悲しくなくても、涙は出る。
嬉しくなくても、涙は出る。
今の私がそれだ。
感情の起伏など一切ないけれど、とりあえず、私は泣いていた。しかも、鼻水も一緒だ。
「ご、ごれは、びどいです」
口だけは辛うじて布で押さえたまま、私はなんとか言葉を発した。けれど、布越しな上に、最初にこの部屋に入ってきた時無防備に空気を吸ってしまったために、声はがらがらで、聞き取りにくいはずだ。
だが、私の隣に立つ上司は、顔色ひとつ変えることなく、私の言葉を正しく聞き取ったらしい。
「どうやら、新種の植物のようだな。確かにひどい匂いだ」
そう言いながらも、上司は泣いてもいなければ、くしゃみも出ていない。声だって、いつもどおりの、美声だ。
おかしい。
同じようにこの部屋に入ってきたのに、どうして彼は大丈夫なんだ。
これは、鍛え方が云々とは絶対違うと思う。体質? 体質なの?
「とりあえず、ここにあるものは全て処分してよいそうだ」
「はあ」
つい気のない返事を返してしまった。だって、涙が止まらないんだもの。
「危険物が発見された場合は、速やかに警察機構に通報するようにということだが……聞いているのか、タカミくん」
「ぎ、ぎいていばす」
上司の言葉の途中で盛大なくしゃみを2回もしたからだろうか。そっと見上げると、いつもの無表情な顔の中、目だけがこちらを咎めるように輝いている。
……怖い。
「とりあえず、窓を開けよう。いつまでもそんなだと、仕事にならない」
そういうと、彼は長い足を優雅に動かし、落ちているごみや荷物がないかのように窓まで近づくと、無造作にそれを開けた。
わずかな風が室内に吹き込み、匂いが軽減される。
涙は止まらないが、鼻の方がそれで少し楽になる。助かった。
そもそも、マスクが出来れば問題はないんだけど、仕事柄、つけられないからなあ。
「では、タカミくん。何かおかしな"匂い"を感じたら、すぐに報告するように」
我が上司はそれだけ言うと、自分はさっさと奥の部屋へと消えていった。
上司の姿が完全に視界から消えると、私は、彼とは反対方向にあるドアを開いた。
湿った空気が外にあふれ出し、様々な匂いが充満している。
「うへぇ」
妙な声を出してしまったのは、そのあまりにも強烈な匂いに、吐きそうになったからだ。涙だって、さきほどよりもひどくなっている。
鼻は……なんとか大丈夫みたいだけど。
この部屋、妙に暗い。窓はあったはずなんだけれど、私が開けたドア以外から光が入ってこないところを見ると、つぶしてあるのかもしれなかった。
自前に渡された室内の見取り図を思い出しながら、緑にあふれた部屋の中、証明のスイッチを探す。
ドア近くにあったそれはすぐに見つかって、明かりを灯すと、自分が想像していた以上に、中は植物だらけだった。
基本は緑色。けれども、所々に、棘のある葉っぱや、うねる橙色の蔓や、かすかに動いている紫色の花びらが見える。
「あー、違法植物ではないみたいだけど」
頭の中にリストされている星間取引が禁止されている植物と照らし会わせてみても、漂う匂いを嗅いでみても、該当するものはなさそうだった。
でも、もったいない。
違法ではないけれど、珍しい植物ばかりだ。売れば結構な値段になるだろうし、コレクションに加えたい人は欲しいと願う気がする。あれなんか売ると、私の給料の3倍はするんじゃないだろうか。あっちは、花を咲かせるのが難しく、咲けば高値が付くんだっけ。
それから……。
「だが、売るわけにはいかないだろう」
「ぎゃー!」
いつのまにか後ろにいた上司の声に、私は叫び声を上げた。
気配なかったー!
