―たとえば、こんなふうに。
静かな公園で、空を見上げているとき。
―たとえば、こんなふうに。
大事な人がそばにいるとき。
―たとえば、こんなふうに。
彼の寝顔を眺めているとき。
トテモ、アタタカイ気持チニナル。
9月のとある日曜日。
デートをしようと彼は少年に誘われた。
どこに行きたいかと聞かれて彼が答えた場所。
それは近くにある公園。
いつか二人で行きたいと思っていたところ。
大きな木が心地よい日陰をつくっている公園の隅の芝生の上。
そこに彼はいた。
彼の隣には、少年が気持ちよさそうに眠っている。
その無防備な顔は、いつも彼に追いつき、そして守ろうと気をはっている少年とは違う、年相応のものだ。
こういう顔は、滅多に見ることはない。
だからこそ貴重ともいえるし、その寝顔を独占できるということが嬉しい。
彼は笑みを浮かべて、静かに眠る少年の顔を眺める。
眠っていてさえ、彼は凛とした雰囲気を漂わせていた。
少年のまっすぐで心地よい言葉は、幾度彼を救ってくれたのだろう。
時には不器用で、時には強引で。
初めて会ったときから、ふと気がつけば、彼の姿を探していた。
そして、何より大切だと気付いたのは、彼を失うかもしれないと思ったときだろうか?
それとも、もっと前だったのだろうか?
今となっては、どちらでもよいのかもしれない。
彼は、ここ―彼の側にいるのだから。
日差しがほんの少し強くなった頃、少年は目を覚ました。
「あれ…? 俺、寝てた?」
少年が、まぶしそうに目を細めながら、問いかける。
「おこしてくださいよ、大月さん」
少し拗ねたように少年は言った。
心なしか悔しそうだ。
「せっかく、大月さんの誕生日だっていうのに、俺、なんかみっともねー」
「かまわないよ」
ずっと寝顔を見ていたのだとは言えず、彼はそう答えた。
「でも……」
まだ何か言いたそうな少年に向かって笑いかける。
「いいんだよ、こうやってのんびりするのも、たまにはいいものだろう。それに、ここへ来たいといったのは、私の方だ」
そう―。
別に何かをしてほしかったのではない。
何かが欲しかったわけでもない。
ただ、こうやって、少年と二人、過ごしていたいと思った。
「大月さん?」
名前を呼ばれて、彼は顔を上げた。
「どうしたんですか? なんか今日はいつもと違ってぼんやりしてるけど」
「ああ。なんか幸せだと思ってね」
「あ、俺も」
少年の顔に、笑顔が浮かんだ。
「俺も大月さんといると、幸せな気持ちになれるみたいだ」
その言葉が、不思議に嬉しい。
心の中に、何か温かいものが湧き上がり顔がほころんでくる。
それを見られるのが照れくさくて、彼は空を見上げた。
そういえば。
初めて会ったときも、頭の上に澄んだ空が広がっていたのだ。
まるで少年のようだと思ったのを覚えている。
どこまでも高く、気持ちのよい、この青空に似ていると。
「大月さん」
再度名前を呼ばれ、少年に視線を戻した。
とたんに少年の顔が近づいて、その唇が触れる。
軽く触れるようなキスに、彼は目を見開いた。
「……火足くん、いきなりそういうことをするのは……」
「大丈夫、誰もみてないっスよ」
自信たっぷりに言ってのける少年の目は、相変わらず綺麗で。
彼のことだけを、ただ真っ直ぐに見つめていて。
結局は、この眼差しから目を逸らすことができない自分がいる。
だが。
内心の思いは口にせず、こほんと咳払いする。
「だからと言ってだな。私にだって心の準備というものが…」
言いかけた唇をまた塞がれる。
今度のキスは……深く長い。
―たとえば、こんなふうに。
ただ側にいるだけで幸せになれる。
そんな存在が、ここにあることを。
彼は、心の底から感謝する。