365のお題

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  037 メトロポリス (その他の物語・34の続き)  

 巨大な石造りのアーチをくぐると、すぐ目の前に巨大な階段があった。
 一段が、私の腰よりも高い。
 それが太陽を背にして長く伸びて、一番てっぺんまで登ると、このあたり一帯が見渡せるようになっている……らしい。
 わからないのは、登ったことがないからだ。正直、上に行くのは辛い。
 がんばって頂上を目指している人がいないわけではないけれど、下から見ていると、みんな時々立ち止まっては汗をぬぐったり、水分を取ったりしている。
 それほど体力も持久力もない私には、わざわざ登って、着ている制服を汚したくなかった。
 大体、そんなことしなくても、都市にある展望タワーの方がずっと高くて遠くまで見える。冷房だってきいているし、おみやげ物屋やおしゃれな喫茶店もあって、快適だ。
 ここは日差しも強くて、暑い。
 私は、持っていた小冊子を抱え直すと溜息をついた。
 

 この星に人類がやってきたのは、すごく昔のことだ。
 地球そっくりの環境であるこの星は、人間が住む前に、別の生物が生息していたらしい。それなりの文明を築いていたであろう彼らがどうして滅びたのかは研究途中だけれど、幾つかかつての都市跡が残っている。円形に作られた都市は、ピラミッドに似た建造物を中心に放射状に広がっており、周辺にある小さな遺跡群からの道は全て街へと繋がっているらしい。
 ここは保存状態もよく、街からも近いので、周辺を公園として整備し、広く一般市民に開放している……。
 ということが、小学生でも解りやすい文章で小冊子には書いてあった。
 遺跡の入り口で配っているものだ。
 今日は平日で、私を含め同じ高校の同学年の生徒がここへ見学という名前の野外研修に来ている。
 先生からは、他校の生徒と問題を起こさないようにと注意があった。
 言われなくても他校の生徒には近づかない。
 相手だってそうだろう。わざわざ問題を起こせば、ペナルティがつく。将来、大学へ進みたいなら、リスクは避けるべきだって、みんなわかっている。
 その証拠に、幾つかのグループに分かれたり、個人で動いたりしているけれど、知らない相手には目も向けない。
 それを確認してから、私は額の汗を拭う。私もそろそろ、ここにいないで、動くべきなんだろう。
 時間は限られているし、終わったらレポートだって提出しなくちゃいけないのだ。
 私は、小冊子を鞄にしまい込むと、辺りを見回した。適当に、そこらへんの遺跡の写真を撮って、適当につなぎ合わせよう。
 そう思って、めぼしい場所を探していたときだった。
 遺跡を熱心に見上げている少女が目に入った。
「せーちゃん!」
 呼びかけると、振り向いた少女が笑顔になった。
「藍! よかったー。一人でいろいろ見ていたんだけど、わかんないことが多くてさー。だれかに聞こうにも、他校生ばっかりだし」
「どうしたの、真面目じゃん」
 せーちゃんは、大人しい生徒ばかりのこの学校で珍しい、ちょっと不真面目な生徒だ。
 着崩しちゃいけない制服をアレンジしたり、授業中居眠りしていたり。
 こういう行事ごとも面倒なのか、普段は端っこの方で退屈そうにしている。
 野外研修に出ないと単位がもらえないから、仕方なく参加しているんだって、そんな雰囲気だ。
 今日だって、最初の先生の説明だけ参加したら、日陰あたりで休んでいるかと思っていたのに。
「最近ちょっとこの星の歴史とかに、興味が出て」
 そういえば、この頃放課後の図書館でせーちゃんをよく見ているような気がする。
 歴史の授業とか、熱心にノートを取っているし。今までは面白くないっていっていたのに。
「そうだ。藍って、歴史とか古典文学とか詳しかったよね。今度教えてよ」
 せーちゃんの目が輝いていた。
 本当にどうしちゃったんだろう。
「教科書に書かれていることくらいしかわからないよ」
 勉強するのは嫌いじゃないから、教科書はよく読んでいる。でも、あくまで受験に困らない程度の知識だ。そう説明したのだけれど、せーちゃんはうんうんとうなずいている。
「それで充分。私なんて教科書に書いてあることも、よくわかってないし。やっぱ、いくらなんでも勉強不足だよねー」
 明るく脳天気に笑うけれど、私としては驚きだ。
 せーちゃんは宿題を忘れるわけでもないし、成績は中の中くらいの平均的な生徒だけど、授業中はいつも退屈そうにしている。テスト勉強も必要最低限という感じだ。
 それなりに学生生活を送っていても、あまり楽しそうじゃないというのが私を含め皆の印象で、でも、遊びに行くときは元気。だから、回りの認識は、ちょっと不真面目な生徒なのだ。
 私があんまり変な顔をしていたからなのか、せーちゃんが照れくさそうに笑った。
「少し前に知り合った人が面白くてさ。その縁で、真面目にやってみようかなと」
 勉強もやってみると以外に面白いし、と屈託無くまた笑う。
「あ、せっかくだから、上まで登ってみようよ」
「私はちょっと……」
 遺跡を仰ぎながら、せーちゃんが、信じられないようなことを言った。
 制服でこの暑さだと、今までのせーちゃんなら絶対パスしている筈なのに。
「え、そうなの? 残念。じゃあ、私、行ってくる」
 言い残すと、せーちゃんは階段をよじ登っていく。
 本当に、いったいどうしちゃったんだろう。
 そう思いながら、何か夢中になれるものを見つけたようなせーちゃんが羨ましくなった。

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