今だから、正直に白状するけどさ。
体に一目惚れ、なんて、本当は嘘だった。
いや、体は気に入ったんだ。すげー好みだった。
適当に遊ぶにはいいかも、と第一印象で思ったのも事実だ。
うん、怒るかもしれないけどさ、今までの女と同じで、絶対途中で飽きるって思ってたんだよ。
なのにさ。なんだよ、この状況って感じだよね。
たかが、通りすがりの勇者一行だったはずなのに。
どうしてアサギはそこまで一生懸命頑張るのだろうと、俺の方が不思議に思ったんだよ。
見た感じ、料理好きってわけじゃなさそうなのに、朝は頑張っておいしいご飯作ってくれるしさ。
いつも布団はふかふかにしておいてくれるし、部屋もきちんと掃除してくれて。
でさ、帰ってきたら『おかえりなさい』って当たり前に言うんだよな。
宿屋や長期滞在させてもらってた屋敷で使用人たちが言う『おかえりなさい』なんかじゃない。
俺たちを利用しようとする人間が口にする『おかえり』とも全然違う。
仲間同士で言う『おかえり』に近いけど、でもちょっと何かが変だったんだ。
だいたい、俺って、仲間内の中で、一番地味なんだよ。
目立たない顔って自覚してる。
そのくせ目つきはあんまりよくないから、同世代とか年下には怖がられることも多い。
目をみて話してくれないって、わりと普通のことなんだ。
でも、アサギは違ってたよね。
覚えてないって、後から言っていたけど、アサギの態度は最初から最後まで、同じだった。
面倒なことをさせられてるーって顔を時々するくせに、だよ。
でも、その面倒は『村長に世話を押しつけられた』ということに対してで、俺たちを嫌がってのことではなさそうだから、余計に変な感じがした。
この村にだって、俺たちの評判は届いているはずなのに。
屋敷の裏でだって、最初はあそこまでするつもりはなかったんだ。
だけど、あんまり面白い反応するからさ。
ついつい、やりすぎちゃったんだよな。
それに、体だけじゃなくて、ずっと思ってたんだ。
おいしそうな唇だなって。ちょっと厚みがあって、形もよくて、吸い付きたくなるというか、そそられるというか。
そうなんだよ! あの口付けは甘かった。
いままでたくさんの女とそういうことはしてきたけれど、相性がいいのか、すげー気持ちよかった。
アサギの態度から、初めてじゃないんだろうってわかったから、俺より前に彼女の唇を味わった男に本気で嫉妬した。
初めての時は、どうだったんだろう。
恥じらったんだろうか。
絡める舌に怯えたんだろうか。
潤んだ目が俺を見ているのが、心地よかった。
ほんのりと染まった目元と、唾液で濡れた唇が妙に色っぽかった。
もう理性もなにもかもふっとんじまってさ。
あー、なんだろう。唇だけじゃなくて、もう全部味わいたいなって、思っちまったんだ。
明るくなかったら、間違いなく押し倒してただろうな。
そんな気分になっちまったんだよ。
でも、すんでの所で思い留まった。
もっと、ゆっくりと、親しくなりたい。できれば、俺に好意を持ってほしい。
そんな感情、生まれて初めて味わうものだったんだよ。
だから、あの時言った言葉は嘘じゃない。
じーちゃんになっても、俺、アサギが魔物に襲われないように、がんばるからさ。
ずっと側にいて欲しい……って、そこで笑うか?
今更真面目に言われても、遅い?
わかってるよ、順番が違うって言いたいんだろ。
そのあたりは、確かに反論できないんだよな。先に手を出しちゃったわけだし。
え、何?
俺のこと、好きとか嫌いとか関係なく、一緒にいるのは楽しい?
こうやってくっついているのも落ち着く?
いや、それは嬉しいんだけどさ。
なんだか釈然としない。
なんだか、俺の欲しい答えと違う。
違わない?
だったら、いい加減、本心教えてよ。本当は、俺のこと、どう思っているのか。
俺が、あんまり必死だったからだろうか。
俺の告白―――いや、訴えだろうか―――を聞いていたアサギは、何故か今、俺の腕の中で笑っている。
話の途中から、なんだか手の掛かる子供を見るような目をしていたのが気になるし、さっきだって、いちいち、出会った頃のことを持ち出して、突っ込んできたし。
やっぱり、話をはぐらかそうとしてるんじゃないか?
俺とのことは、成り行きで、本心は別のところにあるんじゃないか?
ちょっと拗ねたように言うと、アサギの手が伸びてきて、俺の頭を撫でる。
あれ?
子供扱いしてないか?
気持ちいいけどさ、恋人同士の仕種とは違うような―――もう1回文句を言おうかと思ったら。
アサギは俺の耳に唇を寄せて、小さな声で名前を呼んだ。
滅多に口にしない、俺の名前。
あれだけ、呼んで欲しいっていっても、なかなか言ってくれない言葉。
今ここでそれを言うのは、ずるい。
ずるいけれど。その後に続いた言葉が、俺に幸せをくれる。
それ、信じていいんだよな。
今、好きって、確かに言ったよね。
しつこく尋ねると、やっぱりアサギは笑って、ぎゅっと俺を抱きしめてくれた。
―――冗談とか、嘘ではないみたいだ。
ああ、なんだか、すごく幸せだ。
たくさん、たくさん、嫌なことがあって、毎日があんまり苦しかったから、時々、これは夢なんじゃないかと思う時がある。
魔王を倒したことも、カークたちと旅をしたことも、アサギのことも、全部妄想で、目が覚めたら、なんにもこの手には残っていないかもしれない。
だから、思うんだ。例えこれが夢だったんだとしても、どうか、永遠に覚めることがありませんように。
アサギやカークたちがどこにも行ったりしませんように。
その願いを、俺が寝る前に唱えるようになって、それほど日はたっていない。
だけど、こうも考えるんだ。
そう願えることこそが、幸せなこと。
きっと俺は、捜していた『何か』を見つけたんだろう。