365のお題

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  067 曇り空  

 空が鈍色をした分厚い雲に覆われている。
 そのせいで、雲の向こうにあるはずの太陽は、全然見えない。
 目の前に広がるのも、かつて美しかった平原ではなく、ごつごつとした岩肌で覆われた地面だ。
 少しばかり濡れているのは、今朝方に降った雨のせいかもしれない。乾いている時は砂埃を立てるだけで歩くのに不自由はしないけれど、湿ってしまうと滑りやすくなる。
 頑丈で滑り止めのついたブーツでも、うっかりしていれば足下が不安定になるのだ。
 すでに数回滑って転んだ私のズボンにも上着にも、細かなほころびが出来ている。髪だって編んだままごわごわになっているし、唯一露出している顔は汚れで触るとがさがさしていた。お風呂、もうしばらく入っていないしね。
 これが、つい数ヶ月前には、普通に学校に通って、普通に生活していた学生だったのかと思うと、本当、人生ってわからない。
「なんで、こんなことになっちゃたのかなあ」
 どこか禍々しい空を見上げながら、私はため息をついたのだった。


 最初のきっかけは、些細なことだった。
 通っていた学校――これは、費用が安いのと、国からの援助があるため、平民からそこそこ裕福な家庭、たまに貧乏な名ばかり貴族が通うところだ――に、えらい人がやってきたことからだったと思う。
 全校生徒が集められ、壇上に上がったえらい人が、何事が起こったのかと見上げる学生たちに、重々しい口調で説明を始めたときも、さほど深く考えているものは誰もいなかった。
 長ったらしく回りくどい話はわかりにくかったし、時々ぼかす言葉が、さらに理解するのを難しくさせていたのである。
 私よりもずっと頭のいいクラスメートの一人が、ざっくりと要約してくれなかったら、わからないままだっただろう。
「要するにね。魔王が復活したので、勇者選定の儀を始めることになった。この学校の生徒は全員適正があるかどうかの試験を受けるように、だって」
「勇者?」
 私が問い返すと、クラスメートは大げさなほどに肩を竦めてみせた。
「定期的に魔王って復活するじゃない。今回は、うちらが住む大陸の端っこらしいよ。ほら、あの観光で有名なフルレ村の辺」
 どこまでも広がる平原が有名な、あの村か。のどかで宿も低価格で、庶民の憩いの旅行先だったんだけど。魔王が復活したなら、もう面影など残っていないだろう。
「で、それはわかったんだけど、どうしてこの学校? ここって、生活していくのに必要なことを学ぶためのもので、剣や魔法なんて習う人いないよね」
「さあ? えらい人の都合なんじゃないの?」
 クラスメートは投げやりだった。彼女は元々面倒事は嫌いなのだ。それほど生徒数は多くないとはいえ、選定の儀式は時間がかかる。その間、授業はなくても学校には来なければならないし、万が一選ばれてしまったら、拒否権など絶対にない。
 早くこの学校で取れる資格を手にし、一人立ちしたいクラスメートとしては、魔王が現れたことも勉強が滞ることも等しくわずらわしいことなんだろう。
 いつもながらその徹底した姿勢はすごいと思う。人生と周りに冷めているにも、限度があるとも思う。私にだって、それなりに親しくしてくれているけれど、名前では決して呼ばないし。いつも名字にさん付けで、一線引かれているのはわかる。それは私だけじゃないんだけど、それでもこうやって話す機会が多いのは、最初の時に偶然隣同士の席になったからだったっけ。
「この国には、騎士も魔法使いも軍人もいるのにね」
 学生に任せるなんて、いろいろダメだろう。しかも、ここにいる人たちのほとんどが、戦ったこともない人ばかりなのだ。
「ああ、そういえば、下っ端軍人は受けさせられるみたいだよ。ほとんどが地方出身の平民だからね」
 そうえいば、騎士や魔法使いには、貴族や裕福な家出身が多いんだっけ。
「使い捨て?」
 なんて思ったことを言ってみたら、「さあね」と返された。けれど、その目はしっかりと肯定している。
 どちらにしても、選ばれないように祈るしかないんだろう。
 その時の私は、そんなふうに人ごとのように考えていたのだ。