それに、どうして私の心の内がわかったんだろう。
「む、むこうの部屋の確認は済んだんですか」
微妙に視線を逸らしながら、私は上司の後ろを見る。いつも、上司は奥の部屋から、私は入口からと、示し合わさなくとも役割分担が決まっているけれど、彼がこんなに早く私を呼ぶとは思っていなかったのだ。
とすると、何か問題が起こったということだろう。
「……君に確認してもらいたいものが出てきたのだ。だから呼びに来た」
上司は私よりもキャリアは長いし、大抵のことは処理できる能力を持っている。その彼が私を呼ぶということは、やはり何かあったのだ。
「わかりました」
了承の返事をすると、私は上司とともに、奥の部屋へと向かったのだった。
私はこれでも、公務員だ。
この星の大陸の端っこにある小さな国の、さらに地方にある公共機関に所属している。
小さいながらも、一応星間船の発着港がある場所なので、それなりの人の出入りはあって、しかも、この国では、他では見られない珍しい植物が生えるものだから、それの輸出も盛んだ。
わざわざこの国に遠くから買い付けにいる好事家も多い。
品種改良も盛んで、変な特徴を付けたものから、美しさ、派手さ、とにかくありとあらゆる思いつく限りの特徴を持ったものが作られている。
とはいっても、国内だけならまだしも、それを国外、あるいは惑星外へ出すには、厳しい基準もある。品種改良のやりすぎで、よその惑星の生態系を壊すほどのものを作り出すことは、禁止されているのだ。
だが、悲しいことに、そういうやり過ぎ感満載の植物をどうしても欲しいっていう客もいるわけで、禁止されているにも関わらず、危険な植物を作り出す者も多い。
最近でも、大きな組織が一つ、摘発され大騒ぎになった。
有名人なんかも関わっていて、連日テレビのワイドショーやらニュース番組でも取り上げられているしね。
もちろん、事件自体はすでに収束に向かっていて、今テレビを賑わしているのは、すでに事件とは関係ない、有名人の私生活や過去のことなんかになってしまっているけれど。
とにかく、公には事件は終わって、あとは細々した捜査やら裁判やら、そういうのを待っている状態。
で、私の仕事はというと、捜査をするという警察機構などではなく、植物に関することだ。普段は、お役所の片隅で、自前に申請された植物を違法がどうか確かめたり、申請書類を処理したり、きちんと植物が適切に育てられているか、適正な値段が付けられているかを確認している。
ただ、違法な植物などがでてくると、その処分を任されるのもこの部署なのだ。
焼いたりしたら、毒物を排出するものもあるし、品種改良をやり過ぎて、食虫植物ならぬ食人植物になっていたなんてことも過去にはあったらしいからね。
その特色や性質が特殊すぎて、素人の手には負えない、ということで、私たち特殊な能力を持った専門家がこれにあたることになっているのだ。
それほど成績優秀でもなかった私が、この国でなるのは難しいと言われる公務員になったのも、これが理由なのである。
何百人に一人、という珍しくはないけれど、それなりに稀少な特殊能力を持って、私は生まれた。
それも、その点に関してだけはずば抜けて優秀という保証付きの。
"匂い"と呼ばれる植物から出される特殊な成分をかぎ分け、その性質や危険性を確かめたり、無力化したり出来る能力は、この土地で生まれた人間にしか出てこない。
どうしてそうなのか、というのは長い間研究されてきているみたいだけど、この星で育ったせいで遺伝子が変化したのではというのが、今のところ有力な話らしい。
聞いた理論が難しすぎて、私には理解できなかったけれど。
よその星なんかでは、地球起源の人類からかけ離れた変化をした種族もいるというから、宇宙的規模でみれば、そんなには珍しいことでもないみたいだけど。
で、私は特にその能力が強い。
大抵の植物ならば、ほぼ正確にその性質を見分けることができるのだ。だから、就職して数年、現場に出ることも多い。
そして、今日も違法な植物を育てていたというとあるマンションの一室に上司と共にやってきたわけなのだけど。
「う……。これは、なんですか」
扉の中を、上司の背中越しに覗いた私は、思わず声を上げていた。
なんだか、すごいものが部屋いっぱいに広がっている。
「に、人形ですか?」
つい、上司の上着を掴んでしまった。
部屋の中には、緑の蔓と葉っぱでいっぱいである。だけどそれだけじゃない。蔓の先に、人の形をした小さなものがいくつもぶらさがっているのだ。
そのどれもが枯れかかっているのか、先の方から茶色に変色しはじめているけれど、見た感じは小さな子供が持つ人形のような可愛らしい女の子の姿だ。
「……愛玩植物、でしょうか。結構違法っぽいですが」
でも、"匂い"は危険を感じさせない。
「ほとんどは枯れてしまっているようだが、まだ生きているものがいるな」
上司が冷静な声でそう言うと、ふいと手をのばして、その一つを手にした。
「う、動いているんですが!」
私に向かって上司がそれを突きだしたものだから、私はぎゃっと言って後ろに飛び退いた。蔓に繋がったままのそれは、緑色の体をうねうねとくねらせている。上司に掴まれたのが不快だとでもいいたげに。
「……生暖かいな」
それを見た上司は、まったく表情を動かさず、手の中でもぞもぞ動くそれをじっと見つめている。
怖すぎるんですけど。
無表情な厳つい上司と、可愛らしい人形型の植物。
に、似合わない!
