「ねー、アスって本当の年は幾つなの?」
ある日の昼下がり、真剣な顔をしていると思っていたら、突然目の前の少女は俺に向かってそう尋ねてきた。
「30歳過ぎているって前に言っていたよね。でも、40歳よりは上に見えないし」
眉間に皺までよせて、何を考えているのかと思ったら、俺の年かよ。
確かに、彼女には年については言っていない。言う必要もないと思ったし、俺自身も自分の正確な年齢を知らないからだ。おおよそ、30歳半ば。一人で泣いていたらしい俺が、養い親に拾われた時の外見が3歳くらいだったから、そこから数えた年齢がそれだ。
「ジーナ。年を聞いてどうするんだ?」
俺が尋ねると、ジーナは気まずそうに目の前に置かれた焼き菓子を突いた。
「だって、みんなが」
小さな声でそう言って、ジーナはちらりと後ろを見る。
宿屋の食堂も兼ねているここには、今の時間は客は少ない。いるのは常連客か、宿屋に泊まっている連中で、今いる奴らも見知った者ばかりだ。
あいつらは、最近ジーナと親しくしているようだから、何か余計なことを吹き込んだに違いない。
「みんながどうしたんだ?」
それが気になって、俺は思わず強い口調で聞いてしまう。録でもない内容だったら、あいつらは絶対後でしめる。
「みんなが、アスはあんまり老けて見えないけど、実は相当年くっているっていうの。だから気になって」
そう言いながら、ジーナは恐る恐るという感じで、俺の方を見る。
「あ、でも、アスは40歳以上じゃないと思うって、私はちゃんと言ったから」
必死で言い訳しているが、俺に年を聞いてきたあたり、何か思うところがあるんじゃないのか。
俺は少し意地悪な気持ちになった。
「あんたが俺の女になったら教えてやってもいいぜ」
「えー、絶対ありえない!」
思い切り否定するジーナのおでこを俺はつついた。いくらなんでも即否定するのは失礼だろうが。
「こら、なんでありえないんだよ。俺みたいないい男、普通惚れるだろ」
茶化すように言うと、ジーナの目が丸くなる。
「だって、飲んだくれだもの。私、好きになるなら、真面目で誠実な人がいい」
この年頃の少女の誰もが口にするようなことを、ジーナも言った。
でも、知っているか。そういうのは大抵叶わないんだぜ。理想と現実は違う。うっかりしていると、俺みたいなろくでなしに捕まる羽目になる。
今だってそうなりかけているのに、気がついていないしな。
だから、俺は酔っ払いではあるけれど、いい人っぽい顔を崩さない。
「こう見えて、俺は意外に真面目で誠実だぞ。仕事限定だが」
「仕事? 用心棒のこと? なら、あまり役に立っていないように見えるけど」
ああ、そうだった。
俺はジーナに酒場の用心棒をしていると教えていたんだった。確かに、それもやっているが、あくまで副業だ。俺の本来の仕事とは違う。言えない事情があるから隠しているが。
「用心棒の仕事はきちんとやっている。ここは夜の方が物騒だから、その時大活躍してるんだよ」
「本当かなあ」
青い目が、俺を見ている。
故郷の海と同じ色。
俺は、この瞳に弱い。じっと見つめられると、柄にもなく照れてくる。それが、まだ何ものにも染まっていない純粋な目差しのせいなのか、それとも物怖じしない真っ直ぐさを持っているからなのか。
どちらも元々持っていない俺だからこそ、そこに牽かれるのかもしれない。
俺はジーナの青い目を見つめ返すと、真剣な顔を作った。
「本当だ。でも、その大活躍を見せるわけにはいかないな」
「どうして?」
「危ないからだ。夜になっても絶対来たらだめだぞ」
神殿暮らしのせいで、ジーナは自分が思っているよりもずっと世間知らずだ。
いくら治安がよい町とはいえ、この辺りには住人以外のものもうろついている。年頃の娘がふらふら歩いていて、無事でいられる保証はないんだ。
それに、今はまだ、この町の裏の顔も、俺の汚れた部分も、ジーナには見せたくなかった。
だが、俺の心の内を知らないジーナは、残念そうに小さく溜息をつく。
「門限があるから、アスが来いっていっても無理だよ。でも」
ジーナはそこで何故か嬉しそうに笑った。
青い目がまっすぐ俺を見て、更に幸せそうな顔になる。
「なんだか、アスってお父さんみたいだよね」
ジーナの言葉に、食堂にいた奴らがにやつくのが見えた。
こいつらは全員、俺が目の前の少女にちょっかいをかけているのを知っている。どこまで本気なのかは見せないようにしているが、大半の連中は俺が振られる方に賭けているらしい。常識で考えて、ろくでなしの男と普通の少女という組み合わせはあり得ないって思っているんだろう。年も離れているしな。
まあ、せいぜい笑っていろ。俺は狙った獲物は絶対に手に入れる主義なんだ。
だから今はこれでいい。心を許して、信用して、もっと俺の手の中に落ちてくればいい。
張り巡らせた罠に捕まって、俺から逃れられなくなればいい。
「お父さんはひどいな。せめてお兄さんくらいにしといてくれ」
本音を隠した俺は、人のいい笑みを浮かべると、目の前の少女に向かって優しくそう言った。