勇者が村にやってきた

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  彼女の存在  

 アサギが一緒に旅するようになってから―――いや、彼女と会ってから、私たちは変わったのだと思う。
 ずっと5人でいたかのように、欠けた何かが埋まったかのように、しっくりとくるものがある。
 それは、まるで遠い昔に夢見た家族に似ている気がした。


 私には家族はいない。
 物心ついた時にはすでに神殿で暮らしていた。
 強大な魔力を持ち、将来は賢者となりうるかもしれないと預言されたせいで、生まれてすぐに親から引き離されたらしい。もっとも、そのことを知ったのは、随分後のことだった。
 結局、家族のことは誰も詳しく教えてはくれなかったから、今も生きているのか、それともあのひどい戦いのさなか死んでしまったのかもわからない。
 それでも、私は不幸ではなかったと思う。
 他の見習い神官たちのように外で遊ぶこともせず、神殿の中の限られた中での生活だったが、大人たちは皆優しかった。
 家族というものとは違うのだろうが、世話係の者たちは慈しみと愛情で私を育ててくれたのだ。
 孤独感がなかったわけではない。
 皆が『家族』を語る時の目差しは優しく穏やかで、それを持っていないことが寂しくて仕方なかった。
 神官には未婚のものも多いが、結婚してはいけないという決まりはない。
 結婚していなくても、見寄のない子供を引き取って育てているものもいる。だから、いずれは私も『家族』を持ちたい。
 いつのまにか、私はそう願うようになっていた。
 そのために、はやく独り立ちしたかった。見習いのままでは、家族を持つことは許されないのだ。
 そう思って努力した結果、やがて私は神官としての才能を開花させ、さらに高みを目指すため、賢者としての修行を続けた。
 修行は厳しいものではあったが、辛くはなかった。
 いつか持つ家族のために、誰よりもりっぱで強くありたかったのだ。
 淡く恋心を抱く相手もいたし、尊敬する神官たちもいた。生活は単調で、何か大きな事件が起こるわけではなかったが、時間は緩やかに流れ、誰もがこんな時間が永遠に続くものと信じていたのだと思う。
 だが、その全てはある日突然魔王によって奪われた。
 人間に戦いを挑んだ魔王が、真っ先に襲ったのが、私のいる神殿だったのだ。
 魔物は私を殺したかったのかもしれない。
 断定的ではあるが未来を予言し、魔物に対抗する力を持つ『賢者』。
 その称号を得ようとする私は、彼らにとっては邪魔な存在だったのだろうから。
 結果的に、燃える神殿から逃げ出せた神官は、ほんの数名だった。
 元々、魔力は持っていても、戦う力を持たないものがほとんどなのだ。
 神殿を守る騎士や兵士はいたが、圧倒的な数の魔物の前にはなすすべもなかった。援軍も間に合わなかった。仮に間に合ったとしても、あの状態では勝てはしなかったのだろうが。
 逃れた私も、他の神官同様、戦いなどまったく経験がなかったから、助かったのも、運がよかっただけなのだろう。
 今でも残るあの時の傷や火傷がそれを物語っている。
 傷は消せないわけではない。
 だが、目の前で自分を逃がすために死んでいった者たちのことを忘れないために―――ただ逃げることしか出来なかった自分を奮い立たせるために、敢えて消さなかったのだ。
 その後、私は死にものぐるいで賢者になるために修行した。
 同時に、自分自身の体も鍛えた。
 全てを奪った魔物を倒すために。
 そして、『賢者』となった私はその力を使って、仲間を捜した。
 魔王を倒す力を持った者を。
 