もっと言えば、危ない人にも見える!
「私には無害に感じられるが、タカミくんはどう思う?」
しばらくじっとそれを見つめていた上司が、再び私にそれを突きだして尋ねてきた。
そう、これは仕事。
仕事なのだ。
だいたいこの上司が、仕事以外で可愛らしいものを愛でるなどありえない。
自分に言い聞かせながら、そっと人形に触れる。
……生暖かい。上司の表現は正しかったようだ。
意識を集中して、匂いや成分、特性を探る。
人にとって危険な要素はなさそうだ。これは蕾なのかな。まだ未成熟な感じがする。恐らく毒もないだろう。棘もなさそうだし、襲いかかってきそうにもない。
ただ、私もまったく見たことのない新種の植物のようだから、どんな要素が隠れているかは、まだわからない。
今は大丈夫でも、花開いたとたん、とんでもないものに変化する可能性だってあるんだから。
それで、数ヶ月前、品種改良をしていた人が、自分の植物に腕を食いちぎられたということがあって、大事になったのだから。
「私も、危険はないと思います。ただ、まったくの新しい品種のようですから、処分する前に詳しく調べるべきかと」
「うむ。私も同意見だな」
上司は頷くと、その植物から手を離した。
ぶらーんと、蔓の先にぶら下がったそれは揺れた。
揺れながら、もぞもぞと手らしき部分を動かしている。
「他にも何かないか確認してくれ」
「わかりました」
その後、ざっと部屋を調べたけれど、それ以上変な植物は出てこなかった。
上司とともに、焼却出来るもの、違法だけれど害はないもの、証拠品として提出すべきものがないかなどを最後確認し、後は事後処理だけだということになったんだけれど。
この人形っぽい植物を調べるのは、結局うちの部署なんだよなあと、ため息をついた。
まあ、科学的な分析など出来ない私には関係ないけれど……それが得意なのは、目の前にいるこの上司だしなあ。
人形と戯れる上司の姿を想像してしまい、一瞬だけ目眩がしてしまったことは、誰にも言わないでいた方がいいだろう。
必要なものを運ぶための手配をしながら、私はさきほどの植物を見つめている上司に生暖かい視線を送ったのだった。
「タカミさーん」
すぐ後ろで、私を呼ぶ声がする。
その情けない声音に、私は少しだけ眉をしかめたけれど、『はいはい』と言っただけで、振り向かない。
「なんとかしてください、タカミさん」
すがりつくような声だけど、私に言うのは間違っていると思う。
「無理です」
でも、一応無視するのは悪いと思って、明確な意思表示だけはしておく。
「でも、シジョウさんは、タカミさんのパートナーじゃないですか」
「違います」
たまたま、能力的なバランスがいいから、一緒に仕事しているだけであって、そこまで親しい仲でもない。
だいたい、部署内では、業務連絡くらいしか話もしないし。
「だったら、私たちは視界にさえ入らない雑魚ですよー」
なんだか泣き声のようになってきたから、仕方なく私は報告書の作成を途中で断念して、振り返った。
「私だって似たようなものですってば。だいたい、あの人が作業室に籠もったら、誰だってどうにもなりません。なんとかできるのは課長くらいじゃないの」
ある意味空気をまったく読まない課長だけが、強引に彼の作業を止めさせ、話を聞かせることができる。
「課長は出張中です」
そういえば、そうだった。
例の、大がかりな違法植物の取り締まりの事後処理で、課長はあちこち走り回っている状態だ。
あれでも、課長は能力的には優秀なのである。
私たちの中でも一番の能力持ちだし、多少強引な面と空気を読めない所を差し引いても、事後処理能力は彼に任せておくのが一番だった。
