ノアが組織のボスっていうのと話してくると言って出て行って一日半。
帰ってきた彼女は、真っ白い封筒を持っていた。
シミ1つない封筒の表には、私の名前。
中身には、これまた真っ白な便箋。
達筆で流れるように書かれた文字が美しい。
【我らがアジトにご招待いたします】
ちなみに、白い便箋に書かれていたのは、その文字だけ。
いろいろ突っ込みたいところはあるけれど、アジトとやらに行けることに間違いないだろう。
だったら、覚悟を決めて行くだけだ。
私は気合を入れるように、大きく息を吐いた。
「いつ行けばいいの?」
招待状には、日付は書かれていなかった。
「お姉さまが都合がよければ今すぐにでも」
そんなにすぐに行って大丈夫なんだろうか。電車とか使うのかな、それともバス?
「その手紙自体が転送装置になっています。手に持って、文字のところに触れてみてください」
「え、ちょっと待って。転送装置?」
いきなりSFみたいな話になってきてない?
原理がどうなっているのか気になる。きっと理解はできないだろうけれど。
そういえば、あの戦隊もどきの人達のスーツだって、不思議といえば不思議だ。ビームみたいなものが出たりするし。
「あそこに行くには次元の狭間を通らないといけないんです。ノアたちは耐性があるから、どこからでも狭間を抜けていいけるんですけれど、お姉さまは普通の人間だから」
うん、確かに私、自力で狭間なんてところ、抜けられないよ。
そもそも、それがどこにあるのかさえ、まったくわからないし。
「その手紙には、あの方の力が込めてありますから。狭間を通らずに、直接あの方のところへ行くことが出来るんです」
うわー。それ、違うところで利用したいなあ。
いや、アジト限定だったら無理?
「ノアも一緒ですから、大丈夫です!」
考えこんでいる私の顔を心配そうに見上げてノアが言う。
私の沈黙を、不安に思っていると勘違いしたのかもしれない。
そんなことはないんだけれど。
でも、ノアが一緒なのは心強い。相手がどんなヤツかもわからないし、いきなり襲われても困るし。
「うん、会いたいって言ったのは私だもんね」
自分に言い聞かせるように呟くと、ノアを見た。
「よし、行くよ、ノア」
「はい、お姉さま!」
もう一度ノアの顔を見つめてから、私はゆっくりと便箋の上の文字をなぞった。
そこは、思ったよりも奇麗な部屋だった。
白い壁。淡いクリーム色の床。
中央にぽつんと置かれたソファーは座り心地がよさそうだ。
不思議なのは、照明器具がないのに明るいことだ。どうなっているのかな。
窓もないみたいだし。
「どうやら、どこにも落ちずに来れたようだな」
ふいに男の声が響いた。
と同時に、ソファーの上に、いつのまにか白い仮面を被った細身の男が座っている。
何、これって魔法?
ほんの一瞬前まではいなかったのに!
「ようこそ。鍵を持つ人間よ」
柔らかな声が、私に向かってそう呼びかける。
ああ、また鍵だ。
誰も彼も、私を鍵呼ばわり。もういい加減ウンザリしているんだけど。
「この呼び名は嫌いなようだな」
不機嫌になった私に、男は気が付いたらしい。
「はい。意味がわからないので」
そう答えると、男は笑い出した。
「なるほど。このたびの鍵は面白いな」
面白いって言われちゃったよ。
どういう意味よ。なんか釈然としない。
「あなたが、ノアの所属しているっていう組織の一番えらい人なの?」
「そうだ。キャットの話によると、私にいろいろ聞きたいことがあるそうだな」」
そうだよ。
聞きたいことだらけで、何から聞いて良いかわからないくらいだ。
「そうだな。話を進める前に、君に見てもらいたいものがある」
「見せたいもの?」
男の手が、仮面に触れた。
その手がゆっくりと動き、つけていた仮面を外す。
見せたいものというのは、この人の顔?
息を詰めて私は、彼の行動を見つめる。
やがて仮面がはずれ、そこに現れたのは。
「え、間宮……さん?」
そんなはずはない。
間宮さんがこんなところにいるはずない。
声だって、ちょっと違っていたし。
だけど、同じ顔をしている。どういうことなの。
「君は倫と会っているのだろう。驚いたかい? 私が倫と同じ顔をしているから」
だって。
だって、間宮さんは、この人にとって敵のはずでしょう?
戦っているんでしょう?
双子? まさか。
だったら、何故争っているのよ。
「あなたは誰、なの?」
「そうだね。倫と同じ。『鍵』を欲しがるもの。そしてあいつの対でもある」
そういって笑った顔は、間宮さんとは違って、底冷えするようなものだった。