365のお題

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  044 友達  

 ある日、久しぶりに訪ねて来た幼馴染みで友人の美佐が、爆弾発言をした。
「私、結婚することになりましたー!」
 うん、それはいい。もう未成年じゃないし、無駄にハイテンションなのも、気持ちが盛り上がっているから仕方ないんだって、理解しよう。現れたのが玄関ではなく、いきなり窓からだったとしても、見なかったことにしよう。
 問題は、相手だ。これから友人が結婚する人物。今私の前で居心地悪そうに正座している(たぶん)男が私の想像の範疇を越えているのが大問題だ。
「……虎のように見えるんですけれど」
 控えめにそう言ってみた。
 だって、そうとしか見えないんだもの。
 しかし美佐はにこにこと笑っている。
「うん、そう、虎だから」
 あっさり言われて、私はのけぞった。
 いや、虎だから、じゃないでしょう。
 それ、おかしいでしょう。
 確かに、二足歩行しているし、服だって着ている。最初に『はじめまして』とちゃんと日本語で挨拶をした。
 しかし、私は24年間生きてきて、こんな生き物は見たことがない。
「実は着ぐるみだったりするとか」
 こんなリアルな着ぐるみがあるとは思えなかったけれど、僅かな望みをかけて聞いてみた。もしかすると、私をからかっているのかもしれないし。なにしろ、昔から人を驚かせることが好きな友人だった。
「ううん、本物。手触りいいよ」
「そ、そう。それはよかったね」
 正直、何がどうよかったかはわからないんだけれど、彼女がそう言って楽しそうに毛皮に触ったから、思わず口にしただけだ。
「……驚かれるのも、無理はないと思います」
 虎さんが、申し訳なさそうに頭を下げた。見た目は怖いが、美佐よりもまともそうだ。
「あ、いえ。こちらこそ、最初驚いたりして、ごめんなさい」
 彼が窓から入ってきたとき、悲鳴を上げそうになったことを思い出して、私も頭を下げた。そうだよね、いくら見た目が虎でも、それで怖いって判断しちゃだめだよね。
「私は、人の姿で訪ねた方がいいと一応忠告したのですが……」
「え、人の姿になれるんですか?」
「ええ。魔法で姿を誤魔化すだけなのですが、人と同じに見えます。ですが、ミサがありのままの姿であなたに会ってほしいというものですから」
 そうだったのか。
 でも、美佐。いきなりはやっぱり私も驚くよ。順序を踏もうよ。普通、まずあんたが事情を説明してから、会わせるべきじゃないの? 突然にしても、この虎さんが言うように、まずは人間の姿からっていうのが普通だよ。
 しかも窓からだし。
 そのことを指摘してみるも、美佐はどこが悪いのって顔をしている。
「だって、この姿で外は歩けないでしょ? だから、あっちの世界とこの部屋を繋げてもらったんだ」
 え。
 今、さらりとすごいことを聞いたような。
「繋げてもらったって、どういうこと。というかあっちの世界って何よ」
「うん、だから別の世界。パラレルワールドっていうの? 地球であって私たちの地球とは異なる場所だよ」
 あれ、なんだか、頭がぐらぐらしてきた。
 冗談だよねって、詰め寄りたいのに、頭が言うことをきかない。
 そもそも、そんな映画みたいな話、あるわけないじゃない。
 なんて悪夢。しかも、つねっても叩いても目が覚めない。
「大丈夫? 顔色が悪いよ」
 誰かさんのせいです。
 そう言いたかったけれど、とりあえず言葉を飲み込んだ。
 夢だと認めたいけれど、目の前に虎もどきがいる以上、否定できない気がする。
「パラレルワールドっていうけれど、それってちょっとずつ何かが違うけど、ほとんど同じ感じの世界ってのじゃないの?」
 昔見た漫画はそんなふうだった。
 例えば、戦争があったりなかったり、有名な歴史上の人物が生きていたり存在していなかったり、自分とそっくりな人間が住んでいたり。そのあたりを突っ込むと、美佐は苦笑した。
「うーん、私もそう思ってたんだけどねー」
 生活基準は地球と似ているし、呼び方もずばり地球だし、言語も似ているけれど、住んでいる住人がこことは全然違うのだと美佐が説明する。
「すごいよー。獣人なんて普通に住んでいるし、魔物や妖精、魔法使いだって、いるもの」
「ははは、そうなんだ」
 返事を返すけれど、半分くらいは信じきれていない。
「で、どうして異世界に行って、そこの人と結婚って話になってるの。ご両親は納得してるの?」
