風の啼く星2

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  [1]  

 降り立った宇宙港は、記憶にある風景と変わらず、浮ついた観光客で溢れていた。
 笑う者、大声で叫ぶ者、すでに酒に酔っている者。
 彼らの頭の中は、期待と、ほんの少しの恐れと、世俗から切り離された場所への興奮で一杯に違いない。
 そんな人ごみに混じり、この惑星唯一の都市へのゲートをくぐる。
 初めてこの星へやってきたときと変わらず、入るのは簡単だ。
 簡単な身体検査と身分証の確認。たとえ偽名をつかっていたとしても、追求されることはない。
 私が『誰』なのかが問題ではないのだ。
 必要なのは、現金。すべての観光客の価値はそれで決まってしまう。
 ここは、ネオンと、酒の匂いと、浮かれた生き物たちがあふれる快楽の星。さしたる産業のない星は、カジノなどの娯楽施設で成り立っている。
 治安を乱すことさえしなければ、金でなんだって手に入る所。
 一時の堕落を求めてやってくるものが歓迎される街なのだ。
 異星の生き物と戯れるのも、賭け事に明け暮れるのも自由。それ以上の違法すれすれの行為でさえ、互いの同意があれば、黙認される。
 適度に管理され、適度に不自由なドーム都市に存在するほとんどが、この星に住まうものではないのだ。
 だから、知らない。
 知ろうとしない。
 この星がどれほど過酷な自然条件を持っているのか。
 都市を覆うドームの外に出ると、そこは風が強く、緑の少ない砂の世界だ。
 夏と呼ばれる短い季節以外、常に砂嵐が吹き、空さえも見えない。
 観光客たちが知らないもうひとつの星の顔。
 生きていくだけで命を削られるような世界だ。
 認めたくないことだけれど、私が帰ることのできるただひとつの場所でもあり、この宇宙で一番憎んでいる場所でもあった。


 三年ぶりに見る街外れの路地は、相変わらず薄汚く砂埃が舞っていた。
 道端には酒臭い男や女がうずくまり、迷い込んだ観光客たちを眺めている。
 彼らは何もしない。
 怠惰な動きで、観光客たちが近づけば遠のき、遠のけば元の場所に戻る。
 外の惑星では、こういう場所はとても危険だとされていて、うっかり迷いこんだ私自身も危ない目にあったことがある。
 だが、この星の住人はあまり金に執着はしない。
 たった一日で、使いきれないような単位の金が落ちるこの星の住人の殆どがそうなのだと知ったら、他惑星の人間はどう思うだろう。
 貧富の差は確かにある。
 金を持つものと持たないものの生活レベルの違いは、おおむね他惑星と変わらない。
 だが。
 彼らが本当に必要なものは『金』では買えないものだ。
 私自身がかつてそうだったのだから、よくわかる。
『金』では手にはいらないけれど、生きていくためには絶対必要なものがある。
 この星の住人が、この星の生き物であるために、なくてはならないもの。
 本能と呼ぶのかもしれないし、欲望と呼ぶのかもしれない。
 それを得るために、彼らは生きている。
 少なくとも。
 私は自嘲気味に笑う。
 少なくとも私にとっては、それは快楽と紙一重の感情なのかもしれなかった。


 観光客たちも、薄汚く得体の知れない彼らを避けるように、足早に通りすぎている。
 それらに混じるようにして、私は目的の場所へ急いでいた。
 あまり時間はないのだ。
 三年もの間、他の惑星で生活してきたせいで、私の匂いは同胞からもわかりにくくなっているとは思う。
 それでも、昔馴染みが見れば、私が誰なのか一目瞭然だ。
 できれば、今は私を知るものには会いたくはない。
 会えば、かつて犯した罪で、裁かれることはわかっているのだから。
 この星で最大の禁忌を犯した私は、決して許されはしない。
 それでも、戻ってきたのには理由がある。
 それは、たったひとつ―――『彼』に会うためだった。


 目的の場所まで知り合いに会わなかったことに安堵しながら、私は崩れかかったビルの前で立ち止まる。
 見上げた建物は、私の記憶にあるものと、殆ど変わりがなかった。
 薄汚れた壁。
 曇って中が見えない硝子窓。
 誰も修理しようとしないのか、直しても無駄だと思っているのか、斜めに歪んだドアノブのそのままだった。
 ひっぱるようにノブを掴み、上に持ち上げながら、右へ捻る。
 開く、というより外れるという表現が似合う音とともに、扉は開いた。
 埃っぽい空気が溢れ出し、急に差し込んだ光に驚いたのか、小さな生き物が慌てて走り去る物音がする。
 三年前と変わらない様子に、苦笑した。
 やはり昔と同じように、この壊れかけたビルにやってくるものなどいないのだろう。
 誰かの目を気にしないですむだけでなく、立ち込める黴と埃の匂いで自身の気配が消されていることに安堵したせいか、私には辺りを見回す余裕も出来ている。
 かつてエントランスホールがあった1階の奥には、今は動かないエレベーターがあり、その横にある扉の向こうは、階段のはずだ。
 私は、床に散乱しているゴミを避けながら、扉へ近づく。
 記憶に間違いはなかった。
 少しさび付いたノブはすぐには開かなかったが、鍵は掛かってはいなかった。
 階段を上り、四階にある部屋の扉を開ける。
 幸いなことに、部屋の中は、それほど昔と変わっていなかった。
 最後に出て行ったときのままだ。
 誰にも会いたくないときに訪れた、私だけの隠れ家。
 あの頃と同じように、薄汚れたソファーに腰掛ける。
 一息ついたところで、私は目を閉じ、ほんのつかの間、疲れた体を休めることにした。
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