「とにかく、分析しないといけないものは、山ほどあるんです! あの変な人形に構っている時間は、あまりないんです! ……と言ってもらえないでしょうか。少なくとも、タカミさんなら、少しは反応があると思うんです。というか、課長以外でシジョウさんを止められるのは、タカミさんしかいないんです!」
拝み倒され、私は結局折れた。
確かに、上司があの変な植物の分析に没頭すると、私の仕事も遅れる。もう、あと残っている報告書は、あれに関してだけなのだ。
申請書類は途切れることはないし、それでなくとも人員の少ない部署で、主要な働き手がああだと、結局困るのは私たちになる。
「わかりました。やれるだけやってみます。でも、あまり期待しないでくださいね」
ありがとうと、抱きつく相手にため息を返しながら、私は魔窟になっているであろう作業室への扉を見たのだった。
扉を開けると、そこはやはり魔窟と化していた。
ゴミはそのままだし、床にこぼれた土や何か得体のしれない布きれだの、変なものもいっぱい落ちている。
ちゃんと片付けないとダメだと、何度も言われているはずなんだけどな。
そして、ひとつの植物を前に唸っている人が一人。
クリーンルームの方に籠もっていなかったことを喜ぶべきか。あそこに入られると、そう簡単には呼びにいけなくなっちゃうからね。
「シジョウさん」
とりあえず名前を呼んでみた。
もちろん返事はない。ここまでは想定内だ。いつものことだしね。
私は無言で彼に近づき、その手に持つ植物を取り上げた。
恨みがましい眼差しで睨まれたけれど、それは無視。
「いい加減、出てきてもらわないと困ります」
詳しい成分や遺伝的要素などは、採取した欠片から専門機関に回される。ここで行われるのは、サンプルを取り、今後似たような物が出回った時のために種などを保存したり、あるいは、どういう育ち型をするかを観察したりすることだ。
今回のこの植物の場合、まったく新種の可能性もあるのと、この生暖かい人形のようなものが何なのか調べるために、唯一生き残ったものを持ち帰り、彼が責任を持って育てている。
そのはずなんだけど、まるで子供がおもちゃを取り上げられたような顔をするのは止めて欲しい。
「タカミくん」
私の手の中でうぞうぞと動くそれを見ながら、ようやく彼が口を開いた。
「それを見てどう思う?」
「どう思うって……」
あまりにも真剣な様子なので、私は改めてそれを見た。
何かが変だ。
確かに危険な匂いはしないし、持っていても動くだけでかみつくわけでもない。それでも、微妙な違和感を感じるのだ。
じっと見つめて、私はあることに気がついた。
「前よりも、人っぽくなっています?」
問いかけると、上司は黙ったまま、複数の写真を差し出した。
最初は、マンションの一室で撮られたもの。それから、いろいろな角度で同じ時間に撮影されたものが複数。
日付を変えて、同じように撮られた写真が、結構な枚数ある。
「髪みたいなものが生えてますし、体も細長くなったような……?」
見比べなくてもわかるのは、そんなところか。
「そのとおりだ。他が全て枯れてしまったから確かなことはわからないが、それは成長とともに動きも活発になってきている。手の先や口のあたりも見てみろ」
「これって、爪ですか? それに歯も」
確かに最初は、口の形はあっても、ただ空いていただけだったし、手の先も5本に別れていても爪など生えていなかった。
「爪は伸びている。これが切った爪だ」
シャーレの中に入っていたそれに触れてみると、柔らかくふにゃふにゃしていた。端の方から茶色に変色しているのは、植物らしく枯れかかっているということだろうか。
「君が言ったとおり、これはまさしく愛玩植物だな。毒などもないようだし」