 結論から言えば、私は選ばれなかった。
 儀式は、国の機関が持ってきたメーターみたいなヘンテコな機械に両手で触って、1分くらい待つっていうのを何回もやらされるんだけど、私は全然反応しなかったのだ。
 噂によると、少しでも反応すると、今度はさらに別の機械で詳しく調べられ、最終的には国の機関で、精密な審査をされる。
 そこで、勇者としての力を認められると、正式に国から勇者認定され、否応なく魔王と対峙させられるのだ。
 もっとも《魔王》や《勇者》という呼ばれ方は、便宜上の呼び名みたいなもので、《魔王》は、具体的な人を指すわけじゃない。
 《魔王》とは、滞って煮詰まって溜まってしまった瘴気が魔に変化した状態でおこる厄災のことを言うのだ。遙か昔はその原理がわかっていなくて、実際に魔王がそれを起こしていると信じられていたため、その呼び名が名残として残った。
 《魔王》が現れると、土地に植物が育たなくなったり、魔物が活性化したり、天候が不安定になったり、魔に触れた人間が病気になったりということが起こる。放っておくと、それはどんどん広がって、遠い昔の文献では、国一つ滅びたという記述があるくらいだ。
 そしてそんな《魔王》を浄化する《勇者》に必要なのは、おこった厄災とは正反対の性質を持つこと。
 例えば、火に属するものなら水、というふうに、それを打ち消す力を持ったものがその地に赴き、その力を持って滞った《魔王》の力を拡散させ浄化する。
 長い間行われた研究により、浄化の方法は確立されているから、昔のように命がけで浄化する必要はなくなった。資質に関係なく《勇者》としてその地に赴いた者が浄化に失敗し、死んてしまうということも今ではもうない。
 化学技術の発展も、《魔王》浄化に一役買っている。
 今の技術では。《魔王》そのものを浄化することは難しいが、その補助は可能なのだ。《魔王》は無理でも、それによって活性化した魔物を倒す銃や剣を作ったり、魔に怯えて《魔王》がいる地に近づけない馬などに代わり、車やバイクを使うようになった。これならば、魔に影響されず、進むこともできる。
 だから、《勇者》が《魔王》を浄化することは昔ほど大変ではなくなった。
 ならば、何故、えらい方々は自分の血縁者を、《勇者》にしたくないのか。
 実は、《魔王》のところに行くまでの過程が過酷なのだ。
 《魔王》が発生した場所は、当然魔に侵されているから、人は普通に進むことは難しい。いくら機械の助けがあったとしても、わき出てくる瘴気や魔の気配に、人間は長く耐えられない。なるべく早く、《魔王》の元にたどり着かなければ、待っているのは死だ。
 昔に比べれば、ずっと早くたどり着くことが出来るようになったのだが、それでも、《魔王》を倒すよりも前に、命を落とす可能性の方が高い。おまけに、活性化した魔物とも戦わなければならないのだ。このあたりは、機械に頼るだけではだめで、戦う力も必要だから、資質があっても力がなくて、やはり命を落とすものもいる。
 《勇者》に選ばれた人は、大抵一般の人だから、戦えるわけもなく、それを守るために腕の立つ護衛とやらがたくさんついていくのだが、結局彼らも命がけ、自分を守るためには、なるべく素早く《魔王》のところへ行く必要があるのだけれど。
「もうすぐ、《魔王》のところか」
 そう呟いた声に、私は肩を竦めた。
 そうなのだ。今、私は勇者に選ばれなかったにもかかわらず、《魔王》浄化の勇者一行として共にいる。
 魔法の力も、剣を扱う腕もないというのに、だ。
「うん、もうすぐ」
 返事をしたのは、緊張した女性の声。
 私をこの一行にひっぱりこんだ相手だ。
「私、頑張るから」
 女性が、最初に声を発した男を見上げ、決意に満ちた表情を浮かべていた。男の方も、しっかりちゃっかり女性の肩を抱き、「俺が最後まで君を守る」とか言っちゃってる。
 熱いを通り越して、面倒だ。
「なりきってるよね」
 ぽつりと囁くような声が私の耳元でする。
 振り返ると、そこには見慣れた顔――我がクラスメートにして、今回同じように巻きこまれたシイナさんがいたのだった。


