365のお題

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  043 青春。  

 ちょっと、あんた。
 そう、そこの君。
 今日は年に一度の祭だっていうのに、何暗い顔しているの?
 え、振られた?
 祭に行こうって誘ったのに、別のやつに持って行かれた?
 もうだめだ?
 何言っているのよ。まだ10代半ばのくせに、それで人生終わりって顔してるんじゃないよ。
 私なんてね、もう20歳過ぎているのに、独身よ、ど・く・し・ん!
 可哀想でしょ、同情するでしょ。
 え、しない? 酔っ払いは嫌いだ?
 可愛い顔して言うねー。んん? 可愛いって言うな?
 ふふーん、お年頃だね。
 まあ、いいじゃないの。
 暇なら、ちょっとばかりつきあってよ。どうせ、外も中も、あんたの嫌いな酔っぱらいだらけよ。
 私もそうだって?
 だって、暇なんだもの。お酒飲むくらいしか、することないのよ。
 連れもいないしさー、外は人だらけだしさー。
 あんたの方こそ、外に出て祭を楽しめばいいって? 自分はここで黄昏れているって?
 いやー、それがさ。
 私、ちょっと訳ありで、あまり人混みを歩きたくないのよ。
 やだなー。犯罪者じゃないって。そうじゃなくてね、ちょっと人に追われていたりするのよ。
 だから、お尋ね者でもないんだってば!
 私のこと、熱烈に欲しいーなんて言うお馬鹿さんがいてね。何度断っても逃げても、追いかけてくるんだよ。執念だねー。
 なんで追われているのか?
 やましいことがあるのかって、ないわよ。向こうが勘違いしてるだけなの。
 うーん。わかった。暇だし、話してあげるよ。私の苦難の過去を。


