365のお題

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  038 デジャヴ (童話風な物語)  

 その女性がフィーナを尋ねてきたのは、昼を少し過ぎた時刻だった。
 実験に夢中になるあまり昼ご飯のことを忘れていて、箒に説教され、すっかり冷めた料理を食べ終わった時だったからよく覚えている。
 箒が女性だと言ったから、縁結び魔法使いという噂を聞いてやってきたのだと思った。
 だから、箒に、自分の身支度が調うまで適当に客を接待していてくれといい、あわてて私室に飛び込んだのだ。
 なにしろ、実験中だったので、髪はぼさぼさ、服もあちこち汚れている。
 この姿のまま客に会えば、後からたっぷりと箒に説教されるだろう。
 魔法使いとしての威厳がないとか、人としての最低限の身だしなみが足りないとか。
 どんな格好をしていても自分は気にならないのだが、箒の説教を聞くのは面倒だ。
 それに、依頼に来た相手からそれなりの報酬をせしめるためには、もったいぶった格好というのは非常に有効である。
 長年の経験でそれを知っているフィーナは、面倒だという言葉を連発しながら、棚から服を引っ張り出し、なんとか魔法使いらしく体裁を整えた。
 これならきっと箒も満足するだろう。
 内心で自分を褒めながら客間に向かうと、そこにいたのは美しい女性だった。
 旅装に身を包み、長い黒髪を後ろで結んだ姿は、いかにも旅慣れたという雰囲気だ。
「はじめまして。お忙しいのに、手間を取らせてしまってごめんなさい」
 表情の少ない顔は、それでも笑みだと分かる程度に動く。
「お仕事中だったのなら、出直します。急ぎの用ではないし」
 そう彼女が言った時だった。
 ふいに、聞こえていた音が遠くなる。
 同時に、視界に靄がかかったかのように、霞んだ。
 見慣れた客間に、昔からある樫で出来た扉。
 この屋敷が出来た頃から、あまり手を入れていないそれは、今では古めかしいという表現をされることも多い。
 そこに、浮き上がるように女性が立っている。
 いや、違う。
 女性でありながら、女性ではない。
 似てはいるが、髪の長さや服装が違う。
 もっと幼くて、もっと簡素は服を着ている。顔も体も成熟しきっていない少女のものだ。
 その少女が唇を開いた。誰かを呼ぶように。
「リラ?」
 自分の口が、知らない名前を紡いだ。何故なのか、その名前を遠い昔聞いたような気がしたのだ。互いに初対面のはずで、名乗られた覚えもないのに。
 思わずフィーナは傍らの机に手をついた。
 これは、自分の記憶ではない。
 誰かの、何かの記憶。
「ご、ご主人様!?」
 傍らで箒が何か叫んでいるが、ひどく遠い。
 いったい何が起こったのか。
 女性が関係しているのかもしれないが、理由がわからない。何故急に他人の記憶が入り込んだのだろう。
 ここにいるのは、箒と女性と自分だけ。他には誰もいない。
 遠のく意識の中、冷静にそう考える自分にあきれながら、フィーナは意識を手放した。