 けれども、ようやく探し当てた彼らは、皆暗い目をしていた。
 予想していたような、力強く光溢れた人間ではない。
 ただ復讐を誓い、明日を夢見ない、そんな悲しい目をした若者たちでしかなかった。
 彼らは故郷と大切なものを失ったのだと語った。
 魔王に復讐するためならば、命さえも投げ出しかねない様子だった。
 私はその時、悲しかった。何かを思うよりも、そんな感情が、胸を痛めた。
 魔王を倒した先に何があるというのか。
 それさえも見失った彼らを助けたいと思った。
 いや、彼らと共にあることで、私も救われたいと考えていたのかもしれない。帰る場所と仲間を失ったのは、私も同じだったのだから。
 だが、最初から、私たちは『仲間』であったわけではない。
 自分が神殿で習ってきたことは正しいことではあったが、それが常に正義となりうるわけではなかった。
 反対に、彼らは生きるために必死すぎて、目的のためには手段を選ばない時もあったのだ。そのせいで、最初の頃は、衝突もした。理想を押しつけるなと殴り合いになったこともある。
 それでも同じ目的のために旅しているうちに、徐々に私たちは互いを受け入れていったように思う。
 私にとっても、年の近い初めての友人、だったのかもしれない。
 それまで、声を荒げて怒鳴ることなどなかった。
 感情を露わにすることもなかった。
 今まで溜め込んでいた心の内をさらけ出すうちに、いつのまにか、私にとって、カークたちは大切な存在になっていったのだ。
 例え、どんな結果が待っていても、最後まで彼らと共にあろう。
 それが、初めて出来た友人に対する私の精一杯の気持ちだった。

 *  *

 北の山の魔物を倒すことになったとき、不思議な夢を見た。
 暖かな光が、進むべき道の先に見えたのだ。
 それは懐かしく優しい光で、見ているだけで心が凪いでいくようだった。
 予言というにはあまりにも曖昧なもの。
 それでも、きっとそこに何かあるのだ。
 その不可思議な思いは、アサギに会ったとき、確信に変わった。
 

 すべてが終わり、アサギを連れ出すことになった時、彼女に頼まれたことがある。
 自分のようなものが絶対に現れないように、結界をなるべく完全な形にして欲しいと。
 彼女は結界を魔物が抜けてきたことを気にしているのだ。
 これ以上、この村が荒らされることがないのを望んでいる。
「ここには、大切な人たちが眠っていますし」
 そう言って彼女が視線を動かしたのは、村のはずれにあるという墓の方向だ。
 そこには、彼女の両親や兄、幼馴染みの青年らが眠っているのだという。
 その目差しは、かつて神殿で私に『家族』のことを語った者たちと同じだった。
 私が欲しいと願った、あの優しい目だ。
 私が約束すると、彼女はその優しい目を、自分にも向けてくれた。
 それが何故か嬉しい。
 彼女の中で、自分が親しい者として認識されているのだという優越感のようなもの。そのことに喜びを感じるのだ。
 カークたちに対するものと似て非なるこの感情は、自分が欲しかった『家族』に向けるものと近いような気がした。
 だからカークたちと同じように、自分の側にいて欲しい―――そう願ってしまったのかもしれない。
 もちろん、アサギを連れて行くことに理由がなかったわけではない。
 アサギから力を得た魔物を目の当たりにして、彼女の存在は人間にとって危険だと判断したのだ。もしものことがあって、魔物に悪用されでもしたら、とんでもないことになる。
 魔物だけではない―――事実を知った人間がこの村を襲うかもしれない。
 そうなれば、また無用な争いがおこる。
 この穏やかな村が荒らされるのは、私にとっても本意ではない。
 ひどく居心地が良さそうにしているカークたちをも傷つけることになるかもしれない。
 それだけは避けたかった。
 だから、保護するという名目で私は彼女を旅に連れて行くようカークたちに言った。
 誰も反対しなかった。
 むしろ、それを私が言ったことで安堵したようにも見えた。
 彼らも、アサギが欲しいのだ。
 母のように、姉のように―――癒してくれることを彼女に望んでいるのだ。


 いずれ私が修復した結界も、綻ぶだろう。
 だがその何百年か先には、この村の人間の血は今よりももっと薄まっているはずだ。
 その時も、今と同じように穏やかな場所であって欲しい。
 アサギのそんな願いを叶えることが、自分自身の区切りになるような気もして、私はありったけの力を注ぎ込み、呪文を紡いだのだった。

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