目の前の人を見つめている。
ごつごつした骨張った手を膝の上に落として、薄く目を閉じたままソファーに座っている姿は、一見すると、リラックスしてくつろいでいるように見えるけれど。
少しでも私が動けば、すぐに気がつくのだろう。
職業上、彼の行動は仕方のないことで、それを知っている上でここにいる私なのだけれど。
「何を見ている」
動くこともなくそう言ってのける彼の低い声に、心臓が跳ね上がるような気がした。
「俺を見ているのか。それとも『あれ』を見ているのか?」
両方、かもしれない。
心の中でそっと呟く。
闇のように深い黒を纏った人と、彼を取り巻く本物の『闇』。
初めて会ったときから、私はそれに惹きつけられ、離れられなくなってしまった。
「莫迦な奴だ」
何も言わないでいると、ようやく彼は瞳を開いた。
底の知れない瞳の奥には、人らしい感情など、何も読み取れはしなかった。
「恐ろしいのなら、見なければいいだろう」
歪めた唇から漏れたのは、そんな言葉。
出来ないと知っているくせに、男はいつだってそう言うのだ。
「好きだから、いいの」
どっちが、とは言わない。
灯りを落とした中でさえ、彼を取り巻く濃い闇が見える。
彼と同じように、暗くて怖い黒い色。
油断して近づけば、取り込まれ、墜ちていくしかない深い闇だ。
彼に墜ちて、どこにもいけなくなってしまった私は、だから、ここにいる。
男はそれを知っているからこそ、私が彼の闇の部分を見ても、放っておくのだろう。本当は子供なんて嫌いなくせに。
「お前は、いい子だ」
そう言って手を伸ばした彼は、私を引き寄せた。
まるで、愛玩動物でも扱うように、頭を撫でる。
「ずっとそうやって俺だけを見ていろ」
男の声に、私は頷いた。
最初に会ったときと同じように。