365のお題

Novel | 目次(番号順) | 目次(シリーズ別)

  027 キラキラヒカル (こことは違う世界の物語)  

 光を作り出す魔法は簡単だけれど、誰もが得意というわけじゃない。
 反対に闇を生み出す魔法も、原理は簡単だけれど、進んでやってみようという人間は少ない。
 そこらを歩いている学生に聞いても、両方嫌いだという答えが返ってくるだろう。
 理由は簡単で、どちらの魔法も、使うと痛いからだ。


「あ、榊先輩だ。おはようございまーす」
 朝から元気のいい声が響いたと思ったら、いつのまにか目の前に少女が一人立っていた。
 司ちゃんだ。
 この4月に入学したばかりのせいか、どこかまだ初々しい感じがする。制服も綺麗で皺も少ない。
「おはよう、司ちゃん。早いね」
 クラブにも入っていない彼女が来るには、少し早い時間だ。鞄は提げているが、特に急いでいる様子もなさそうだ。
「当番か何か?」
 他に思いつくこともなかったので尋ねると、司ちゃんは首を振る。
「今日の授業、初めて光魔法使うんですよ。だから緊張しちゃって。落ち着かないので、早く登校しちゃいました」
 少しだけ目を伏せて、ついたのは大きな溜息だった。
 そういえば、司ちゃんは高校から正式な魔法学校へ入学したはずだ。光魔法の基本は中学で習うのが普通だが、この学校は司ちゃんのような生徒も多い。
 素人同然の生徒たちのために、1年の最初で、中学生が習うような基本的なことを一気に教えているのだ。
「榊先輩は、光魔法を使ったことあるんですよね」
 司ちゃんがそう聞いてきたのは、俺が途中で転校してきたということを前に話していたからだろう。
「俺は小学校の時から、専門の学校へ行っていたからね。高学年の時には、もう使っていたかな」
 基本は、小学校の低学年のうちに習った。元々、才能がある人間しか通わないようなところだったから、先生も生徒も出来て当たり前だという顔をしていたし、実際出来ない人間などいなかった。
 だから、「すごいなあ」と感心する司ちゃんの反応は新鮮だった。
 考えてみれば、こんなふうに新しい魔法を使うことにどきどきしたり、不安になったりしたことなどあっただろうか。
 あった、とは断言できない。
 当たり前のように出来て、出来ない方がおかしいという状況でずっとやってきたのだ。俺自身も出自と魔力の強さから、それが当然だと信じていたし、少しでも失敗すれば、容赦なく叱責された。
 この学校とは、まるで違う。先生の態度も、生徒の様子も。
 今だってそうだ。司ちゃんの反応は、前の学校でのクラスメートや後輩達とは異なっている。
 無邪気に感心する司ちゃんの瞳の中にあるのは、純粋な賞賛だけだ。そして、そんな反応をするのは彼女だけじゃない。
「俺なんか、全然すごくない」
 そうだ。全然スゴクなんかない。努力して、失敗して、一つの魔法に一喜一憂する司ちゃんたちの方がずっとすごい。
「大丈夫。基本を押さえていれば、司ちゃんだって、きちんと使えるし」
 理屈がわかっていれば、素人でも使えないこともない魔法だ。
「基本はわかっているよね。力は、強く出し過ぎないようにして、手の先にゆっくり光を集めるようにイメージして」
 俺は、見本を見せるように自分の手を上げ、実際に指先に光を灯した。
「えーと、痛くないですか」
 大きく見開いた目が、俺の指先をじっと見つめている。
「痛いよ。だけど、痛みを小さくするコツがあるんだ」
「コツ!? コツなんかあるんですか!」
「なるべく一箇所に力を集めた方が、分散させるよりも痛くない。今俺がやっているみたいに、人差し指だけにすると楽だよ。やってみる?」
「え、えーと。そうですね」
 眉間に皺を寄せて、司ちゃんはじっと自分の手を見ている。
 緊張しているのか、それとも痛いのが嫌なのか。
 やがて、意を決してように顔を上げて、俺の顔をまっすぐに見た。
「試しにやってみます。失敗しても、そこは初めてってことで大目に見てもらうということで」
「そうそう、そんな感じで、気楽にな」
「はい」
 気持ちのいい返事が返ってきたあと、司ちゃんは意識を集中させる。
 あんまり真剣な顔をするから、つい俺も真面目な顔をしてしまう。いつのまにか、心の中でも、彼女の成功を祈っていた。
 やがて、その願いが届いたかのように、司ちゃんの指先に、ほんのりと光が灯った。 
「綺麗ですね」
「ああ、綺麗だな」
 光を作り出す魔法は、術者の性格が結構出る。
 司ちゃんの光は、明るいオレンジ色をしていた。
 俺のように、ただ明るいだけの光じゃない。じんわりと暖かくなるような、優しい色だ。
 そういえば、恭平も同じような色をしていた。どこか二人は似ているのかもしれない。
「……先輩、やっぱりイタイです」
「大丈夫、そのうち慣れるよ」
「ええー!」
 目を丸くして叫んだとたん、司ちゃんの手から光が消えた。
「あ、消えちゃった」
 残念そうに呟くと、痛かったんだから仕方ないかと笑う。そこには緊張感の欠片もなく、ただ純粋に出来たことを喜ぶ姿があった。
「うん、でも、思ったほど大変じゃなかったです。先輩のおかげかな」
 しかも、そんなふうに、俺にお礼まで言うのだ。
 司ちゃんは、俺の助けなんてなくても、本当は大丈夫だ。努力家だし、彼女自身が自分で思っている以上に、魔力はある。
 何よりも、こんなにも楽しそうに魔法を使うことが出来るのだ。それ以上、すごいことがあるだろうか。
「今日はありがとうございました。コツもわかったし、授業がんばります」
「ああ、頑張れよ」
 うまくいくといい、と心の中で応援しながら、俺は遠ざかっている司ちゃんを見送った。

Novel | 目次(番号順) | 目次(シリーズ別)
Copyright (c) 2004- Ayumi All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-