまっている。確かに拾った時に、死んだら魂をあげるとは言われたが、それさえも今はどうでもいい。むしろ、死んだ魂には興味はなかった。
 それが、危険なことだとわかってはいる。
 そういう存在は、自分の弱みになるのだ。わかっていて、俺はこの少女を切り捨てることなど出来そうにない。
 自分の中にある、今までにはなかった感情を感じながら、俺を破滅させるものがいるとすれば、彼女なのかもしれないと思った。

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