「薔薇色といえば、やっぱり『薔薇色の人生』だよね」
自分の目の前で唐突にそんなことを言い出した夕花に、皐月は驚く。
何故、『薔薇色=薔薇色の人生』なのか。
確かにそういう言葉は存在していて意味も理解しているが、何故夕花がここでいきなりそんなことを言い出したのか、まったくもって理解不能だ。
勉強のやりすぎでどうにかなってしまったとしか思えない。
それとも、部屋の暖房がききすぎて、のぼせてしまったのではないか。
「えーと、休憩しようか」
「どうして?」
とりあえず口にした言葉に、無邪気な微笑みを浮かべた夕花は、『まださっきの休憩からそれほど時間は立っていないよ』と言い切った。
「だから、えーと、何となく」
曖昧に答えてしまってから、皐月は持っていたシャーペンを投げ出した。
解いている数学の問題集は、目標の半分も進んでいない。見れば目の前の少女は、殆どを終えていて、退屈そうに問題を見直している。
だからこそ、薔薇色がどうという、数式とは関係ない言葉が出てくるのかもしれない。
「あのね、今のは冗談だよ、皐月ちゃん」
「は?」
「あんまり皐月ちゃんが難しい顔して問題集みてるから、気分転換になるかなと、冗談を言ってみたの」
ならない。
絶対にならない。むしろ反対に疲れたくらいだ。
「冗談にもなっていないし、気分転換にもなってないよ」
「そっかー。難しいね、冗談って」
眉間に皺を寄せ、数式より謎だわなどと呟く親友の方がよほど不思議だ。
「でも、薔薇色の人生って、響きが派手だよね。なんだかすごく明るくて幸せそう」
「輝かしい未来を指すからじゃない? とりあえず、今の私は薔薇色どころか灰色だけど」
おかしそうに笑う夕花の視線は、真っ白なノートに向けられている。
わからないところは教えてあげると言うのをありがたくうけることにして、皐月は残りの問題を解くべく、問題集を睨み付けた。