365のお題

Novel | 目次(番号順) | 目次(シリーズ別)

  057 眠れない  

「正直に答えてほしい。どうしてそんなに寝不足なのだ?」
 昼下がりの馬車の中、真っ白な毛並みを持つ彼が、深刻そうに言った。
 確かに、皆が外で寛いでいる間、私は馬車の中でうとうとしていた。それも、ここのところずっとだ。寝不足だということは、もうみんなにばれている。
 しかし、そう尋ねられても、私は曖昧な笑みしか浮かべられなかった。
 だって、理由は絶対言えないんだもの。
「やはり、この旅は女性にはきついのだろうか」
 眉間に皺を寄せ、真面目な彼は考え込んでいる。
 確かに旅はきつい。野営だってしたことがなかった私は、宿屋に泊まれなかった場合、外で寝るということに最初はなかなか慣れなかった。
 でも、今、私が寝不足なのは、そんな旅を続けているからではない。
 元々、根っからの庶民だ。
 住んでいた家の寝台だって固くて敷布も薄かった。そういうのにずっと寝ていたわけだから、ちょっとごろごろしていて固い地面の上で、野営用の敷布にくるまって寝るのはすぐに平気になった。
 体も日頃の畑仕事で鍛えているせいか、それほどきつくはない。
 一緒に行動している少女は辛そうだけれど、彼女は元々貴族の令嬢で、屋敷の奥深くで生活し殆ど外に出たことがないのだ。私と比べるのは、気の毒である。
 しかし、この状況―――彼と向かい合っているのは、私的にはおいしい出来事だ。
 彼は、あまり私に話しかけてくれない。
 大抵はもう1人の少女にべったりだ。
 間近で見れるのは、野営の時だけ。
 その時は、なるべく皆で固まっているから、自然と距離が縮まるのだ。私と彼の距離が近づいているわけではない。
 まあ、仕方ないかとは思う。
 元々、ここにいる中で、私だけがおもいきり浮いているのだから。


 この国で、神に仕える乙女に選ばれるには条件がある。
 朱の月、朱の刻に生まれた、銀の髪と菫の瞳を持つ乙女。
 なんでも、一番最初に神に仕えた乙女がそんな容姿だったからだとか。後は、銀の髪を持つ人間には神秘的な力を持つ人間が多いっていうのもある。
 幸か不幸か、私はその条件にばっちり合っていて、小さい頃から、16歳になったら都に行かなくちゃいけないと言い聞かされていた。
 尤も、神に仕える帰還はほんの2、3年で、それを過ぎたら故郷に帰るなり、都で暮らすなり自由だ。
 大抵の巫女は、都にいるうちにいい相手を見つけて結婚したり、神殿のコネを使って就職したりしている。
 巫女の中でも、特別に力がある人間は、そのまま神殿に残ったりするけれど、私には奇跡の力はない。
 巫女が持つという癒しの力も、未来を垣間見るという予言の力も、人を魅了する力も無し。ただ容姿が条件に合うというだけで、しばらく神殿務めだ。
 そういう子はたくさんいるらしいから、それほど心配はしていない。
 それなりの報酬も出るから、養い親に仕送りも出来るしね。
 それに、都には獣人がたくさんいるという。
 そう、獣人だ。
 人には隠しているが、実は私はもふもふ好きだ。
 もふもふに触ると幸せを感じ、もふもふを見ると、ご飯3倍はいける。
 子供の頃から、獣人のお嫁さんになる!と言って、養い親を呆れさせていた。
 住んでいた村には年老いた獣人1人しかいなかったけれど、私は彼にものすごく懐いていた。初恋の相手でもある。
 獣人にも幾つかの種族があるけれど、私は特に狼型の獣人が好きだ。
 そういう人が都にはいっぱいいるというのだ。
 身体能力が高いから、剣士や騎士になるものも多い。神殿を守る騎士の中にも幾人かいるというのは、調査済みだ。
 だから、養い親や友人たちが心配するほど、私は神殿勤めに不安はなかった。