 その質門を投げかけたとたん、美佐の顔がぱっと明るくなった。
「話せば長いよ。大河ドラマ並のことがあったから。聞きたい?」
 疑問形だけれど、顔には『私の話を聞いて』と書いてあるように見えた。
「詳しい内容はいらない」
 聞いたら、絶対後悔するような気がする。それに、人の惚気話なんて、聞くものじゃない。
「簡単に話して」
 だから、そう言ったのに、美佐の方が不服そうだった。
「ええ、どうして!」
「どうしてって、なんとなく」
「冷たいー」
 冷たくて結構。
「本当に、簡単でいいから」
 念を押すと、しぶしぶ美佐は頷いた。納得していない顔だけどね。
「連休の頃、私がいなかったのを覚えている?」
 言われて、私は連休中に美佐とまったく連絡がつかなかったことを思い出した。実家には帰らないっていっていたから、大学時代の友人たちと遊びに行こうって話になったのに、携帯もつながらないし、マンションも留守で、旅行にでも行っているのかと思っていたんだけれど。
「あの時、うっかりあっちの世界に行ってねー。魔物においかけられるし、兵士にはどつかれるし、死にそうな目にあったわけよ」
 あっさり言っているけれど、それって笑い飛ばすような出来事?
 だって、あんた、ごく普通の女性でしょ。鈍臭い私よりもさらに運動神経が皆無なはずだし。そりゃ確かに人よりちょっと運がいいとは思うけど、それだけハードな体験を乗り切れる程とは思えない。それとも、よくある異世界話みたいになにか特種能力が……あるようには見えないんだけどなあ。
「で、追いかけられている時に、たまたま川で釣りをしていたこの人と会って。簡単に言えば、恋に落ちたってわけで」
「………虎と?」
「うん、虎と」
 これはどういう反応を返せばいいのか。
 よかったねというべきなのか、おめでとうと言った方がいいのか。
 迷ったあげく、前者を選ぶことにした。が、美佐の反応はイマイチだった。私の態度が気に入らなかったらしい。
「あー、変なこと考えていない?」
 そう言って頬を膨らませる。
「そりゃ私だって初めてこの人に会った時は驚いたけど。でも、見かけによらずいい人だったんだー」
 語尾にハートが飛び散ったような、幸せ全開の言葉に、もはや私に言うべき言葉はなかった。
「両親にはね、一応本当のことは話した。父さん、ちょっとばかり寝込んじゃったけどね」
 そうでしょうとも。
 私は、美佐の父親の、真面目で誠実そうな顔を思い出す。あまりしゃべる人ではなかったけれど、子供好きな人だった。休みの日に美佐の家に行くと、一緒に遊んでくれたこともあった。
 平凡などこにでもいるお父さんって感じの人だったのに、娘が異世界人と結婚しますなんて言えば、驚くよりも先に寝込んだって仕方ない。
「でも、ちゃんと許してもらったよ。呆れてたけど、お前らしいって」
「そっか、よかったね」
 これは心の底から言えた。だって、やっぱり家族に反対されるのは辛いもの。
「で、ここからが本題なんだ。実はね、結婚式のことなんだよ」
 異世界でも当然そういうのがあるんだ。まあ、似たような生活をしていたら、ありえる話なんだけど、でも、変な感じがする。
「私としてはね、友達にも参加して祝ってほしいところなんだけど」
「それは、無理なんじゃないの? さすがに異世界に行くのはねー。それとも、こっちでやるの? そのことで問題が?」
「ううん。こっちではしない。あっちだけ、なんだけど。あっちの世界での結婚式に、血縁者以外、呼べないから」
 親友には参加して欲しかったのに、と美佐がしょんぼりとする。
 まあ、私だって友人の結婚式には出たいけど、それが別の世界となると話は別だ。どんなものかわからないし、とんでもない風習とかあっても困るし。ご祝儀とかいるとか言われても、何を渡せばいいかもわからない。あっちの通貨なんて当然もっていないしさ。
「王族の結婚には、一般人は入れないんだって」
「そう、王族の……はああ?」
 何、今、ありえない言葉を聞いた気が。
「王族って、誰が」
「あの、私です」
 控えめな声に視線を動かすと、そこには困ったように笑う虎さんがいた。
「実はあちらの世界では、私には第六王子という肩書がありまして」
 お約束すぎて笑えないっていうのはこういうのを言うんだろう。異世界に言った女性が、あっちで玉の輿?だなんて、出来過ぎというというか、でも、やっぱりあり得なさすぎるというか。
 これ、やっぱり夢なんじゃないの?
