花より団子とはよく言ったものだ。
目の前にうじゃうじゃといる花見をしている人間の殆どが、美しい桜よりも酒だの食べ物だのに夢中になっているわけだから。
俺も、もちろんその一人ではあるわけだ。
寝ていたところを起こされ、ゴザだの弁当の入った袋を持たされ、世間一般の人と同じく、友人たちと桜で有名な公園にやってきている。
未成年なので、酒はなしだけどな。
それでも、結構もりあがっているのは、メンバーのせいなのか、周りに漂う雰囲気に影響されているのか。
まあ、とりあえず、周りは賑やかだ。
休日の昼間だというのに、すでに酒が入っている人間が多いせいなのか、時々奇声があがったり、調子の外れた歌が聞こえたり、ふらふらと歩いてはあちこちにぶつかっていたり――とにかく、見ているだけで、なりたくないなあという風におもってしまう人間ばかりだ。
いつか就職して、どっかの企業とか研究室に入っちまったら、経験しなくちゃいけないことなんだろうけれど、できれば、避けて通りたい気がしてしまう。
もっと花って言うのはだな……。
「せんぱーい?」
心静かに眺めるものであって……。
「先輩ってば!」
こんなに大勢で押しかけて見るものじゃ……。
「せ、ん、ぱ、い!」
「ん?」
俺の目の前で手がふよふよと振られていた。
「司?」
俺の顔を覗き込んでいるのは、今日の花見を企画した司だ。中学時代からの俺の後輩で、文句をいいつつも、俺のことをきちんと先輩と呼んでくれる数少ない人間だ。
「何きどってるんですかあ! 先輩」
腹の中身が全部外に出る勢いで、背中を叩かれた。
おいおい、ちっとは手加減してくれよ。
「もー、さっきから話しかけてるのに、ちっとも答えてくれないし」
頬を膨らませて俺を睨みつけてくる。
「司ちゃん、だめだめ。こいつは、自分に酔っているだけだから、相手にするだけ無駄だよ」
俺の横にいた榊が肩を竦めつつも、そう口を挟んでくる。
てめえ、何勝手なこと言ってるんだよ。
俺はなあ、散る花を見つつも、人生についてイロイロと考えて……。
「先輩。持ってるだけで食べないなら、そのおむすびもらいますね」
司の手が延びてきて、俺が持っていたおむすびを奪い取った。
「せっかく入れたお茶、飲まないんなら、よこせよ」
俺が入れた茶が飲めないのかというような目をしているくせに顔は笑顔という、どこか薄ら寒い状態の榊がにじりよってくる。
な、なんだよ。
ただほーっとしていただけで、その仕打ちってのはひどいんじゃないか。
俺はただ、桜を見ていただけなのに!
だが、二人にはそんなことは関係ないらしい。
司も榊も、目がマジだ。
「あー。わかったわかった! ちゃんと食べるし飲むし話も聞くから!」
だから、そんな怖い顔しないでくれよ!
ついでに、俺のおむすびも返してくれ。
「ほ、ほら。俺が持ってきた団子、全部やるから、機嫌なおせ」
そんなことで、この場の雰囲気が丸く収まるかどうかわからなかったが、意外にも、二人の顔は笑顔になる。
「わーい」
「ラッキー」
俺は苦笑する。そういえば、二人とも甘いものが好きなんだよな。俺もだけどさ。
「じゃ、お茶入れなおしてやるよ」
「おむすびは返しますね」
「おう」
返事を返すと、ご丁寧にも皿にのせられたムスビは二つに増え、あつあつのお茶がさっと差し出された。
やれやれだ。
けどまあ、司はともかく、榊はよく笑うようになったと思う。
出会った頃は、世間を斜めに見ているようで、投げやりで、こんなんで毎日楽しいんだろうかと心配になったもんだが、今は違う。
感情が表に出ることが多くなったし、クラスメートとも普通に接するようになってきた。
今日の花見だって、以前の奴なら絶対参加しなかっただろう。
たぶん、司のばかばかしいほどの無邪気さとか、俺たちが通う学校のかなりいい加減な校風とかが、いい方に作用しているんだと思う。
ちょっとは、俺がそれに貢献しているんなら、それはそれで嬉しいもんだ。
花を眺めるよりも。
おいしいものを食べるよりも。
こうやって、大事なやつらが笑っているほうがずっといい。
俺は、団子を仲良く分け合って食べるクラスメートと後輩と半分くらい散ってしまった桜を眺めながら、そんなことを思っていた。