 そんなもふもふ好きの私の前に現れたのは、私の好みそのものの獣人だった。
 聞けば、彼は都に行く巫女たちの護衛の1人だという。
 ああ、巫女でよかったと、心底喜んだ。
 都までは、どんなに急いでも一月以上掛かる。その間に仲良くなろうなんて、計画まで練っていたのだ。
 途中まではそれもうまく行っていたような気がする。
 彼は、私のことを気遣っていろいろしてくれたし、話しかけると嫌な顔もせず話を聞いてくれた。このまま、少しずつ仲良くなれそうだったのだ。
 ところが、その計画は途中でもう1人の巫女が合流したことで脆くも崩れ去ってしまった。
 その少女は私と同じ年だというのに、ものすごく大人っぽくて奇麗で上品だった。
 私なんて、自ら名乗ったとしても、巫女だと中々信じてもらえない。その髪って本物って言われるくらいだ。
 でも、彼女はもう、そこにいるだけで神々しかった。
 性格も控え目でいい。
 巫女がいるならこうだ!という見本みたいな感じだ。
 事実、今回護衛としてやってきた騎士たちは、一瞬で彼女の信望者になってしまった。
 当然、彼もそう。
 しかも、彼女は、体もあまり丈夫じゃなくて、無理をするとすぐに熱を出すし、食も細い。
 彼女に会わせて、割とゆっくり進んでいるこの旅さえ、かなり辛そうだった。
 それを気にしてか、本当に彼は彼女にかかり切り。
 まあ、私はほっといても自分で身支度も出来るし、ちょっとぐらい寒くても風邪なんて引いたりしない。だから、自然に皆の気持ちがあっちに行くのは仕方ないんだけど。
 でも。
 やっぱり、少しは私にも構ってほしいんだよね。
 特に、目の前にいるこの人に。
「アイ殿は何も口にされないから、逆に心配になるのだ。もう少し我が儘になってもらってもかまわないのだが」
 文句を言わないのは、別にこの旅に不満があまりないからだ。
 食事は携帯食にしてはそれなりにおいしいし、旅の途中で見るものも面白い。
 騎士達のきびきびした動きには、いつも感心している。
 特に、彼が動いているのを見るのが好き。
 彼は獣騎士。
 獣騎士の中には人型を取れる者もいて、彼もそうらしいけれど、普段は殆どを獣型である。
 その方が動きやすいのだそうだ。それに会わせて、上半身には必要最低限の防具しかつけていない。
 もふもふ、だ。
 ふかふか、だ。
 時々、しっぽが動くのが可愛い。
 どうしよう、触りたい。
 触ってもふもふしたい。
 そんなことばかり考えているから、眠れない。
 ああいつか。
 尻尾とか耳とかお腹とか、触りたい。ぐりぐりもしゃもしゃ弄り倒したい。かぷかぷ噛んでみたい。気持ちいいに違いない。
 特にお日さまの下でひなたぼっこした後とか。
 あったまって、毛がふわっとなっているのを見てみると、なりふり構わず抱きつきたくなってしまう。
 それに彼は奇麗好きだから、よほどのことがなければいつも白い毛の手入れはばっちりだ。
 まるで触ってくれとでも言っているような……。
 彼が夜警の時は、もう1人の巫女もいないので、一人きりの彼を堪能できる。
 警戒中の彼の耳とか尻尾が微妙に緊張しているところを見るのも楽しいのだ。
 物音がして、ぴくっと動いたりすると、可愛いーと叫びたくなる。
「アイ殿?」
 は、いけない。つい妄想に走ってしまった。
 涎が出ていないよね、私。
「大丈夫か。やはり無理をしているのではないか」
 心配そうな彼の手が伸びて、私の頭に触れた。
「だ、大丈夫です!」
 やばい、声が裏返ってしまった。だって、彼は滅多に私には触れない。
 あの子には、よく触れているけれど、私がちょっとでも近づくと、さりげなくかわされるし。
 時々、私の邪な心がばれているんじゃないかと、不安になるくらいだ。
 あるいは、夜こっそり薄目で彼を見ていることとか。
「辛いことがあったら、私に話して欲しいのだ。これでも一応巫女を守る騎士なのだから」
 あなたが布団代わりになってくれればよく眠れます。
 そう言えればどれだけいいか。
 しかし、口にしたら最後、それでなくとも一線引かれている状態なのに、さらに距離を置かれる気がする。
 でも、やっぱりこの体に抱きついて、もふもふしたい!
 ……言わないけどね。
「本当に大丈夫です。心配してくださってありがとうございます」
 とりあえず優等生の返事を返すと、彼はまだ何か言いたげではあったけれど、それ以上強く聞いてくることはなかった。
 悩みがあるのならば、いつでも相談してほしいと告げることは忘れなかったけれど。


 彼が馬車から降りて完全に見えなくなるまで見送ってから、私は溜息をついた。
 いつかあの体に思う存分触れる日が来ればいいのに。
 たぶん、そんな日が来なければ、私はずっと眠れないのだ。
 だから、私は諦めない。
 いつか絶対彼をこっちに振り向かせてみせる!
 誓いを胸に、私は拳を握り締めた。

Novel | 目次(番号順) | 目次(シリーズ別)
Copyright (c) 2011 Ayumi All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-