 そもそもシイナさんの言い分としては、この勇者一行からして、茶番だと言う。
 《勇者》を中心に、《剣士》の男、《賢者》のシイナさん、そして《錬金術師》の私。他にも、今は出払っているけれど、《王子》だの《騎士》だの《魔法使い》だのもいたはずだ。
 ただ、シイナさんが茶番だと言うのには、ちゃんと理由がある。
 実は、ここにいるメンバー、《勇者》以外は偽物だ。
 ちゃんと国によって《勇者》認定されたのは、チカという女の子一人。私達が通う学校の後輩にあたる、ごく普通の家庭に育ち、将来のことを考えた両親が学校に入れ、普通に生活していた女の子だ。
 それが、今回の件で、運悪く《勇者》認定されてしまったために、彼女は拒否することも出来ずに《魔王》の元へと旅立つことになった――ここまでは、今までの《勇者》と同じである。
 可哀想だけれど、選ばれてしまったものは仕方ない、出来るだけ強い人たちを揃え、《魔王》を浄化させて、無事戻ってくるように頑張るしかない。
 と、人ごとのように思っていた私は、その後、衝撃的な事実に直面することになる。
 何故かその3日後、私は《勇者》の従者として選ばれてしまったのだ。


 《勇者》としての、彼女の力は妄想力。
 うん、冗談とかふざけているわけではない。
 彼女はその妄想の力によって、無敵の力を手にするのだ。ただし、それは他人に関してのみ。自分自身は、それほど強くはない。
 拒否権なく従者とされた私が聞いた説明では、チカの能力は他者の意識に干渉して、潜在能力を高める系のものだというけれど、それが相手の資質に関わらず発動する理由は、高名な魔法使いや学者様でもわからないらしい。好き嫌いにも関係するらしく、苦手な相手などはいくら妄想しても、変わらなかった。
 そんなわけで、彼女の思い描く世界と愛称がよく、好みに合いそうな人が選ばれ――その中にシイナさんと私がいただけの話。
 確かに、まったく何の力もないはずの私たちは、チカの妄想力で、戦うことができる。
 彼女が私を《お姫様》だと思い描けば、私を見た人は気品を感じ、《学者》だと理知的見られる。なんだか、頭もよくなった感じで、自分自身が驚くような知識を披露したりする。とはいっても、それは私自身の力ではないので、別の存在に変われば、反対に頭が悪くなったりするから、自分としてはあまり嬉しくはない。
 それでも、旅だった時はぎくしゃくしていた私たちも、いつのまにか、《勇者》の妄想につきあえるほどに、仲良くなっている。恥ずかしかった気持ちも、自分の身を守るためには仕方ないと思えるようになったし、なんだか妙に楽しそうな《勇者》に感化されてきたせいもあった。
 こんなこと楽しむようになったらおしまいだよと愚痴っていたシイナさんも、気がつけば、私のことも、仲間たちのことも名前で呼ぶようになっていた。
 嫌々いいながら、しっかり馴染んでいる。
 そして、気がつけば、歴代勇者の中、最短で《魔王》の元にたどり着いたのだ。


 まあ、いいかとも思う。
 かつて、この場所は、緑美しい草原だった。
 空にはいつだって輝くばかりの太陽があったし、夜には星空が美しく、月には手が届きそうなほど近かった。
 全部なくなってしまったこの場所が、いつか元に戻るならば、そのための努力をするのは嫌じゃない。
 何年かかったとしても、浄化されてしまえば、美しい場所に戻るのは、今までの例からもわかっている。
 ただ、それも全て《魔王》が浄化されてからの話だ。
 この暗く淀んだ雲の向こうにあるはずの太陽が、ちゃんとこの地に降り注ぐところを見るまでは、決して死ねない。
「まあ、なるようにしかないんじゃないの?」
 そう言って隣で面倒そうに言うクラスメート――シイナさんは、持っていた水筒を私に渡した。
 受け取ってみると、中身は私の好きなオレンジ味だ。こんなことまで把握するようになった、シイナさんは、学校にいた頃とは別人だ。
「私とあなた――ううん、ここにいるメンバー全員、悪運だけはいいらしいから」
 きっと生き延びられるよ、と笑った。
「そうだね、きっと大丈夫」
 馬鹿で、お人好しで、妄想全開の変な人だけど、私は《勇者》を信じてる。
 一緒に太陽を取り戻そうと真顔で言ってくれた彼女についていくと、決めたのは私なのだ。
「もう一頑張りしますか」
 誰にともなくそう言って、私は歩きだした。
 目指す《魔王》は、すぐそこだ――。

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