365のお題

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  073 前略  

『前略』

と、書いたところで、手が止まった。
 ただ線が縦に引かれた薄紅色の便箋。安くも高くもなく、そこらへんにある店で買った、特に思い入れも無い物だ。
 それをじっと眺めていると、ますます書く内容に迷いが出てくる。
 別に、特別仲が悪い相手でもない。
 親しい、と言ってしまうには少しだけ疎遠になってしまっている相手に対しての手紙だけれど、たまに連絡を取り合っている、そういう関係だった。
 だから、特に何かを迷うということはないはずなのに。
 それとも、メール等ではなく、手紙というのが躊躇する理由なのか。もっといえば、手紙の書き出し、前略でよかったんだろうか、とか、自分の記憶力のなさにがっかりするというか、いろいろ考えてしまう。
「困った……」
 口に出して、思わず呟いてしまって、ため息をついた。
 一瞬、もっと楽な方法――と考えてしまうが、それが出来ない事情を思い出し、再び目の前の便箋を睨み付ける。
 要件だけをかけばいいはずだ。
 別に、自分の近況報告を書く必要なんてない。
 ただ一言、『私は元気です。妙なところへ流されてきましたが、生きています』と綴ればいいだけだ。そうすれば、安心……はしないかもしれないけれど、中途半端な状態からは解放されるはず、たぶん。
 いや、でも、やっぱり、いきなり行方不明の幼なじみからこんな手紙が来たら、いたずらだと思う気がしてきた。
 それに、気に掛かることはもっとある。
「ねえ、本当にこれ、届くの?」
 そばにいた、黒くてテカテカしていて、なんだか全体的に角張っている生き物に問いかけると、耳触りな音が返ってきた。
『大ジョうぶダ。ゆーびん屋、とてもユウ秀。たまに、ジカン、ずれるけれど、届かなかったコト、ナい』
「怪しいなあ」
 うん、怪しい。
 そもそも、この間現れた郵便屋さんは、どう見ても猫だった。巨大な三毛猫。ただし、尻尾が二つに分かれてて、人の言葉をしゃべったけれども。
 それが首輪につけられた袋の中から、郵便物を器用に出した時は、本当に驚いたんだよね。
 大丈夫か、これって。
 その時は、自分には手紙を出す予定も考えもなかったから、この猫を使って郵便物を出して届くなんてまさか、と疑ってる部分もあった。
 そんな体験をしたのは、ほんの少し前で、すぐにそのことは忘れてしまったのだけれど。
 だって、私は他のことで頭がいっぱいだったのだ。
 ありえない事を体験して、冷静でいようと必死だったのだ。
 そう、事は数週間前にさかのぼる。
 ある日、家の中を普通に歩いていただけなのに、気が付けば私はこの世界に迷いこんでいた。
 突然変わった景色に戸惑って途方に暮れてしまったことを覚えている。
 見た事ある世界なのに、どこか何かがずれているような景色が広がる街で、私はこの黒くてテカテカする生き物に拾われ、ここが私の住む世界と繋がった異界と呼ばれる無数にある世界のひとつだと教えられたのだ。
 普通であれば、どこか別の世界から流れてきたものは、何か大切なものを落としているらしいのだけれど、それが何か、今現在の私にはわからない。
 記憶の欠如もないし、体のどの部分もかけていない。
 迷ってきたものならば、その落とし物を見つけ出せれば帰れるらしいのだが、それとは違うようだと、黒いものはいう。
『君のバアい、本当に、グウゼン、異界に紛れ込ンダ、ラシイカラ、返る方法、見ツケるの、なかなか難しい』
 私のようなものが、まったくいないわけではないらしいけれど、そういう存在で元の世界に帰ることが出来たものは少ないと、この生き物は教えてくれた。
『だけレド、方法がナイわケデハないから、頑張っテ探シて、みろ。もちろん、私モ、研キュウを兼ねテ、調べル、つもリダ』
 他に行く当てはなかったので、散々悩んだあげく、この場所に世話になることになった。
 で、様々なこの異界の生き物の話を聞きつつ、あちこち巡りつつ、たまに黒くてテカテカした生き物の仕事らしきものを手伝いながら、帰る方法を探しているのだ。


 という諸々のことを手紙に書いてもらえれば、元の世界に持っていけると聞かされ、私はすぐに実行に移すことにした。
 どういった仕組みで手紙が届くかは教えてくれたけれど、ややこしすぎてよくわからなかったので、届かなくてもいいという前提でいることにする。
 書きたいことはたくさんあったけれど、いざ便箋を前にすると、文章にならない。
 メールとかだったら、もっと気軽に言葉を綴れるのに。
 結局、私は、自分が無事なこと、変な世界に紛れ込んでしまって帰れないことだけを書いた。
 信じてもらえるかどうかはわからないけれど。
 せめて、生きているってことはわかってほしい。
 それが今の私の切実な願いだ。

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