 自分がひっくりかえったのだと知ったのは、目を開くといつのまにか長椅子に寝かされていて、それを心配そうに見下ろす箒と黒髪の女性の姿があったからだった。
「大丈夫ですか、ご主人さま」
 珍しく箒が泣きそうな顔をしている。
「ごめんなさい。私のせいかもしれない」
 申し訳なさそうに頭を下げた女性に、フィーナは首を振る。
 自分より少し年下だろう女性は、それでも幻覚の姿よりも年齢を重ねているように見える。
 あの姿はなんだったのだろうか。
 それに自分が呟いた名前のことも気になった。
「リラ、でよかっただろうか」
 頭に残っている名前を口にすると、女性は頷いた。
「私が、今この屋敷を預かっているフィーナだ」
「はじめまして。噂は聞いているわ。優秀な魔法使いなのだそうね」
 箒が彼女の隣で渋い顔をしているのは、優秀というにはあまりにも偏った魔法のせいだろう。
「私は、あまり魔法使いとしては優秀でなかったから、羨ましいわ」
 彼女も魔法使いなのだろうか。
 しかし、見た目は確かにそうだが、魔力はあまり感じられない。それに、幾ら世間から引きこもっているとはいえ、フィーナも一応魔法使いだ。それなりに名の売れた魔法使いならば、顔は知らなくても名前は知っている。覚えがないということは、修行途中で才能に見切りをつけたか、あまり有名でないかのどちらかだ。
「いったいあなたは誰なんだ?」
 それでも、彼女がこの屋敷に訪れたとたんに起こった不思議な現象に、そう尋ねずにはいられない。
「私、かつて、この屋敷で魔法使いの修行をしていたのよ」
 それはおかしい。
 フィーナがこの屋敷にやってきてから10年以上はたつ。
 その間に、彼女がこの場所にいたのならば、覚えているはずだが、それもない。第一、年齢的にも、合わないだろう。
「私は、リラ。100年呪われた魔法使いって言えば、わかってもらえるかしら」
「ああ、思い出した!」
 思わず叫んだあと、リラが苦笑したのを見て、フィーナは自分の失言に気が付いた。
「す、すまない。魔法使いの間では、有名な話だったものだから。呪いから開放されたということは聞いていたのだが、それきり噂を聞かないし、どうしているのだろうと思っていたよ」
「気にしていないわ。今の私は、職業魔法使いじゃないもの」
 それでも、彼女は有名だ。呪いのとばっちりを受けた魔法使いの話は知れ渡っているし、幾人かの魔法使いは、実際に彼女と連絡を取り合ったりしていたのだから。
「で、ここには何の用で?」
 まさか、媚薬が目当てというわけではあるまい。
 見たところ、魔法使いらしい雰囲気を醸し出している以外は、普通だ。容姿も、地味なフィーナがますます霞んでしまうほど、整っている。男性方面ではあまり苦労はしていないようにも見えるが、見た目ではわからない。
 薬に頼らなければならないような事態だってあるのかもしれない。
「申し訳ないのだけれど、仕事の依頼ではないの」
「さきほど、この屋敷で修行していたと言っていたな。その関係?」
「ええ、私の師匠――あなたにとっては、2代前になるのかしら。そのお墓にお参りしたくて。この屋敷の裏の森に、代々の師匠たちの墓があるでしょう? 勝手に入るわけにはいかないから、あなたに許可を貰おうと思ったの」
「それは、構わない。箒に案内させようか?」
 尋ねると、彼女は首を振った。場所はわかるから、大丈夫だという。
 反対に、フィーナのことを気遣ってか、気分はもういいのかと聞いてきた。
 そういえば、起き上がっているものの、まだフィーナは長椅子の上だ。
「体の方は大丈夫だ。さきほど、あなたが玄関に立っているのを見たとき、前にあったことがある気がして、目眩がしてな」
 フィーナが告げると、リラは考え込むように目を伏せた。
「もしかすると、この屋敷に残っている記憶かしら。あなたは魔法使いの力も強そうだから、それを感じ取ったのかもしれないわね」
「そういうことが、あり得るんですか、ご主人様」
 箒がリラの言葉に目を丸くした。
「ああ。古い家では特にな。リラ、あなたは、屋敷の人間に愛されていたのだな」
 あれは、悪い記憶ではなかった。暖かくて、まるで自分の家族を見ているかのような感覚だった。
 フィーナの言葉に、リラは驚いたようだった。
「そう」
 小さく呟いて、俯く。
 何を考えているのかはわからないが、かつてのことを思い出しているのは間違いなかった。
 やがて顔を上げたリラは、お墓に行ってくると言い残し、裏庭へと歩いていった。
 箒もフィーナもそれを黙って見送る。
 一人で行ったほうがいいと、彼女らにもわかっていたのだ。


 夕方、日が傾き賭けた頃、リラは屋敷に戻ってきた。
 随分長い時間だったけれど、その顔は、初対面の時よりもすっきりとしている。
 箒が用意していた茶を一度は断ったが、フィーナが聞いてみたい話がたくさんあるのだというと、あっさりと頷いた。
 彼女はあまり饒舌ではなかったが、話は楽しく、気が付けば辺りはすっかり暗くなってしまった。
「泊まっていくか?」
 この辺りは魔物もあまりでないが、さすがに時間が時間だ。
「いえ、麓の村に連れを待たせているから」
 遅くなってしまったわと言うが、あまり気にしていないようだった。
「また、来ればいい。旅をしているというのなら、頻繁には無理かもしれないが。その方があなたの師匠も喜ぶだろう。私もあなたともっと話をしてみたい」
「ありがとう」
 リラが深く頭を下げる。
 ふいに、一瞬、かつてのリラと今の彼女の姿が重なった。
 幻のように淡い残像。
 フィーナではない、誰かが見た、この屋敷に漂う夢の残り香。
 けれど、記憶とは違うこともある。
 昔よりも、彼女はよく笑った。
 この家に残っている“彼女”よりも、柔らかい印象を受ける。

 この記憶の持ち主に、それを見せてあげられないことが、残念だった。

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