「主任! これが『シーツ』というものですか!」
興奮した声で、私は隣の女性に呼び掛けた。
目の前の廃墟には、色とりどりの布が溢れている。そのうちの幾つかは真っ白で、染みひとつない。残りの物には、様々な色がついていたり、中には模様が織り込まれているものもあった。汚れてしまっているものもあるけれど、数は少ない。
「そ、そうね。こちらにあるのは『布団』よ」
普段冷静な主任も、私のはしゃぎように、少し引いているようだ。
引きつった顔になっている。
「あなたは、こういった遺跡に来るのは初めてだったわね」
「はい! 新人だった頃は、事務仕事ばかりでしたから」
念願叶って遺跡を調査する期間に就職出来たものの、最初の数年は、集められた資料の整理とか、データの入力とか、雑務とか、そういうのばかりだった。
その時、資料を見ながら、私も生で現物を見たいとずっと思っていたんだよね。
「触ってみたいなあ。どんな手触りなんだろう」
「あら、駄目よ。この辺りは保護地区になってるでしょう。他の場所なら許可があれば取り出すのも可能だけれど、貴重な場所ですからね。今日は見るだけです」
「……やっぱり」
そうだよね。
今日の調査は、今後行われる本格的な調査の前の、下調べのようなものだ。
凍った地面は一見透き通っていて害が無さそうだけれど、溶け出してしまえば、私達に有害な物質や生物が含まれていることもある。
大気や、ここではない場所は調査済みで、安全だと言われているけれど、ここが同じだとは限らない。最初に見つかった遺跡からは遠く離れているし、そこはここみたいに氷に覆われてはいなかった。
だからこそ、他と比べて保存状態もいいわけだけれど。
「あ、そうだ。『枕』ってどれですか。私、形が崩れたものしか見たことがないから、すごく気になります!」
そうそう。『シーツ』や『布団』も好きだけど、それと同じ場所から大量に出て来る『枕』にも興味があるのだ。
私達の世界にも『枕』に似たものはあるけれど、ちょっと違う。遺跡で見つかったものは、固くないし、頭を支えるというよりは包み込むように沈む柔らかさがあるらしい………と材質を調べ報告書を作成していた同僚が言っていた。
ちなみに『シーツ』や『布団』、『枕』と一緒に出て来た図表によって使い方がわかったそうで、今とは随分違う就寝方法に、発見した人は興奮したという。
なにしろ、私達の遠い遠い祖先―――この星にかつて住んでいた『人類』に関する資料は、何百年か前に起こった大きな星間戦争で、ほとんど失われてしまったのだから。
この星だって、その時随分な被害を受けて、50年くらい前までは、簡単に入れなかった場所なんだもの。
本当に、自分が生きているうちに、発掘調査の計画が進んでよかったと思う。
少し早くても、もう少し遅くても、絶対に現在進行形のプロジェクトには参加できなかっただろうからね。
特にここは、凍り付いた場所に、昔の『デパート』が上部は壊れてしまったものの、半分丸ごと埋まっているらしく、遺物好きの私としては、是非生で見てみたいものばかりなのだ。もしかすると触れるかもしれないし。
博物館には本物が置いてないことも多いし、あっても直接触ることは無理だからね。
今の私達が使うものと同じものもあれば、まったく違うもの、使い方の想像できないもの等、いろいろあるだろうし。
でも。
ようやく見習いとして主任の遺跡調査についていけるようになったけれど、まだまだここでも雑用ばかりだ。
きっと、本格的に調査が始まっても、発掘自体に関わるのは無理だろう。
そもそも、発掘が始まってここを手伝えるかも、まだ不明なのだ。
運に賭けるか、現場責任者である主任に頼むか。
その選択に、私は迷わず主任を選んだ。
「お願いしますよー、主任! 主任のお力で、次の調査にも参加させくださーい」
拝むように3つの手を合わせると、主任は『善処してみるわ』と呆れたように言ってくれた。