それがないと眠れないのだと、彼女は言った。
白い、白い、いびつな形をした塊。
はっきりと間近で見たわけではないけれど、それは小指の先ほどの大きさで、鎖がついていて、胸に下げられるようになっている。普段は服に隠されて見えないけれど、常に身につけているらしい。
一度だけ、それが何なのか尋ねたことがあったけれど、曖昧な笑みを浮かべた彼女は、ただ私の宝物と言っただけだった。
誰かにもらったものかもしれないと思ったのは、その言葉と彼女の何かを恋い焦がれているかのような眼差しのせいだ。
恋人、と真っ先に浮かぶ。
もしかすると、彼女には恋人がいるのかもしれない、と。
けれども、まるでそれを見透かしたように彼女は私の目をのぞき込み笑った。
「恋人じゃない。そんな甘いものじゃないの。そうだったら、どれほどよかったかもしれないけれど。きっと【あれ】は私を憎んでいる」
相手は人間のはずだ。
だが、【あれ】と言った時の彼女の言葉には、なにか憎しみのようなものさえ感じられた。そもそも人に対して【あれ】なんて曖昧な言い方をする子ではなかった気がする。ちゃんと名前で呼ぶか、あるいはあの人とか、彼とか、彼女とか。嫌いな相手でさえ、そうだったはずなのに。
そう思って、見つめた彼女は、どこか歪な笑みを、顔に張り付けたかのように浮かべていた。
彼女が変わってしまったのは、いったいいつだったのだろう。
いくら思い返しても、そのあたりの記憶が曖昧だった。
ただ、変わったという印象だけはある。
前は、よく笑う娘だった。
成績だって悪くなかったし、気さくな性格で、クラス内でも常に友達に囲まれていた。幼なじみで、つきあいの長い私だって、そんな彼女しか知らない。
親友と呼べるほど仲良くはなかったけれど、普通に遊んだり、互いの家に行き来するくらいには仲がよかったはずなのだ。
その彼女が、気が付けば無口になっていた。
ぼんやりしていることも多い。
茶色に染めていたはずの髪も、いつのまにか黒くなり、少しだけ毛先が痛んでいる。あれほど、おしゃれにも気を遣っていたのに。
遊びに行こうと友人たちが誘っても、断ることの方が多い。
それなのに。
それと比例するかのように、私と一緒にいることが多くなった。こちらから近寄っていくわけではないのに、気が付けば彼女が側にいる。
普通なら、前より仲良くなったと思うのだろうが、特に二人でいて話が弾むわけではないのだ。
ただ彼女はそこにいるだけで、私と話をする気はないようにも思える。
一応、こちらが話しかければ反応はあるが、会話がかみ合わない。
だから、思うのは、こんな子じゃなかった、何かが違うということだけだ。一度は、距離をおこうと考えたのもそのせい。
でも、うまくいかなかった。
どれほど離れようとしても、無視しても彼女は私から離れない。
まるで、執着。
けれども、私が強く一人でいたいというと、曖昧な笑みを浮かべ側を離れる。しばらくすればまた現れるけれど、嫌がれば無理強いはしない。
だからこそ、わからないのだ。
彼女が何をしたいのか。
何のために私の側を離れないのか。
「いつか、あなたが私から奪うのよ」
理由を尋ねた私に対して笑う彼女はきれいで、けれども怖い。
「だから、奪われないように、あなたを見張っているの」
誰から、誰を奪うというのだろう。
わからない。
わからないから、怖い。
「あなたなんか、ただの守られるだけの女でいればいいのよ」
「意味がわからない」
もう何度も繰り返した言葉を、今日も口にする。
あなたは、何に捕らわれ、何を欲しているの。
そう尋ねたいのに、尋ねることもできず、今日も私は彼女と共にある。
「いつか、わかる。そのとき、あなたも私みたいに絶望すればいい」
そんな確信めいた彼女の言葉は、私を不安にするばかりだ。
彼女のいういつかという未来など、こなければいいのに。
そう願う私も、いつのまにか、彼女に捕らわれてしまったのかもしれない。
そうして、まるですがりつくように――それが無ければ生きてはいけないような顔をして、彼女が白いいびつな塊を握りしめるのを、今日も私は落ち着かない気持ちで眺めている。