熊のぬいぐるみを渡された。
私の胸くらいまである大きなものだった。
それを持ってきた男の顔は無表情。
ちなみに、私の誕生日はまだ先だし、今日が何かの記念日というわけでもない。男の誕生日は知らないけれど、自分の誕生日に他人にプレゼントするという話は聞いたことがない。
おかしい。
絶対、おかしい。
だから、不気味。
何考えてるの、この男。
「子供はぬいぐるみが好きなのだろう?」
当たり前のように言われ、私は絶句した。
もちろん、私だってぬいぐるみは好きだ。
お友達と出かけた先で見かけたぬいぐるみに欲しいものがあって、お小遣いで買おうかな、なんて考えてもいた。
でも。
「どうしたの、これ」
聞き返したくなるよね?
だって、ぬいぐるみは、包装紙に包まれていなかった。
男はそれを腕に抱えて、帰ってきたわけで。
彼は背が高くて、顔はどちらかといえば精悍な感じだ。普段からあまり明るい色の服は着ていなくて、今だって全体的に黒っぽい。纏う雰囲気だって、得体の知れない感じだし。
あまりにも、ぬいぐるみと釣り合っていない。
「買った」
私が困惑しているのがわかっているのか知らないふりをしているのか。男は楽しそうに唇を歪めて笑った。
「前に部屋が殺風景だと文句を言っていたからな」
「ぬいぐるみを置いても、殺風景だと思うけれど」
先週ようやく部屋のカーテンを可愛いものに変えたばかりだ。男はなんでも好きなものを買っていいというけれど、あまり無駄遣いするのは好きじゃない。一応、これでも養われている立場だし。
「1人が寂しいと泣いていただろう?」
う。
どうして、それをこの男が知っているの。
確かに、男は仕事柄、家を空けることもある。場合によっては、連絡を取ることもできない状態になったりもする。いつ帰ってくるか、わからないことだって多い。
「泣いてなんかいないもの」
なんだかちょっと悔しくて、ぬいぐるみをぎゅうぎゅう抱きしめながら、私は反論した。
別に寂しいわけじゃないもの。
男が居ないとき、ちょっと嫌なものが部屋の外をうろうろしていて、恐かっただけだもの。
男が恋しくて、泣いてたわけじゃない。
男以外の闇に惹かれて、それに手を伸ばしそうになった自分が嫌になったわけでもない。
「このぬいぐるみには、呪が施してある。俺がいないときにはお前を守るだろう」
男がぬいぐるみ越しに手を伸ばし、私の頭を撫でた。
いつもの仕種だけれど、なんだかいつもとは違う意味が込められているような気がする。
「お前の魂は俺のものだ。俺以外の『闇』に食われるのは許さない」
「じゃあ、このぬいぐるみは監視役?」
男は気が付いているんだ。
私は、男の闇に惹かれている。契約を交わしたのもそのせいだ。
でも、同時に私は他の闇にも意識がいってしまう。もちろん、私だって、そんなに節操がないわけじゃない。男以外の闇がどんなに誘ったって、頑張って無視しようとはしているだから。
「お前が無視していても、勝手に寄ってくるからな。虫除けだ」
む。
なんかいろいろ納得いかない気がする。街灯じゃないんだから。
「わかった。可愛い私が襲われないように、心配してくれてるってことだよね」
悔しいから、そう言ってやると、男は一瞬目を見開いた後、珍しく声をあげて笑い出した。
でも、否定しなかったってことは、そうだってこと?
そう思って、もう一度、ぬいぐるみをぎゅうっと抱きしめると、微かに男の匂いがした。