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  031 シングルライフ (童話風な物語)  

 ドカンとひとつ、屋敷を震わす大きな音がした。


「な、何事ですか、ご主人さま!」
 台所にいたはずの使い魔が文字通り吹っ飛んでくる。
「いや、ちょっと実験……」
「ぎゃー! 部屋がー!」
 叫び声がフィーナのいいわけをかき消した。
「私が丸一日かけて美しく磨き上げた床が……! 洗ったばかりの絨毯が! それに、それに……」
 いちいち壊れたものや破れたものを上げていく使い魔に向かって、フィーナは大げさに溜息をつく。
「うるさい。ただの箒に戻すぞ」
「横暴です! ご主人さま」
 使い魔――とはいっても、それは便宜上そう呼んでいるだけで、正確に言えば、世間一般に魔法使いが連れているものとは違う。一人暮らしのフィーナが家事その他を楽にするためにそこら辺に落ちていた箒に魔法をかけて作り出した存在なのである。
 見た目は10歳の子供だが、元箒という事情のせいなのか、やたらと綺麗好きで、ちょっとでもフィーナがゴミを落とそうものなら、どこからかそれをかぎつけてきて、お小言を言い出すのだ。そのおかげで最近では箒に見つかる前にゴミや汚れを隠す技術まで身についてしまった。
「仕方ないだろう。新しい薬を試したかったんだよ。これが成功すれば、金になる。この間から雨漏りしている西側の部屋が直せるじゃないか」
「だからといって、実験のたびに屋敷を壊していたら、意味ないですよ! 数日前にも失敗してひとつ部屋をダメにしたのをお忘れですか」
「う……」
 箒の言うことはもっともだった。
 確かに、ここ最近、壊したり焦がしたりしたものは数知れず。入ってくるお金は変わらないが、出ていくお金だけはどんどん増えていく状況だ。
「仕方ないな。強烈な惚れ薬でも作って、どこかの道楽息子にでも売るか」
 棚に並べてある怪しげな薬草や干物を眺めながら、フィーナは呟いた。少し前に届いた手紙の中に、『惚れ薬が欲しい』というふざけたことを言ってきた貴族がいたはずだ。
「ご主人様って、その手の魔法は得意ですよね。惚れ薬とか、縁結びの魔法とか。近くの村でも、ご主人さまの作った恋愛成就のお守りはよく効くって評判ですよー」
 棚の上の瓶を取り机の上に並べていくフィーナに向かって、珍しく箒が褒める。
「なんだ、気持ち悪いな。褒めても何も出ないぞ」」
 思ったことを口にすると箒の顔がふくれっ面になった。
「褒めてませんよー。ただ、縁結び魔法使いって言われているわりには、ご主人様ってもてませんよね」
 箒も負けてはいない。
「し、仕方ないだろう。魔法使いというのは、世間では奇人変人扱いされているんだ。なかなか男性に声をかけられないのは、そのせいだ」
「ご主人様ー、独身のいいわけを職業のせいにしちゃいけませんよー」
 顔はそこまで悪くはないんですからーと、脳天気に言う箒を睨み付ける。
 確かに、自分でも顔はそれほどひどくないとは思っている。だが、美人ではない。可愛いともいえない。どこにでもある、平凡な顔だ。珍しいといえば、瞳がこの地方では見かけない青みがかった灰色であるということだけだが、それもまったく皆無というわけではなかった。
 良くも悪くも平均的、魔法使いという職業についていなければ、容姿のままに平凡な結婚をして平凡に死んでいったに違いない。
「しっかし、どうしてご主人さまは弟子をとらないんですか? 結婚はまあ、縁もありますから仕方ないとはいえ、弟子ぐらいは取らないと不便ですよ。だいたい料理も出来ないくせに、一人暮らしだなんて、無謀もいいところです」
「箒、やはり一度分解されたいようだな」
「とんでもございません!」
 大げさに叫び目を潤ませているが、絶対にそうは思っていないだろう。
 どんなにフィーナが『分解する』と言ったところで、それを実行しないことを経験上知っているのだ。
 屋敷は広い。無駄に広い。
 この屋敷を家事全般が苦手なフィーナが一人で切り盛りできるはずがなかった。絶対に誰かの手が必要で、だが、彼女は決して『他人』を客室以外の場所に入らせなかった。
 常日頃から、弟子を取れという箒に対しても、曖昧に微笑むだけだ。
「すまないな、箒。私は『他人』を信用していないんだ」
「でも、師匠の弟子という方達とは仲良くやっているではないですか。ご自分の弟子ということになれば、他人とは違うでしょう」
 魔法使いになるような人間は、大抵見寄りのない子供たちだ。
 例外もあるが、家族を亡くし、行き場のなくなったものたちが魔法使いに引き取られるということが多い。
 フィーナ自身もそうだった。
 両親を流行病で亡くし、途方にくれていたところを師匠に引き取られたのだ。その頃は、師匠以外にも数人の弟子がいて、それなりに屋敷は賑やかだった。
「結局、私がここに残る最後の弟子になってしまったんだな」
 フィーナが一人前の魔法使いになってすぐに、師匠は老衰で死んだ。
 それからずっと彼女は一人だ。
 時々、兄弟子たちが訪ねてきてくれるが、彼らも忙しい。
「弟子は、確かに必要かもしれない。私がいなくなったあと、この屋敷が朽ちていくのは寂しいからな」
 師匠や、弟子たちが暮らしていた屋敷。
 修行は辛かったし、嫌なことがなかったわけではないが、何故か思い出すのは楽しいことばかりだ。
「家族、みたいだったな」
 変わり者ばかりだったが、一番年下で体も小さかった彼女のことは、皆がかわいがってくれた。だから寂しくはなかった。
 だとすれば今は寂しいのだろうか。
 話し相手には箒がいるが、家族とは少し違う気がする。箒は成長しないし、魔法が解ければただの箒に戻ってしまう。一緒に御飯を食べたりお茶を飲んだりすることもない。
 新しい何かを生み出すことも。
「そうだな、弟子をとるのもいいかもしれない」
 一人でご飯を食べるのはつまらない。
「それなら、ご主人さまの気が変わらないうちに、適当な子供を見つけて……」
「こらこら、まてまて。浚ってくるのはだめだぞ」
「でも、ご主人さま。外に出ないと、弟子だって見つかりませんよー」
 確かにフィーナは滅多に外出しない。買い物も何日かに一度しぶしぶやるだけだ。
「いいんだ。そのうち、私のすばらしい評判を聞いて、弟子入りの希望者が現れる予定なんだ」
「引きこもっているうえに仕事を選ぶ我がまま魔法使いの評判なんて、ろくなモノじゃないと思いますがね」
 ぶつぶつ言う箒に、それよりも掃除が先だと部屋の片付けを言いつける。
「とにかく、弟子の件は前向きに考えてくださいよー」
「ああ、わかった」
 いつか。
 もし弟子をとることになるのならば。
 自分がこの屋敷に感じていたような、温かで優しい場所にすることが出来るだろうか。
 ひとりぼっちだった自分が師匠たちに救われたように、誰かを助けることが出来るのだろうか。
「そう、なるといいな」
 できれば、それは『家族』のようなものであってほしい。
 そう思った。


 もちろん、その前に壊れた場所を直さないとどうにもならないわけだが。

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