「あ、肩書きだけなので」
 そんなことを強調されても、こちらとしては反応に困る。敬語とか使わないといけないんだろうか。
「普通にしてもらえるとこちらとしても助かります」
「そ、そういう問題なの?」
「はい」
 笑顔で言われてしまった。
 しかし、王子様なんて、本当に大丈夫なのかな、美佐は。
「心配しないで、私は大丈夫」
 いつもと同じように、なんとかなるよーとあっけらかんとした笑顔で、美佐は言う。
 もう、脳天気なんだから、と思いつつ、この子はこうやって乗り切っていくんだろう。昔からそうだた。
 私の後ろをいつも付いてきているくせに、いざというときはこの子の方が度胸がある。
 それに何度助けられたことか。
「わかった。親友で幼馴染みとして、お祝いするよ。おめでとう。でも」
 私は背筋を伸ばして、虎さんを見た。
 私の真剣な様子に気が付いた虎さんが、居住まいを正す。
「美佐が不幸になるようなことをしたら許さないからね」
「わかっています」
「私、結構しつこいから、異世界だろうが追いかけて、落とし前はつけてもらうよ」
「はい」
 真剣な目だ。人間の目じゃなくても、その中にある思いは伝わってくる。
「困難なことは多いと思います。でも、私はミサと共に、歩いていくことを選びました。彼女と幸せを分かち合いたいのです」
「……そっか。うん、わかった。二人とも本当におめでとう」
 そこまで言われて反対する理由は思いつかない。
「美佐、あんまり無理しちゃだめだよ。やなことあったらいつでも帰ってきなよ」
「うん、ありがとう」
「本当に、気をつけてね」
 私がもう何度目かのその言葉を口にすると、美佐は心配性ーと言って笑った。
 だって、そうじゃない。日本ならまだしも、どこかわけのわからない場所よ。外国でさえないんだから。
「落ち着いてたら、連絡するし、遊びにきてね」
「ええ!? あー、うん、考えとく」
 即答できなかったのは、美佐ほど簡単に、異世界を受け入れられていないからだ。
 言葉は似たようなものだと言っていたけれど、やっぱり外国に行くのとは違うだろう。
「あ、そろそろ戻らないと。扉が閉じちゃう」
「そうなの?」
 ずっと繋ぎっぱなしってわけじゃないのか。まあ、そうだよね。
「うん、魔法だって万能じゃないからね」
 そもそも魔法があるってこと自体が驚きなんだけどね。
「じゃあね、またね!」
「失礼いたします」
 二人――この場合、一人と一頭なんだろうか。
 同時に頭を下げた。
「うん、またね」
 私も二人に向かって、軽く頭を下げる。
 それを見てから、美佐たちは立ち上がり、窓に近づいた。
 仲良く窓から帰って行く美佐の後ろ姿を見ながら、私は溜息をつく。
 まるで嵐が来たみたいだったよ、本当に。


 ちなみに、窓は後から調べても、どこにも異常がなかったから、夢だった可能性はゼロではないのだけれど。
 夢じゃない証拠に、目の前に日本でいうところの引き出物って奴が転がっている。
 美佐が強引に置いていったものだ。
 得体のしれない置物は、あっちの世界では幸せを呼ぶと言われているものらしい。結婚する時は親戚や知人に配る定番で、どの家にも何個も並べて置いてあるんだそうだ。
 異世界の私が飾っても、幸せになるものなんだろうか?
 飾るには怪しい物体を眺めながら、そんなことを思った。

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