どんぐりが庭に転がっていた。
この辺りにはクヌギの木などはなかったはずなのに、まるでぶちまけたみたいに、あちこちにちらばっている。
いや、よく見ると、庭だけではない。縁側にも数は少ないが幾つか落ちていた。
「おかしいなあ」
思わず呟いてしまった。朝は確かになかったはずだし、まさか通りすがりに誰かが投げ入れたとも考えられない。
「何がおかしいんですか、宙さん」
居間でお茶を飲んでいたはずの椋一さんが、いつのまにか側に立っていた。
「何故、どんぐりが落ちてるんだろうと考えていたんです」
「どんぐり? ああ」
椋一さんが、両手を合わせてぽんっと叩いた。
「そういえば、ポケットに入れていたドングリがどこかにいったな〜と思っていたんですよ」
「はあ?」
いやいや、ちょっと待ってください。
ポケットにドングリ?
なんで、そんなものをポケットに入れているんですか、椋一さん。
「ここへ来る途中に見つけたんだけど、ほら、この間リスが来てたでしょ。食べるかな〜と思って」
そういえば、ちょっと前に椋一さんが「リスがいる」と面白がって眺めていたことがあった。
私は忘れていたけれど、彼は覚えていたんだろう。
「でも、こんなにあるなんて、いったいどれだけのどんぐりを入れていたんですか」
「ん〜、ポケットが破けるくらい? 家について庭をうろうろしている間に落としたのか、殆どなくなっていたんですよね」
薄手のジャケットを手に取って確かめながら、椋一さんが笑う。
そこは、笑うところじゃないと思うんだけどなあ。
「困りましたね、怒られてしまいます」
ポケットは、布そのものが破れているのではなく、どうやら縫い目がほつれているだけのようで繕えば大丈夫そうだった。
とはいえ、どんぐりをどういう風に詰め込んだらこうなるのかは謎だ。
「私が繕えればいいんですけど、これは無理ですね」
「宙さんの豪快な縫い目も見てみたいですけどね……あたた! 抓らないでくださいよ」
「一言多いからです」
確かに裁縫は苦手だ。
そういうのが何故か得意な陸おにいちゃんに教えてもらっても、あまり上手く出来たためしがない。
「大丈夫ですよ。得意な人がやればいいだけのことですから」
暢気にそんなことを言うけれど、結局やらされるのは陸おにいちゃんだ。心の中で、おにいちゃんゴメンと謝っておく。
「ところで、宙さん。リスは来てくれるでしょうか」
落ちていたドングリをひとつ拾って、それを手の上で転がしながら、椋一さんが心配そうに言った。
最近は、リスの姿を見ていない。
ここには食べ物がないと思ったからなのか、私が気がつかなかっただけなのかはわからないけれど。
「来てくれるといいですね」
秋になって、庭は淋しくなった。リスが覗いてくれれば賑やかになるかもしれない。
でも。
独りでそれを見ても、つまらないと思う。
余計に淋しい気持ちにもなるかもしれない。
リスを待つのならば、独りではなく二人がいい。
「宙さん」
持っていたドングリを庭に投げると、椋一さんが私の名前を呼んだ。
差し伸べた手が、私の手を握る。
「来てくれるかどうか、一緒に待ちましょうか。幸い今日は時間もあるんです」
もしかしたら、私の気持ちがわかってしまったのかもしれない。
あるいは、椋一さんも同じように二人がいいと思ってくれたのだろうか。
そうだったら、とても嬉しい。
「座りますか?」
縁側を指さして尋ねると、椋一さんが頷いた。
並んで腰掛ける。
本当にリスが来てくれるかどうかわからないけれど。
ゆっくりと傾いていく太陽と、どんぐりの散らばった庭を眺めながら、私はこういう時間がずっと続けばいいなと思っていた。