3周年企画

Novel | 目次

  春を呼ぶ  

「この国では、春になると花を見ながら酒を飲むという習慣があるそうよ」
 リラがそんなことを言い出したのは、宿についてしばらくしてからのことだった。
 そういえば、ここへと来る途中、街道沿いに花が咲き乱れていたのを思い出す。道にだけじゃない。街中にも、宿屋の部屋の中にも、酒場にも、食堂にも、花が溢れかえっていたような気がする。
 要するに花だらけだったんだよ、この街は。
 俺は特に花に興味があるわけじゃないから、えらく華やかな街だなあなんて思った程度だったんだが、リラは違っていたらしい。
「花があんまり綺麗だったから、昔聞いた話を思い出したの」
 リラが窓の外に目を移す。
 月明かりに照らされた街を窓から見下ろすと、薄紅色の花をつけた木が道沿いに並んで植えられているのが見えた。
「確かに綺麗な花だよなあ。派手でもないし、かといって地味でもないから、見ていて飽きないし」
 まともに花なんか見ることなんかなかった俺だから、新鮮に思えてきた。
 うん、確かに花っていうのは綺麗なもんだよなあ。
「そういえば、宿の主人が、街の広場で祭りみたいなことがあるって言っていたわ」
 世間に疎いように見せかけて、意外に情報が早いんだよな、リラは。
 俺が気がつかないうちに、ちゃっかり誰かから街の情報を聞いていたりする。
 愛想がいいわけじゃないのに、何故なのかって時々思うんだが、もしかするとリラが美人なのが理由なんだろうか。人目を引く容姿をしているから、街を歩いていても、男共が振り返ったりしてるし。俺が隣にいるにも関わらず、話しかけてくる奴もいるし。
 うーん、なんだか複雑な気分だ。
「どうしたの?」
「あーいや。せっかくだから、広場に行ってみるか?」
 どうせ暇だしな。

 
 広場には人が溢れていた。
 あちこちに酒や焼き菓子、焼いた肉とかを売る屋台が出ているし、賑やかだ。
 もっとも、酒の瓶を抱えて座っている男連中は、花を見ているというよりは、酒に溺れているようだったが。
 俺もどっちかっつうと、花より酒の人間だから、その気持ちはわからないでもない。
 ただ、この場合、俺が正体無く酔っ払っちまったら、あっさりその辺に置いていってしまいそうな相手が一緒だってことが問題なんだよな。
 もしかしたら、宿くらいにはつれて帰ってくれるかもしれないが、優しく介抱してくれるっていうのはありえないだろう。
 『自業自得ね』なんて言っている姿まで、想像できちまう。
 まあ、見捨てられないだけましなのかもしれないけどな。
 というか、こうやって二人で歩いている今があるっていうことが一番不思議なのかもしれない。
 俺とリラの出会いが、そもそも特殊だったわけだし、彼女が俺に興味を持った理由というのも、イマイチわからないし。
 ただ単に俺の職業――宝探し屋っていうのが珍しいから、ついてきているだけって可能性もあるわけだしな。
 かといって、本当のところを聞くっていうのも、今更って感じだし。
「また考えことをしているわね」
 リラの声が、俺の思考を遮った。
 少しだけ眉間に皺をよせ俺を見上げているのを見て、反省する。
 最近、こうやって余計なことばかり考えて、上の空になることが多いんだよな。
 で、結局リラにたしなめられちまうわけだ。
 本当に、最近情けないばっかりだよな、俺は。



「春を呼ぶ花といわれているらしいわ」
 ひとつの木の前で立ち止まってリラが呟いた。
「花がすべて散ると春なのだそうよ」
「へえ、知らなかったな」
 二人で、咲く花を眺める。
 風が吹くたびに、はらはらと花びらが落ちてきて、俺とリラを包んでいく。
「綺麗ね」
 そういって微笑んだリラは、花よりも綺麗だった。
 これは俺の錯覚じゃないぞ。
 ほんとに、マジで、見ほれるほどだったんだ。
 やばいよな。
 悟られるとまずいから、平然としてふりをしているが、どうやら俺のリラへの想いは重症の域にはいっちまってるらしい。
 果てしなく前途多難な恋路だろうことは容易に想像できるんだ――いろんな意味で。
 好かれているのは間違いないが、俺が思うほど好きでいてくれるのかどうか、謎だし。
 そもそも恋人同士とはいえないし、一緒に旅をする仲間っていうのも、微妙に違う気がするし。
「どうしたの? 変な顔をしているわ」
 悪かったな。
 黙りこんだ俺を、リラは不思議そうに眺めていたが、しばらく立つと、ふと唇の端をほんの少しだけ吊り上げて笑った。
「……また、考え事でしょう」
 確かに、その通りだったから、俺は反論もいいわけも出来ない。
 おまけに、さっきまでリラに見ほれていたなんて、口が裂けても槍が降っても、言えるわけもない。
「いったい何を考えていたのかしら」
 だが、リラは追求するのをやめなかった。
「当てて見ましょうか?」
「い、いやいやいや! 当てなくていいから」
 以前、俺が考えていることが『なんとなくわかった』と言われたことを思い出し、俺は慌ててしまった。
 とんでもないことを口にされたら、立ち直れないかもしれねえ。
 つうより、こういうことは、はっきり口にしないって言うのが、駆け引きっていうか、大人の関係っていうか!
 そういうのが大切だろう。
 って、何考えてんだよ、俺は。
「そうね、何もかも口にしてしまうと、駆け引きにならないわよね」
 リラは、そんな俺に、心底楽しそうな視線を向けると、すぐ近くにあった屋台に目をやった。
「せっかくだから、何か食べてみる?」
「あ、ああ。そうだよな」
 話を逸らしてくれことが、残念なようなそうでないような。
 ……駆け引き以前に、すっかり手の内を読まれているような気がするし。
 それでも。
「来年も、またこんなふうに花をみたいわね」
 笑う彼女を見ながら、ああ、やっぱりこういうのは幸せだなあなんてことを思っていたりもする。
 くだらないことを言い合ったり、笑いあったり、手の内を隠しあったりするのは、本当に楽しい。
 うん、たぶん、些細な幸せっていうのは、こんなふうになんでもないことなんだ。
 ずっと独りで旅をしてきた。
 仕事だって、余程のことがなければ、殆ど一人でやってきた。
 けれど、二人でいるのも悪くない。


 この花がすべて散ったら、春がやってくる。
 この国にだけじゃなく、きっと俺の上にも。
 そう信じてみるのも、いいんじゃないかと思う。
 ……きっとな。

童話風の物語」より 
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