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  023 アイスクリーム (現代風な物語)  

 アイスクリームを舐めているだけなのに、何故か色っぽい。
 ぼんやりとそんなことを考えながら、向かいに座る隆哉の唇を眺めていたら、手にしていたスプーンの上の塊が溶けて、滴が私の手を濡らした。
「何やってるんだよ」
 めざとくそれを見つけた隆哉が、眉を顰める。
 そんな仕種さえ色っぽい。
 今更だけれど、どうしてこいつはこんなに色気があるのだろう。顔が綺麗なだけが理由じゃないんだろうな。例えば、何気ない仕種とか、目線とか。そういう、ひとつひとつが色っぽいんだ。
「服にでも落ちたら、シミになるだろう」
「わかってる」
 私は適当に返事をして、スプーンの上の、殆ど液状になったアイスクリームを食べた。
 ついでに、手についたアイスクリームも舐める。
「行儀が悪い」
 すかさず隆哉からお叱りの言葉が飛んできた。
「いいじゃないの。別にここには隆哉しかいないんだから」
 昼下がりの我が家は、静かだ。
 家族は誰もいない。誰かが見ているわけじゃないし、自分の家で、どんな風にアイスクリームを食べても構わないはずだ。
「俺が嫌なんだよ」
 眉を潜めたままの隆哉が言う。いつのまにか、隆哉の手も止まっていた。
 互いの前にある硝子の器の中で、アイスクリームがゆっくりと形を崩していく。
「そんな舐めかたするなよ。あんたの唇が……」
 そこで、隆哉は言葉を切った。言おうか言うまいか考えているようだ。視線を落とし、スプーンで数回、白い塊を崩すと、ちらりと私を見た。
「誘ってるみたいだし」
「え?」
 一瞬、何を言っているのかわからなかった。
 誘っている?
 誰が、誰を?
 しばらく考えて、私は隆哉の言いたいことを正しく理解した。
「誘ってなんていないよ」
 誘っているのは隆哉の唇で、私じゃない。そう思って、慌てて否定したけれど、よく考えてみたら、私も似たようなことを考えていたのだった。人のことは言えない。
 それでも。
「隆哉の方こそ、アイスクリームの食べ方がいやらしい気がする」
 悔しいから、そう言い返す。
 私は負けず嫌いなのだ。
「普通に食べてるだけでそんなことを言われるなんて、心外だ」
「私だって、普通に舐めただけなのに、そんなこと言われても困る」
 全部、ぜーんぶ隆哉が色っぽい唇をしているのが悪い。
 と、隆哉に対して理不尽なことを思っていたら。
「栞の唇って、色っぽいよな」
 真顔で言われた。
 今まで言われたことなんてない言葉だから、驚きのあまり、スプーンをテーブルの上に落としてしまう。
「び、びっくりしたー。初めて言われたよ、そんなこと」 
 これまで付き合ってきた男性達からは、聞いたことはなかった。むしろ、色気がないと、散々言われてきたのだ。
「隆哉の方がずっと、色っぽい唇な気がする」
「そうか? 俺も初めて言われたな」
 えー、そんなはずはない。
「嘘だ」
「嘘じゃない。栞こそ、嘘だろ」
「嘘だと思う?」
 いつのまにか、互いの唇を見つめあっていた。
 そうだ。普段は意識していなかったけれど、私は隆哉の唇が好きなのだ。綺麗な唇が動いて、言葉を紡いだり、何かを食べたりするのを見ていたいのだ。触れて、キスだってしたい。
「隆哉の唇だから、色っぽいって思うんだよ」
 断言すると、隆哉が虚を突かれた顔をした。
「参ったな、先に言われちまった」
 いつもクールな隆哉の顔がほんの少し緩んでいる。時々見せてくれるそんな表情に私は嬉しくなり、笑みを浮かべる。
「せっかくだから、キスでもしようか?」
「せっかくってなんだよ。大体、アイスクリームも食べずに、何やってんだ、俺たち」
 そう言ったくせに、隆哉は、私の唇から目を逸らさなかった。

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