365のお題

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  062 誰にも言えない  

 私には誰にも言えない秘密がある。
 それは、私がこの世界で生まれた人間ではないということ。
 10歳の時、この世界にやってきて、かれこれ8年。
 ただ学校のトイレの扉をを開けただけだというのに、気がつけば草原に立っていた。
 手を洗わないと怒られる、なんて馬鹿なことを考えたのは、かなりパニックになっていたんだろうと思う。
 実際、その後、神殿が経営する孤児院の人に保護されて、まるっきり日本人にしか見えないのに、言葉も通じず妙な格好をした大人に囲まれて泣きわめいたのだから。
 何日も何日も泣き叫んで、結局、お父さんもお母さんも学校の先生も助けに来てくれないということを理解し、いろいろ諦めた――らしい。その辺り、あまり覚えていないのは、自分の頭がいっぱいいっぱいで、周りの状況を処理しきれなかったせいなのではないかと思っている。
 とにかく、私は、保護された孤児院で生きていくことになった。


 私が、自分の素性を言えないのには、理由がある。
 私が特別だからとか、めずらしいとかではない。最初は言葉も通じなくて、うまく話せなかったというのが理由でもない。
 生活するのに、特に問題はなかった。
 私は、一般市民同様、魔法は使えないし、腕力も人並み程度。容姿も似通っているので、一緒にいても違和感はないのだ。
 唯一の問題である言葉はなんとか覚えた。いまだになまっているとか言われるけれど、気にしていたら生活できないし。
 それに、私が拾われた辺りは難民も多く、他国から流れてきて親とはぐれたり死別したものもたくさんいるという。たぶん、私もその一人だと思われたんだろう。
 同じくらいの年の、ばらばらな言葉をしゃべる子たちと一緒に生活し、この国の言葉を習わされた。
 その課程で、この世界には異世界からやってくる人間もいると知った。
 で、その人たちが神様の加護を受けた巫女であるということも。
 最初は、それが私に当てはまるのか、もしかするとある日突然素性を暴かれて連れていかれるのではないかと怯えていたけれど、すぐにそれはないとわかった。
 尊い巫女様というのは、こちらでは見かけない珍しい髪色をしているからだ。
 勉強を教えてくれた神官様が言う巫女様の特徴は、桃色の髪に、桃色の瞳。
 かすかに覚えている大好きだった魔女っこアニメにピンクの髪の子はいたけれど、あれは想像上のもの。現実にいるとは思えない。
 でも、実際に、この国に数百年に一度やってくると言われている巫女様全てが、そんな容姿らしい。だから、私の世界ともこの世界とも違う世界には、見たこともない容姿の人間がいるってことなのだろう。
 ひょっとすると、水色の髪とかもありかもしれない。そもそも、この世界の人たちと同じ構造をしているかどうかも、わからないのだ。私だって、見た目は同じだけど、中身が違うかもしれない。子供の頃の記憶しかないから、はっきりしないけれど、ここは、私がいたところよりも医療は進んでいないようだから、お腹を開かない限り、中身なんてわからないし。
 そういえば、昔、風邪みたいなものが流行った時、他のみんなはちょっと寝込むだけで済んだのに、私だけ死にかかって大変な目にあったんだよね。おまけに、もらった薬が、効くことは効いたけれど、ひどくお腹を下して余計に苦しくなった。
 それ以降、私はちょっとした病気で、寝込むことが多くなる。
 孤児院の人たちは、私の身体が弱いからだと思っているけれど、なんとなく元々の住む世界が違っていたというのが理由にも思う。食べ物も、見たことないものばかりだし、魚もそう。生なものは絶対にこちらの人は食べないけれど、火を通したものでも、私だけお腹が時々痛くなるし。
 トイレだって、お風呂だって、随分違っている。
 慣れたとはいえ、たまに使い方に悩むものもあった。
 それでも、子供だったことが幸いしたのか、自身の適応能力が思ったよりもよかったのか、いつのまにか私はここで生活することを当たり前と思うようになっていった。
 ただ、なるべく自分のことを話さないようにしているのは、巫女ではなくとも異世界人ということで、この生活を壊したくないからだ。
 よくも悪くも、この世界で異世界人というのは、特別で神聖なものなのだから。


 そうして目立たずおとなしく生きてきた現在の私は、神殿付属の孤児院から、神殿の下働きへと変わっている。
 神殿に雇われる平民は珍しいが、それは私が優秀だったからではない。
 いろんな偶然が重なったからだ。
 たまたま、結婚してやめた女性がいて、空きが出来たこと。
 病気に弱い(と思われていた)ため、孤児院の院長が、人が多くて病気がよく流行る都市では私は雇ってもらえないと思っていたこと。
 でも、一番の理由は、私が無口だったからである。
 いまだに時々日本語が出てくるため、普段の私はあまりしゃべらない。うっかり変な言葉が出てこないように、孤児院でも積極的に仕事の手伝いをして、余計なことを話し掛けられないように忙しくしていた。
 そのおかげで、真面目で働き物だと思われていたらしい。
 神殿の仕事は、制約が多い。
 下働きに対して神官と同じように暮らせとは言われないが、派手な格好や装飾品を身につけるのは好まれないし、休みだからといって羽目を外して、お酒を飲んだり遊びまくったりというのも嫌がられる。
おまけに、町の中心部からはかなり離れていて、ちょっと遊びに出かけるというのも中々できない。
 だから若い娘は長続きしないとよく聞く。
 他にも、しゃべりすぎるのも困るらしい。
 私は、孤児院以外に帰るところはないし、無口で働きもの。
 神殿が望む条件にあっているというわけで、院長推薦のもと、めでたく神殿勤めが叶ったのだ。