 そうよ、始まりは、私がまだうら若き乙女だった頃。
 青春まっさかりって時期ね。
 夢にも希望にも溢れていたなー。
 小さな村で育った私は、世間の難しいことなんか知らず、毎日畑仕事をしたり、羊の世話をして暮らしていたわけ。
 で、年頃になった私は、村の青年と普通に恋に落ち、普通におつきあいして、年が明ければ結婚することになってたのよ。
 あの頃の私は、平凡で普通の人生がこの先もずっと続くって信じてたんだ。
 それなのに。
 突然、魔王が現れて、世界が大騒ぎになった。
 あんたはまだ小さかったかもしれないけれど、覚えているでしょう。
 魔王が復活したせいで、魔界と人間界の境目が曖昧になってね。その境目を越えた魔物たちによって、あちこちでものすごい被害が出たのをさ。
 人間と魔物だと、いくら頑張っても人間に勝ち目がない。
 一部の魔法使いや、神殿騎士様は強いけど、国全部を守るには力不足。
 そんなときだったかな。
 その魔王を鎮めるためには、乙女が必要だとかなんとか、神殿のえらい人が言い出して、神託の結果、一人の少女が選ばれたわけよ。
 え、知っている?
 あ、そう。なら話が早いわ。
 それ、私。
 その顔なによ。
 乙女は、金の髪に青い瞳、輝くばかりの美少女だったって?
 どこの誰よ、そんなふざけたことを言い出したのは。
 全然違うわよ。実際は、美少女なんかじゃなかったし、髪は赤みがかった金髪だったのよ。目は青かったけれど、あんたたちが言うような空の色じゃなかった。もっと暗い濃紺ね。
 がっかりした?
 事実なんて、そういうもの。あんた、ちょっと夢見過ぎてるんじゃないの。
 でまあ、私はある日突然現れた神殿騎士っていうのに拉致されて、それこそ物のように砂漠に放り出されたわ。
 なあに?
 そうじゃなくて、乙女は自ら魔王を倒すために砂漠に行った?
 これが、違うんだな。
 実は、裏取引があったっていうのよ。
 だから、魔王と神殿の間で。
 生贄を差しだせば、とりあえず休戦するってね。
 その辺りの詳しい事情はちょっとよくわからないのよ。誰も教えてくれなかったからさ。
 で、私が砂漠に連れてこられたのは、そこが魔王の指定した場所だったからね。
 あの時のことは忘れない。
 やってきた魔王は私を見て、あきらかにがっかりしたのよ。
 美人じゃないし、おいしそうじゃなかったみたいだし。後から、あれを食べたら腹を壊しそうだと思ったって教えてくれたくらい。まあ、そのせいで、誰にも食べられなかったから、よかったけどね。
 だけど、魔物が好む印っているのが確かに私にはあったらしくて――実はそれがなんなのか、いまだにわからないんだけどね――しぶしぶ魔王は魔界に私を連れて行った。
 え、魔王に生贄として殺されなかったかって?
 うん、それがね。
 その時魔王も大変なことになっていたのよ。
 魔王って前回の人間との戦いで傷ついて眠りについていたらしいんだけど、傷が癒えて数百年ぶりに目覚めてみれば、その間に魔界が大事になっていてね。下克上っていうの? かつての部下が王座の乗っ取っていたのよ。しかもその魔物は人間嫌い。力が全てって奴でね。そいつと魔王と、魔界を二分してどろどろとした戦いをしていたらしいのね。
 そのせいで、魔界は荒れ放題。心ない魔物が人間を襲っても、誰も諫めるものがいないっていう状態。
 このままだと、魔王にとっても人間界にとってもまずいことになる。
 君には魔物の力を増幅する力があるから、協力してほしい。
 そう言われて、私は頑張ったわ。
 結構魔王は親切だったし、知り合った魔物たちも話せばいい奴だった。
 魔王が王座を取り戻す手伝いをして、なんとか王として復権させ、ついでに人間界との友好関係を築くために努力した。
 随分時間もかかったけどね。
 だって、私、早く帰りたかった。
 結婚を約束した相手のこと、本当に好きだったんだもの。
 小さい頃から憧れていて、求婚されたときは、天にも昇る気持ちだった。急にいなくなってしまって、心配しているって思っていたし。
 だから、本当に頑張ったのに。
 なにもかも終わって戻ったとき、私見てしまったのよ。
 彼と女性が抱き合って口付けをかわしているのを。
 私とでさえ、あんなに熱い抱擁なんてしたことないっていうのに、ぎゅっとお互い密着させて抱き合ってさ。
 ……仕方ないってわかっていた。
 だって、あれから何年たつっていうんだろうってね。
 私は突然いなくなっちゃったし、彼はもしかすると捨てられたって思っていたかもしれない。私を忘れて、違う人を好きになっても仕方ないほど長い時間だったんだ。
 そこまで待てなんて、さすがに私だって言えない。
 本当はかけよって、何よその女!って怒鳴りたかったんだけどね。
 出来なかった。
 だから、黙って立ち去ったんだ。
 ところが、その後が大変でねえ。魔物と人間を友好関係に導いたって、何故か私、聖女に祭り上げられててさ。あちこちからいろんな人に追いかけられて、奇跡を起こせだのなんだの、もううるさくてうるさくて。実際、私に奇跡の力なんかないっていうのにね。
 あいつら、か弱い乙女に何をさせたいのやら。
 でね、逃げまわっている時、決心したのよ。
 結局、最後に頼れるのは自分だけ。
 自力で愛と自由を掴んでやるって。
 20歳をすぎた女性は待っているだけじゃ幸せになれないのよ。
 そうでしょう、あなたもそう思うでしょう?
 うん、うん、ありがとう。
 だけどね、そう思ってもやっぱり取り戻せないものがあるのよ。
 10代の一番楽しい時よ。
 恋をしたり、遊んだり、都の騎士にあこがれたり。お肌のはりだって違うしね。
 あんたが、恋して振られてたように、私もいろいろやりたかった。
 好きな人と、普通に幸せになりたかったよ。
 もう、いろんな意味で駄目だけどさ。
 あんたは、まだ大丈夫でしょ? 
 こんな酔っ払いの話につきあってくれるくらいだもの。優しい子だよ。
 今だって、なんだか泣きそうになっているじゃないの。
 でも、大丈夫、私結構ずぶといし。
 だいたい、これって酔っ払いの戯言かもしれないでしょう?
 噂の聖女を騙る悪い女。そういう自称聖女って、よく聞くじゃないの。
 ちょっと前にも、隣の町に出たって、誰かが言っていたような。
 本当にそうなのかって?
 さあ、どうかな。だって、私、髪も金色じゃないし空色の瞳じゃないし。
 それに、聖女様は、都の神殿にいるはずでしょ、噂では。そこで、毎日祈りを捧げているとか言われているじゃない。
 だったら、やっぱり嘘かって? 騙すなんてひどい?
 あんたが、落ち込んでいるから、ちょっとからかっただけ。
 真っ赤になって怒らないの。ほんとのこともちょっとだけ混じっているんだからさ。
 ん? なんだかここで落ち込んでいるのがばからしくなった?
 酔っ払いにつきあうよりも、もっと楽しいことを考えたい?
 そうそう、それでいいのよ。
 ほらほら、祭を楽しんできなさいって。
 新しい出会いがあるかもしれないでしょ?
 暗い顔をしていたら、出会えるものも出会えないって。
 あんた、まだまだこれからなんだからね。
 嬉し恥ずかしの青春は、今しか楽しめないんだから。

