木こりさんが言いました。
この森には恐い魔物が住んでいます。
だから、1人で入ってはいけないよ。
狩人さんは言いました。
この森には、恐ろしい狼が住んでいる。
狼は小さな女の子を見ると、食べようと襲ってくるだろう。
お母さんは言いました。
おばあちゃんたら、年齢も考えず木を切ろうとしちゃうから、腰を痛めちゃったのよ。
あんた、おばあちゃんの様子を見てきてくれる?
「で、あなたがその恐い魔物で、恐ろしい狼で、腰を痛めて寝込んでいるおばあさん?」
「……それ、本気で言っているか?」
私の問いかけに、ベッドの横に立つ男は頭を押さえながらそう言った。
「本気なわけないし」
即答する。
だって、嫌味だもの。
「だろうな」
男は溜息をつきながら、ベッドの横の小さな椅子に腰を下ろした。
小さい癖に、それは大柄な男が座ってもびくともしない。おそらくおばあちゃんの手作りだろう。
おばあちゃん、大工仕事得意だからなあ。
確か、此の家もおばあちゃん作だったし、村にある我が家も、若い頃おばあちゃんが建てたんだったっけ。
それに、今は森で木を切って、家具やちょっとした小物に加工して売っているらしい。
結構な儲けになるって言っていたっけ。
「で、おばあちゃんは? 私、腰を痛めたって聞いたんだけど」
だから、こんな森の中、恐い思いをしながら訪ねてきた。
おばあちゃんの大好物の酒を何本も持たされて、ものすごく重たかったよ。
「自分で作った特製湿布が効いたのか、すっかり元気になって、さっき森へ木を切りに行った」
ええ! おばあちゃんたら、何やってるのよ!
「もう。いくら魔族の血を引いているからって、おばあちゃんは400歳なんだから、無理しちゃだめって言ってるのに!」
この間だって、大丈夫って森の最奥まで行って、持病の腰痛が悪化して動けなくなったのに。
おばあちゃんが帰ってこないって青ざめたこの男が我が家に駆け込み、皆で大騒ぎして森の中を探したことは、まだ記憶に新しい。
「あんたねー、一応、おばあちゃんの恋人でしょう。なんで止めないの」
「俺だって止めた! でも邪魔するなって全力で投げ飛ばされて、この有り様だよ」
男は私に頭のたんこぶを見せる。
ああ、それで入ってきた時頭を押さえていたのね。
これだけ大きな体をしているくせに、この男、私より弱いし。村一番の力持ちのおばあちゃんが本気でかかれば、赤子の手をひねるようなものだろう。
「どうして、おばあちゃん、こういうのがいいのかしら」
おばあちゃんの最初の旦那さんも、その次の人も、3番目の夫で私の祖父にあたる人も、みんな体はがっしりしてるのに、ものすごく弱いという男ばかりだったらしい。
斧どころか、細い剣さえ扱えなかったというんだから、どんだけ弱いのって感じだ。
私なら、体形はどうでもいいけれど、やっぱり自分より強い人の方がいいし。
投げ飛ばすと軽く飛んでいくような男なんて、嫌いだし。
おばあちゃんによると、そこらへんの体格と実力の差がいいんだそうだ。
……やっぱりわからない。
それでも、おばあちゃんはすごいと思う。
今、おばあちゃんの恋人をやっているこの男は、普通の人間だ。
ある日ふらりと村に現れ住み着いた時、得体の知れない人ということで、いろいろあったらしい。それを庇ったのがおばあちゃん。
おばあちゃんは長生きだし、魔族の血を引いているというせいで、発言力もある。
理不尽なことも大嫌いだ。
村の長老にがつんと言ったあと、自分が男の身元引受人になった。
それを恩に感じた男がおばあちゃんに懐いて、おばあちゃんも自分を慕ってくる男を可愛がって。
気が付くと、いつのまにかそれが恋に変わっていたらしい。
けれど、400歳の女性と、人間の男。
周りが諸手を挙げて二人の交際を認めるわけがない。
でも、燃え上がった恋の炎はちっとも消えず、そんなに反対するなら家出してやる!と叫んだおばあちゃんが男とともに森の奥に引っ込んだのは10年前。私がまだ6歳の時だ。
あの時の大騒ぎは、今でも村に語り継がれている。
でも、村の女の子たちはこっそりと大人のいないところで話してる。
一生に一度くらい、あんな恋をしてみたい。
……おばあちゃんは、4回目だけどね。
おばあちゃんがまた森の中で倒れていたら困る。
そう思って、探しに行こうかどうしようか悩んでいたら、小屋の扉が勢いよく開いた。
「あらあら、レイリィちゃん。来てくれていたのね」
絶世の美女が入り口から小屋の中を覗いている。
「おばあちゃん!」
400歳とは思えない若々しい姿は、いつもと変わりない。どうやら、腰の方は本当に大丈夫そうだ。
「お母さんが心配していたよ。おばあちゃん、すぐに無理するから」
「あの子は心配症ねえ。私は大丈夫なのに。それに寝てなんていられないでしょ。養わないといけない大食らいがいるんだもの」
そんなことを言いながらも、おばあちゃんはとても嬉しそうだ。
恋する乙女になっている。
「ああ、そうそう。ちょうどよかったわー。必要分だけ森の木を切ったのはいいんだけど、やっぱり本調子じゃなくてねえ。全部運ぶのは無理かしらって思ってたところだったの。手伝って」
「えー!」
まさか手伝いを言われるとは思わなかった私は、ちょっと膨れてみせる。
だって、今日着ているのはおろし立ての服だもの。もし木の枝に引っかかって破れたらすごく悔しい。
「レイリィ。その服、新品だよね。破いたら大変だろう? 着替えなら前に泊まりに来たとき、置いていったのがある。洗濯して仕舞っておいたんだ」
男が椅子から立ち上がり、にこにこと言う。
力仕事はまったく駄目だけど、男は器用で家事全敗をこなす。
おばあちゃんはそういうのはまったく駄目なのだ。
「それに、レイリィがそろそろ来るんじゃないかなって、パイも焼いておいた。仕事が済んだら食べよう」
それに良く気が付くし。
こういう感じだから、おばあちゃんともうまくいくのかもしれない。
「さすが私の愛しい人。気が利くわね」
おばあちゃんが嬉しそうに駈けよって、男に抱きついた。
そのまま、口付けをかわしそうな雰囲気だったから、一応礼儀として、そっぽを向いておいた。
私も恥ずかしいし。
いつか、私もおばあちゃんみたいな恋が出来るのかな。
おばあちゃんみたいに奇麗じゃないし、胸だってまだまだ小さいし、村の人が尊敬するほどの知識もない。
取り柄といえば、おばあちゃん譲りの力持ちってことくらい。
ひょいと持ち上げた木を二つほど担いだまま、私は溜息をついた。
やっぱり、こんなふうに軽々と木をもっちゃうような女の子って、駄目かもしれない。
もう少し女の子らしくなれば、素敵な恋が出来るかな。
私の横でいちゃいちゃべたべたしている二人を見ながら、そんな日が早く来ればいいなって思った。