星のまほろば

Novel

  花酔い  

 花は人を酔わせるのだろうか。
 それほど飲んだ記憶はないのに、程よい加減に気分が高揚している。
 見上げた夜の空を覆いつくすように、桜の花が霞のように淡く広がっていた。
 彼の隣には、ずっと焦がれていた人が同じように桜を見上げている。
 まるで夢を見ているようだ、とぼんやりと水支は思った。

 花見に行かないかと、誘ってきたのは埴史だった。
 人があまり来ない、桜が綺麗な場所がある。
 そういって連れてこられたその場所は確かに人が少なくて。
 どちらからともなく、一本の桜の木の下に座り、途中で購入したビールを飲みながら、ぼんやりと花を見ている。
「二人で花見など、初めてだな」
 埴史の言葉に、そういえば、と考える。
 出会ってからこれまで、この時期に花見といえば、常に彼ら以外の誰かが一緒だった。
 こうやって、二人きりで花を見るということなど、一度もなかったのだ。
「先輩、人気あるし? 独り占めなんてしたら、あとが大変でしたからね」
 いつも埴史の周りには誰かがいた。
 後輩だったり、先輩だったり、友人だったり。
 誰もが埴史の一番近いところに行きたがっていたような気がする。
 その、たくさんの中の一人だった自分。
 この人に近づくために、必死だった。
 振り向いてもらうために、どうすればいいか、ずっと考えていた。
 そのくせ、二人きりになってしまったら、心の内に隠しておきたかった想いまで口に出してしまいそうで。
 自分が何をしてしまうかわからなくて。
 一番近くにいたいくせに、わざと距離をとったりもした。
「江藤……」
 ふいに、埴史の手が伸びた。
 抱き込むように、水支の肩に腕をまわし、体を傾けてくる。
「せ、先輩?」
 声が上ずってしまったのは、ほんのりと香るアルコールの匂いと、わずかに感じる埴史の体温のせいかもしれない。
「江藤、お前はちっとも酔っていないじゃないか」
 心なしか呂律が回っていないような気がするのは、水支の気のせいだろうか?
 それとも、この眩暈がするほど咲き乱れた花のせいなのか。
「もっと飲め」
 強引な仕草で、ビールの缶を押し付けられる。
「せんぱーい!、オレ、飲んでますって。ほら」
 水支は、目の前に置かれた空缶を指し示すが、埴史はそちらの方をちらりとも見ようとしない。
 かわりに、めずらしく埴史の顔が不機嫌そうに歪んだ。
「……おもしろくないな」
 肩にまわされた手に、わずかに力が篭る。
 いつもと違う、態度。
 いつもと違う、視線。
「江藤、お前はいつもそうだ」
「はい?」
「滅多に本心を見せてくれない。いつのまにか、いいように誤魔化されている気がする。酔いでもすればと思ってはみたが、よく考えてみればお前が酔うところなど、一度も見たことがないな」
「な、何、言ってんですか。いつオレが先輩を誤魔化しました? 違うでしょー? 先輩の方が、いつもオレがマジになるとうまくはぐらかしてますって」
「そんなことはない」
「そんなこと、あります」
「ない」
 ムキになったように言い切る埴史に、水支は一瞬絶句する。
 今日の彼は、やはりいつもと違う。
「お前は、いつも本当のことは言ってくれない」
「あー、これでオレって、意外とシャイだし」
「……それだ」
「………」
「それが、誤魔化しているというんだ」
 今さら言われなくても、それはわかっていた。
 なにもかもさらけ出してしまえば、嫌われてしまうのではないかという思いがあるのだ。
 臆病で情けない自分。
 弱い自分。
 埴史を独占したいと思っている気持ち―――。
「江藤、お前は知らなかっただろうが……」
 そこで、一旦言葉をとめて、埴史は手に持っていたビールを一息に飲み干す。
 空になった缶に視線を落すと、ゆっくりと口を開いた。
「私は、初めて会った時から、ずっとお前を見ていたんだ……」
「え?」
 埴史の手に、また力がこもる。
 近づいてきた顔を綺麗だと思ったその瞬間。
 掠めるようにキスされて。

『水支……』

 わずかに聞こえたのは、確かに自分の名前。
「先輩?」
 聞き返したときには、すでに埴史は背中を向けてしまっていた。
「先輩、酔ってるんですか?」
「どうだろうな」
 背中を向けたまま、埴史は答える。
 その首筋がほんのりと赤く染まっているのは、酔いのせいか、それとも―――。

 淡い薄桃色の花びらが、二人の上に舞い落ちた。
 まるで夢のように―――。




えー、苦労の末に書き終えました。水支と埴史のCPは難しい。うまく書けません。しかも季節外れの話でごめんなさい。今は5月とつっこまないでください。

この作品は、文次郎様に密かに捧げます。いろいろお世話になっているお礼も兼ねてます。なので、クレームその他は文次郎様以外からは受け付けておりません。

文次郎様、こんな水埴ですが、如何でしょう? 泣きたくなるほどヘタレなお話になってしまいました。あとは煮るなり焼くなりお好きになさってください。私は逃げます。

*文次郎様より、この創作のイラストを頂きました*
ありがとうございます

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