「変な意味で害がありそうですが」
いったいどういう目的で作った物なのか。考えると怖いものがある。
「これを作った本人も、偶然の産物だと言っているらしいぞ。本来は別のものを作ろうとしていたらしいが。ただ、出来たものが違う用途に使えそうだということで、繁殖させるためにいろいろ手を加えていたようだ」
続けて見せられた報告書には、本人曰く、繁殖力が弱く、育ちにくいとの供述がある。
「なんの用途に使おうとしたのか、あまり考えたくないですね」
彼が渋い顔をしているのは、心の中でよからぬ発想をしたのかもしれない。
「とりあえず、枯れるまでは面倒を見る」
真顔で宣言され、思わず後ろにひっくり返りそうになった。
え、それは、あなたが自ら世話すると。
私の手の中のそれは、いつのまにか丸まっていた。眠っているかのようにも見える。
ほほえましくもあったけれど、やっぱり人型なので、本体と蔓で繋がっていなければ、植物という感じはしない。
「爪も切ってやらねばならないし、放っておくと髪もぐしゃぐしゃになるのだ」
そう言いながら、彼は私の手の上のそれを愛おしそうに撫でた。
見てはいけないものを見てしまった気がする。
これ、毒はないっていうけど、一部変な人を引きつける魅了かなんか出ているんじゃないの。それとも、我が上司がただの変態なのか。
「だ、だめですよ! 他にも仕事はあるんです。面倒みるなら、皆でみましょう!」
これ以上、上司が変になるのを見ていられなかったからかもしれない。
強くそう訴えると、しぶしぶながらも、彼は頷いたのだった。
というわけで、皆で世話をすることになったのだけれど。
これが職員全員に、思いの外好評だった。
可愛いだの、癒されるだの、主に女性に大人気である。
最近では、よたよたと蔓が伸びる範囲で歩き回り、小さな口を開けて、固形肥料を食べたりしている。
まさしく愛玩植物である。
知能などないはずなのに、人懐っこいのだ。上司によると、熱に反応してということらしいが、誰かが近づくと、こちらに手をのばしておねだりしたりする。
昼間は日の光が当たる方向に向かい、ひなたぼっこをしている姿も目撃されていた。
今までで一番詳しい育成報告が出来たんじゃないかというくらい、皆が熱心に観察中だ。
かくいう私も、上司のことを散々言っておきながら、今はこれに癒されている一員である。
「これって、花なんですよね」
小さな口に、液体肥料を流し込んであげながら、私は後ろに立つ上司に問いかけた。
気がつけば、誰が世話をしていても、この人が後ろにいるんだけれど、ちゃんと仕事、してくれてるんだよね。
「ああ。分析したところ、そうだ」
「どのくらい咲いていられるんでしょうか」
花はいつまでも咲いてはいない。
長く持っている方だけれど、永遠ではないのだ。しかも、この不完全な植物は、子孫を残せないのだ。
「最後まで、面倒を見てやろう。どんな理由であれ、ここで引き取った以上、責任を持たなかればならない」
ああ、たまにはいいこと言うな。
たくさんの違法な植物たちを、私達は処分してきたのだ。ただ、私達に害を為すというだけで。
そう思って見上げたけれど、すぐに後悔した。
あまりにも、とろけるような眼差しを向けていたからだ。『マリーちゃん』と呟いた気がしたけれど、聞こえなかったふりをする。
ただ、植物を愛する心だけは本物だと、思っていよう。
上司が変態だなんて、いやだもの。
寿命(?)を全うしたそれは、最後には茶色になり干からびてしまったし、やはり実を付けることもなかった。
けれども、皆の中に、寂しいという気持ちだけは、ほんの少し流した涙とともに、確かに残ったのだった。