ゆらゆらと動くノアの尻尾を眺めながら、溜息をついた。
あれから。
あの変な男の人にあってから、私はたぶん様子がおかしかったんだと思う。
なんとなくノアの動向が気になってしまって、つい彼女の行動を追ってしまう。
それでいて、ノアが気配を察して振り返ると、つい目を逸らすのだから、不審だと思われないほうがおかしい。
ノアも様子が変な私のことを気にしていたようだけれど、今日、とうとうこの状況に耐えられなくなったようだ。めずらしく人型になって私の前へちょこんと座り、真剣な顔でこちらを見つめている。
「おねえさま、何かあったんですか? この間から、様子が変です」
ごまかすのは無理そうな雰囲気だ。何がなんでも理由を聞くという気迫みたいなものも感じる。
「話しかけても、ちゃんと返事してくだれないし、食欲もないみたいだし、もしかして、誰かに何かされたんですか?」
その通りなので、言葉につまる。なんといえばいいのだろう。
知らない男に言われたくらいでノアのことを疑っているって、そんなこと口に出来るはずがない。ノアとあの男を比べたら、絶対男の方が怪しいはずなのに。信じるべきなのはノアなのに。
「それとも、ノアのこと、嫌いになっちゃったんですか?」
ぎゅっと手を握られて、大きな目からは今にも涙がこぼれそうになった。
そんなノアを見ていると、彼女を疑うことに罪悪感を覚えてしまう。
「嫌いになったわけないじゃない」
だから、困っている。
疑いは消えないのに、信じたいと思っているから、どうしたらいいのかわからない。
不安げに下がった尻尾を見ながら、ごめんね、と呟いた。
「おねえさま…? どうして謝るんですか? やっぱりノアのことが…」
ノアの目から、涙がこぼれた。
それは本当に悲しげで、とても演技をしているようには見えなかった。
「違うよ。それだけは絶対ない」
そうは言ったけれど、ノアは不安そうなままだった。
私だって、不安だらけだ。
でも、わかっている。
こんなことじゃだめだ。
ここで、じっとしていたって、疑問も謎も消えたりはしない。
なにより、私はノアを信じたい。しばらく一緒に暮らしていて、情が沸いたというのもある。見ている限り、隠し事が出来るようには思えないというのもある。
男は答えは自分で探せといったはず。
そうだ。
疑ったあげくノアを追い出したとしても、あの男の言うとおりならば、何の解決にもならないはずだ。あの男の言葉が全て真実だとは思わないが、嘘だとも言い切れない。
それに一連のこの騒動に巻き込まれた原因がもし自分にあるのなら、知らないままでいるなんて絶対に嫌だ。
だから、私はまっすぐにノアの目を見た。
私は、ノアのことを殆ど知らない。
聞こうとしなかったからだ。
関係ないと、知らないふりをし続けていたからだ。そうすれば、こんなわけのわからない出来事はいつか終わると思っていた。
でも、そうじゃない。終わるどころか、どんどん悪い方向に行っている。
だから。
「ノア、教えてほしいことがある」
私は、その言葉を口にした。
もしかすると、ノアの答えはもらえないかもしれない。ごまかされるかもしれない。
それでも、聞かなければ何もはじまらない。
「あなたのこと、あなたがいる組織のこと。……あの最初にノアを襲っていた人たちのこと。全部教えてほしい」
「おねえさま…」
私の気迫に押されたのか、ノアの尻尾が持ち上がる。
そのまま、何かを考えるかのようにゆらゆらと揺れた。迷っているのかもしれない。
やがて、尻尾が力なくさがり、ノアの顔も青ざめた。
「おねえさま、本気なんですか?」
「本気だよ」
本気だから、目を逸らさない。
「わかりました。……おねえさまが知りたいのなら」
そう言ったノアも、視線を逸らすことはなかった。