勇者が村にやってきた

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  帰る場所  

 正直、あいつがアサギにちょっかい出しているのを知ったときは、いつものことくらいにしか思わなかった。
 ヤツはあきっぽいし、軽いように見えて、実は俺たち以外に心を開かない。
 今でこそ、ああやって普通に笑っているが、生まれ故郷を無くしたあの日からしばらくはひどい状態だった。
 俺も似たようなもので、二人して呆けたようにあちこち彷徨っていたように思う。
 ひどいことも、悪いことも、随分やった。
 今でこそ勇者だ、英雄だと言われているが、過去の何年かは人には話せない。 


 いつのまにやら強くなって、復讐のために魔王を倒しても、空虚感は埋まらなかった。
 常に何かに追い立てられているようで、ふとした瞬間に、今ここにいる俺は幻なんじゃないかと思ってしまう。
 心の奥底ではわかっていたからかもしれない。
 どれだけたくさんの魔物を倒しても、全ての元凶とされていた魔王を殺しても、俺の故郷は帰ってこないのだ。
 友達と駆け回った道も、探検と称して入り込んだ森も、魚を捕るために何度も潜った川も、もうどこにもない。
 好きだった女の子も、憧れていた村在住の騎士も、口うるさい両親も、全て骨ひとつ残さず消えてしまったのだ。
 残ったのは、幼馴染みだったあいつだけ。
 俺の中にあった何かが壊れたのは、あいつと二人、消えてしまった村を見たときかもしれない。
 ここへ戻ってくることがあっても、それはもう俺たちが知っている村じゃない。
 その時感じた絶望を、忘れることが出来ない。


 帰る場所を失った俺たちは、それこそ何でもやった。
 魔物が憎かった。
 思うようにならない人生が嫌だった。
 だから、がむしゃらに生きた。ただ強くなるためだけに剣を振るった。
 気が付けば誰よりも強くなり、肩書きは勇者だ。
 今でも、何かの冗談じゃないかと思う。人を救うために戦っていたわけではない俺が何故『勇者』なのかと。
 でも、同時に気が付いてしまった。
 あいつも俺も、戦えば戦うほど、自分たち以外との溝が深まっていく。
 いい人でも人格者でもないのに、そういうふうに扱われ敬われるのが気持ち悪くて仕方ない。何処に行っても、誰と会っても、俺たちは特別扱いだ。
 だからなのか、普通に接してくれるミレルやラグ以外に、俺もあいつも心を許せなくなっていった。
 どこに行っても、心が安まらない。
 いつまでもこんなふうに定住しないで生きていくのは無理なのも理解している。
 帰る場所がないから彷徨っているのか、帰る場所が欲しいから旅を続けているのか、俺にはもうわからなくなっていた。
 それはきっとあいつも同じだった。
 同じだったはずなのに。
 気が付くと、いつのまにかあいつは自分にとって大事な『何か』をあの村で見つけていたのだ。


 不思議な村だった。
 結界のことも妙だったが、住んでいる人間も不思議だった。
 まず、俺たちの世話をしてくれるということで紹介されたアサギという女性が、あまりにも普通だった。
 勇者である俺たちを見ても、ただ頭を下げただけで、態度にしても、あくまでお客様扱いだ。
 俺が口にしたちょっと意地悪な言葉にむっとしたようだったが、何も言わないかわりに面倒そうな顔をしたのが印象的だったのを覚えている。
 アサギだけがそうなのかと思っていたが、どうやらそうでもないと気がついたのは、情報蒐集のために村人と話をしたからだ。
 あの村の人間の特徴なんだろうか。
 大らかというか、適当というか、大雑把というか。
 でも、懐は深いんだと思う。
 迷惑そうにしていた村長も、ただ単に村に騒動が起こるのを怖れていただけで、勇者だから魔物と戦うのは当然だとか、揉め事を収めてくれだとかは一切口にしなかった。
 他の人間もそうだ。
 だからなのか、この村は、居心地がよかった。


 おかえりなさい、と彼女は言う。
 俺たちが帰ってくるたびに、当たり前のように、そう言って迎えてくれる。
 最初はぎごちなかったその言葉は、距離が近づくにつれ、暖かなものに変わっていった気がする。
 それが俺には嬉しかった。
 どんな時でも、アサギはそこで待っていてくれて、ご飯を作ってくれたり、たわいない話をしてくれたり、おやつまで出してくれたり。
 遠い故郷で、どれだけ帰りが遅くなっても、俺を待っていてくれた家族のようだと思った。
 これが一時のことだとわかっていても、俺はずっとそれを味わいたかった。
 アサギが側にいてくれれば、失ってしまったモノが少しだけでも戻ってくるような気がしたからだ。
 そして、あいつの変化にも気が付いた。
 最初はたぶん、女性が少ないこの村で、ちょっと遊ぶつもりでアサギに声をかけたのだろうと思う。
 それがいつからか、アサギのことを嬉しそうに話すようになった。
 視線が彼女を追うようになっていた。
 あいつだけじゃない。ミレルも、ラグも。アサギを受け入れ始めている。彼女が側にいることで、皆、何かが少しずつ変わってきているのだ。
 彼らも、アサギの中に懐かしい故郷を見たのだろうか?
 俺たち全員が無くしてしまった、あの過去の思い出を。
 決して戻らないからこそ、取り戻したいと願う帰るべき居場所。
 
 
 今でも、迷うことがある。
 本当にアサギをあの村から連れ出してもよかったのかと。
 いくら俺たちのせいで、ああいう体になったのだとしても、他にも方法はあったはずなのだ。
 ラグであれば、渡した指輪よりももっと強力な魔具を作ることだって可能だ。
 平穏で穏やかに暮らしていけたはずなのだ。
 彼女が望んだのだとしても、俺たちの勝手な都合で彼女を振り回すのは躊躇われた。
 なによりこの旅に終わりはない。
 だが、彼女は大丈夫といって笑う。
 みんなと一緒にいると楽しいから大丈夫だと。
 俺はそれを聞く度に安心して―――そして、アサギがどこにもいかないということに安心するのだ。
 もしかすると、誰よりもアサギに―――無くした故郷に縋り付いているのは、俺自身なのかもしれない。


 きっともう失えない。
 俺たち4人が見つけた『帰るべき場所』。
 今の俺は、それを守るために戦い続けている。

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