  *   *

「……アイラ? あんた若者相手に何やってるんだい?」
 少年を見送りながら手を振る女性に、酒場の主はあきれたような声を出した。
 すでに、酒場には親父と女しかいない。他のものは皆、祭に行ってしまったのだ。
「ホラ話をしてましたー」
 真っ赤な顔で酒瓶を突きながら、アイラは笑った。
「まったく。酔っ払うたびに、人をからかうのはやめておけ。あんまり変なことを口にしていると、そのうちやばいことになるぞ」
「はーい」
 返事だけは素直だが、おそらく明日になれば、すっかり忘れているのだろう。
「ところでアイラ。さっきの話、一番大事なところを話していないじゃないか」
「大事なことー?」
 へらへらと笑いながら、完全に酔っ払っているアイラは聞き返してくる。
「聖女様の、その後だ」
「ほえー。何かしらー」
「例えば、町で見かけた誰かさんと女性の抱擁は、あんたの誤解だったとか」
「……」
「あの後、神殿に連れていかれたあんたを助け出した誰かさんの話とか」
「……」
「神殿にいるはずの聖女様が、本当はどこにいるのか、とか」
「うー、余計なこと言ったら、この酒場の親父は魔物ですー、しかも魔王側近の一人ですってバラス」
 アイラと親父の間に火花が散った。
 ついでに、酒場内の温度が一気に下がる。
「いい度胸じゃないか、アイラ」
「親父さんこそ、私とそんなにやりあいたいの」
 ふふふふふ、と二人の口から、妖しげな笑い声が漏れた。
 一触即発。
 まさにそんなときだ。
「二人とも、何しているんだ?」
 低い男の声に、アイラと親父は同時に振り返った。
 いつ入ってきたのか、酒場の入口に、若い男が立っている。彼は、酒場内に漂う異様な雰囲気に気が付いて、うんざりしたような表情を浮かべた。
「ロイ、この酔っ払いをなんとかしろ。ちょっと苛めたら、正体ばらすって言い出すんだぜ」
「苛めた親父さんが悪い」
 ふくれっ面になったアイラは、文句を言いながら酒に口をつけた。
「どっちもどっちってことか」
 男が溜息とともに呟くと、二人から不服そうな声が上がる。
「違うよ、親父さんが苛めてるの!」
「違うだろ、アイラが酔っ払って管まいてるんだ」
「ああ、はいはい。そうなんだろうな」
 まったく気のない返事を返すと、ロイと呼ばれた男はアイラの隣に腰を下ろした。
「遅いよ、ロイ。なかなか帰ってこないから、すごく心配してた」
「すまない。少し手間取ったんだ」
 人が多かったからな、と笑いかけると、ロイは手を伸ばし彼女の頬に触れた。
 愛おしげに頬を撫でる手に、アイラの目がわずかに下がった。  
「で、外はどうだった、ロイ」
 親父の方も近づいてくると、そう尋ねながらアイラの向かい側に腰掛ける。その顔は先ほどまでのふざけた様子とは違い、真剣なものだった。
「問題はなさそうだ。町の連中以外の人間も混じっているが、追っ手はいない。魔物はいくらか見かけたが」
「まあ、魔物は結構祭好きだからな。結界も綻んでいなかったか?」
「ああ」
 それなら安心だと、親父がほっとしたように笑った。
「ふふー、大丈夫そうなら、もう少し夜更かししちゃおうかなー」
 アイラの手がテーブルの上の酒瓶に伸びたが、指先が瓶に触れる前に、ロイに取り上げられる。
「アイラ。もう休め」
「えー、もうちょっと飲むー」
「だめだ」
 男はそう言うと立ち上がり、アイラの体をひょいと抱き上げた。
「わー、何するのよ」
「部屋へ連れて行く」
「歩けるから、下ろしてー」
「だめだ」
 ロイはどうやら、離す気はないようだった。なんとかして下りようとじたばたするアイラが落ちないようにさらに力を込めただけである。
「いいから無理するな。まだ体だって癒えていないんだろう」
 優しく言われ、アイラは諦めたように大人しくなった。代わりに、伸ばした手がロイの上着を握った。まるでどこにも行かせないとでもいうように。
「心配しなくても、ここには俺もいる。親父さんだっている。大丈夫だ」
「……うん」
「だから、安心して休め」
「わかった」
「大丈夫だぞ、アイラ。奴らが来たら、俺が吹っ飛ばしてやるから」
「親父さん、ありがとう。……それから、おやすみなさい」
 ロイの腕の中から手を振りながら、アイラが笑った。
「親父、後は頼む」
 ロイも軽く頭を下げ、そのまま二人は奥の階段へと向かっていく。
 ぎごちないながらも、どこか微笑ましい二人の姿に、親父は苦笑した。
 いろいろあって、やっと互いを取り戻したのだと、彼は知っている。まだ二人の間には過去のわだかまりが残っているが、少しずつ近づいていく彼らを見ているのは、案外楽しい。
 魔物が人間の幸せを願うというのはおかしな話だが、彼らには普通に幸せになって欲しいと思うのだ。
 魔界を救ってくれたという恩義からだけではなく。 
「まったく、俺も丸くなったもんだよなあ」
 そんな親父のぼやきを聞くものは、もちろん誰もいなかった。

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