 とはいっても、下働きの仕事自体は、地味なものだ。
 高位神官に直接仕えて身の回りの世話をするのは、神官見習いの方々。
 裏にある畑や厨房などでは、修行という名目で見習いの人たちがするので、私たち下働きは、そういった人たちがしないような仕事――たとえば、神殿全体の掃除や片付け、厨房の細々した手伝い、買い出しや神殿に訪れる巡礼者の方のお世話ということになる。
 なんでも出来なければいけないけれど、頑張ればやれないこともないという仕事内容だ。
 孤児院の手伝いと違ってお給料ももらえるしね。
 それに、今の時代は、巫女様がいないから、比較的神殿は落ち着いているのだという。
 巫女様が現れると、一定の期間で大陸中の神殿を回り、祝福を振りまく。
 つまり、この神殿にもどのくらいの頻度かはわからないけれど、巫女様が訪れるということになる。その時は、近隣中から人が集まって、神殿も一日中開放され、それはもう大騒ぎになるのだという。
 過去の文献には、あまりの人の多さに怪我人まで出たとある。
 考えただけで身震いするけれど、そう頻繁に巫女様が現れるわけではない。
 現れても、下働きの人間が直接巫女様に会うこともないだろう。
 そう思って、私は楽観視していた。
 そんな時である。
 巫女様現る!という話を耳にしたのは。


 そして、噂――といっても、前いた世界みたいにテレビやラジオなんていうものはないから、こちらに伝わったこと自体、巫女様登場からかなり立っていたらしいけれど――が落ち着いた頃。
 巫女様はここにやってきた。
 この神殿と、周りの街や村に祝福を与えるために。
 もちろん、巫女様来訪のお触れがあった時点で、あたりは大騒ぎである。普段はひっそりとしている神殿への唯一の道は人であふれ、まだ巫女様が来ていないというのに、神殿に礼拝に来る人が途切れない。
 人手が足りなくて、孤児院の子供たちまでかり出される始末である。
 けれども、仕方のないことかもしれない。巫女様が祈ると世界が安定するって、そんな話だし。実際、巫女様が現れてから、天候が激しく崩れたり、大きな災害も起こっていない。
 で、そんな騒ぎの中、巫女様はやってきた。
 が、当然のごとく、下働きの人間は近くで見ることはできない。
 群衆よりはましだけれど、かなり端っこの方から、たくさんの神官様越しに見るだけだ。
 それでも、遠くからでも、ピンクの髪をしたあり得ないぐらい足の長い美少女だというのはわかる。なんとなく昔見た魔女っ子に似ている気がしないでもないけれど、それは髪のせいだということにしておこう。
 彼女は出迎えてくれた神官たちに微笑むと口を開く。
 そして、その口から出た声は――。


 あれ、なんでだろう。
 私には『ピーヒョロヒョロリン』としか聞こえない。
 みんなにはわかっているんだろうか。
「すごいな」
 と、私の隣に立つ同僚は、目を輝かせて言う。ということは、きっと彼には彼女の言葉がわかっているのだろう。
「まさか生きているうちに、巫女様を見ることが出来るなんて」
「よかったですよね」
 気のない返事をしたのは、自分の時とは全然違うと思ったからだ。
 同じように異世界からやってきたというのに、待遇が違う。
 そして、とてつもなく美少女だから、周りの視線も輝いている。もっとも、だからといって、羨ましいとは思わない。巫女イコール幸せなことなのかは、私にはわからないからだ。
「ああ、本当によかった。出来れば、もう少し近くで見たかったなあ。それに、なんて慈悲深いお言葉だ。異なる世界から来て苦労されているだろうに」
 なんだか、同僚が涙ぐんでいる。
 でも。
 相変わらず、巫女様の言葉は機械音のようにしか聞こえない。
 内容もさっぱりわからない。
 そこで、私はふと気がついた。
 もしかすると、巫女様の言葉はなんらかの方法で、この世界の人には意味がわかるようになっているのではないだろうか。
 だとすれば。
 異世界人である私には、それが働いていないのでは? とはいっても、誰かに聞くわけにもいかない。
 もしそうならば、きっと、私は一生そうなのだろう。
 それが、私がこの世界の人間でないという証拠ならば、やはり黙っていた方がいい。
 幸い、私は滅多に巫女様の近くに行くことはない。近づかなければ、言葉がわかっていないこともばれないだろう。
 どうせ、しばらくするといなくなるのだ。
 でも、油断は禁物だ。今は適当にごまかしているが、さすがに儀式の時に何を話しているかまったく理解できていないとなれば、いつかぼろが出るかもしれない。
 だから。
 私は、無口でおとなしいどこにでもいる人間でいい。
 不幸ではなく、でも幸せでもなく。
 この国の大多数と同じであることを願いながら、今日も私は生きていく。

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