365のお題

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  058 記念日  

「不思議な気分です」
 ナホがそう呟いたのは、町の中のあちこちに貼られたポスターを見ていたときだった。
 ポスターの中には、少し頬が垂れてきている中年の男性が満面の笑みを浮かべて収まっている。
 髪はきっちり後ろになでつけられ、胸にはたくさんの勲章。
 この国の国王陛下―――ナガレだ。
 本日は、国王陛下の47回目の生誕記念日。
 休日だし、お祭りだし、町を歩く人もどこか浮かれている。
 ナホは、この日に行われるデパートの記念セールが目当てで買い物に出たわけだけれど、頼んでもいないのに、それに何故かカズイがくっついてきている。
「今日のような日は、少々柄の悪い者もうろつきますからね」
 そうもっともらしく言うけれど、生まれてこの方、柄の悪い人に絡まれたことはない。
 少し心配しすぎなのではないかと思うが、敢えてなにも言わなかったのは、口では絶対に勝てないと、最近学習したからだ。
 妥協して、カズイの同行を許したわけだが、できれば、彼にも『年相応』の服装で一緒に歩いてほしかったと思う。それしか持っていないのかと突っ込みたくなるくらい、今日もいつものように、頭から足の先まで、見事なほどに黒い。
 暑くないのだろうかと、何度か横目で確かめてみたが、汗ひとつかいていなかった。
 騎士がすごいのか、それともカズイが変なのか。
 確かめるわけにはいかず、ナホはそのことを一旦頭の中から追い出すことにする。
「似てませんよねえ、わたしとは」
 特定の名前を出して人に聞かれると困るので、ぼかして呟くが、カズイにはわかったのだろう。
 そうですねと、めずらしくあっさりと同意してきた。
「今でも、嘘なんじゃないかと思うことがあります」
 母親には、似ていると思う。
 二人で並んで歩いていても、ほとんどの人が親子だとそう言った。
 だが、ポスターの中で微笑んでいる人はどうだろう。客観的に見るのは難しいが、親子だと言っても、首を傾げられるような気はする。
「一度もあったことないですし―――そういえば、兄弟もたくさんいるってことになるんですよね」
「ええ、ナホ様を含めて、12人でしたでしょうか」
 王室の人間は、行事のたびに新聞やマスコミが取り上げるから、ナホも顔と名前くらいは知っている。
「半分は同じ血が入っているはずなのに、やっぱり誰とも似ていませんね」
 1人の兄と、10人の弟妹たちは、それぞれの母親似だったり、父親そっくりだったりと様々だが、並んで立っていると、なんとなく皆が同じ雰囲気を持っていることに気が付く。
 上品で優雅で、気品がある。
 育って来た環境のせいなのかもしれないが、やはり王族らしい威厳のようなものがあるのだ。
 そのせいか、ナガレから真実を聞いても、血が繋がっているという実感は全然わかなかった。
「ナホ様は」
 同じようにポスターを見ていたナガレが、ふいに視線をこちらに向け、無表情なまま口を開く。
「ナホ様は、王女として生きたいと思いますか?」
「王女、ですか?」
 もし母が側室のままだったら、ナホもそう呼ばれていたのか。
 笑顔を振りまいて、外交に関わって、国の代表として扱われる。一歩外に出れば、常に誰かが傍にいて、何をしても注目される。
 いろいろ責任も発生するだろう。
 どちらかといえば小心者のナホは、各国の要人が目の前にいるというだけで、ひっくり返りそうだ。
 それに、元々頭も良いほうではない。
 王族の人達は、少なくとも公用語以外に、幾つか主だった言葉をしゃべれるというし、物覚えの悪い自分が、同じように出来るとは思えない。
「生まれた時から、庶民だったんですよ。いまさらあそこへ行っても、三日で泣きながら家出しそうです。まあ、最初から、あそこにいたら少しはましだったかもしれないけど、結局、私はここにいるわけですし」
 お人好しの母と、お人好しの町の人に囲まれて、どこにでもいる普通の子供として育った。
 それはいまさら変えられないし、変えたくもない。
「そうですね。俺も、あまりお勧めしません。あそこは、魑魅魍魎の世界ですからね」
 前にも、カズイは王宮は恐ろしいところだと言っていた。
 旗から見ていれば、皆仲良く暮らしているようにしか見えないのだが、確かに1人の国王にたくさんの側室、母親の違う子供たちが一緒に暮らしていれば、いろいろな問題も起こるのだろう。加えて、勢力争いというものも存在する。
 カズイみたいな得体の知れない人もたくさんいるかもしれない。
 やっぱり、普通の娘でよかった。
 責任逃れかもしれないが、心底そう思う。
「考えてみれば、カズイさんも、その魑魅魍魎の中で生きてきたんですよね」
「俺も、魑魅魍魎の1人ですから」
 あ、確かに。
 思わず納得したように頷いて、慌てた。
 絶対、カズイは怒る。
 そう思ったのに。
「ナホ様。そう言う場合は、否定してくださらないと」
 カズイが、笑っていた。
 とてもわかりにくいが、いつもの嫌味っぽい笑顔ではない。なんていうか、こう、仕方のない家族でも見るような笑みだ。
 思いがけないものを見た気がした。
 彼にもこんな表情が出来るのだという気持ちと、ちょっと不気味という気持ちがごちゃ混ぜになって、釣られたようにナホも笑う。
「わかりました。今度はそうします」
「ええ、お願いします」
 生真面目に答えるカズイの目は、やはりいつもと違って、少し優しいものだった。


 ある意味、これも記念日だ。
 そんなことを、ナホはこっそり考えていた。

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