１． 一番乗り （中学生）
私が一番だよ。
振り返って告げると、あなたは笑っていた。
どんな時でも、あなたはいつも私の後ろで微笑んでいる。
守るように、慈しむように。
決して一緒には歩いてくれない。
どうして、隣に並んでくれないの？
言えない言葉を抱えたまま、私は今日も最初の一歩をそこに記す。
２． ジャンプ （中学生）
小さな川だから、ほんの少し勢いをつけて跳べば、向こう岸に渡れるだろう。
あなたはそんなことを言う。
そして、軽やかな足取りで、言ったことを実行してしまう。
向こう岸から、あなたは私に手招きしているけれど。
走れば常にビリで、跳べば転がる私に、ここを超えろと？
そんなの無理だよ。
泣きそうな顔で訴えると、彼は困ったように目を伏せた。
決して手を差し伸べてくれないことが、いつも悲しい。
３． 地図
手にあるのは、知らない場所の地図。
私を知らない人がたくさんいる場所。
いつかいけたらいいのにと思う。
私を嫌いな人も好きな人も、誰1人いない世界で、1人で過ごす。
言葉にすると、ひどく魅力的な気がしてきて、「いつか」の未来を想像してみる。
1人で生きていくことなんて本当はできないくせに。
心の中で、臆病な私が嗤った。
４． 紙ひこうき
大好きなあの人は、私の側にはいない。
私とよく似た「誰か」と一緒にいる。
大人だと認められたあの日から、私とあの人の道は別れてしまった。
最後に触れた指先が恋しくて、眠れない。
紙に「好き」と書いて、飛行機の形に折って、空に向かって飛ばした。
この想いが、どうかあの人に届きますように。
５． てっぺん （小学生）
少女が、俺に尋ねる。
「あそこにいる人は誰なの」
高いビルを指さして、無邪気に笑う姿は、何も知らない無垢なもの。
世の中の汚いことも醜いことも知らないから、笑っていられるのだと俺は知っている。
「えらい人たちが、いるんだ」
この都市で一番高いビルに住む、一番尊ばれるはずの人々。
けれど、誰よりも孤独で悲しい人たちだ。
「時々泣いているように見える人がいるの」
真実を言い当てた少女に、俺は黙って微笑んだ。
本当のことを見抜くのは、いつだって無垢な魂なのかもしれない。
６． しょんぼり
姉に会いに行きたい。
そんなことを言ったら、ひどく怒られた。
私と姉の立場は、昔とは違うという。
生まれた時は一緒だったのに、どこで違ってしまったのだろう。
姉に会いたい。
そんな些細な願いさえ叶えられない世界なのに、私の気持ちだけ残して時間は過ぎていく。
７． 波 （大学生）
海というものを、初めて見た。
淡く白い泡のような筋が、幾つも砂浜に押し寄せ引いていく。
いつまで見ていても見飽きないと誰かが言っていたけれど、本当のことだったのだ。
『あなた』にも見せてあげたい。
けれども、ここに『あなた』はいない。。
いつか二人で見ようと言った海に、私は1人でやってきた。
1人でも、まっすぐに前を向いて歩いていけるのだと、私はもう知っている。
８． くだもの
滅多に見る事の出来ない赤い果物が目の前に置かれていた。
遠い異国の食べ物で、甘くて美味しいのだそうだ。
私のためにわざわざ取り寄せたものだという。
幼い頃は、珍しい食べ物は姉と分け合って食べていた。
美味しいという感情も、幸せな気持ちも、二人で同時に味わった。
けれど、今は1人。
誰もいない部屋で、壁を相手に食事をする。
1人で食べても美味しくない。
半分だけ食べて、いない姉の名前を呼んだ。
９． パズル （小学生）
お土産は、初めて見るものだった。
同じようでありながら、微妙に形の違う色とりどりの破片が箱いっぱいに詰め込まれている。
これを組み合わせると、一枚の大きな絵になるのだという。
やってごらんと笑う青年にお礼をいうと、私と妹はそれを机の上に広げた。
幼い私たちには難しかったけれど、たくさんの破片は綺麗で、それが少しずつ絵になっていくことに夢中になった。
出来上がったのは海の絵で、私たちはいつか一緒に見ることが出来るといいねと話した。
まだ二人でいた頃の大切な思い出。
１０． 映画 （高校生）
映画を見たいと、君が我が儘を言う。
一人で見てもつまらないから、あなたもついてきてと言う。
君はいつも唐突で、俺の都合はおかまいなしだ。
それでも付き合ってしまうのは、愛しいからなのか同情からなのか。
皆が泣いている話題の映画に、君は「やっぱりつまらない」とため息をついた。
一緒に映画を見たい相手は、本当は誰？
聞けない言葉を抱えたまま、俺はただその背中を見つめている。
１１． 早起き （大人になった頃）
早朝の散歩が日課になったのは、私が妹と離れてからだった。
まだ誰も起きていないから、見つからずに、妹が住む場所に近づける。
同じ敷地内に住んでいるのに、会うためには面倒な手続きが必要なんて、絶対おかしい。
妹は忙しいと皆は言う。
私みたいなつまらない人間に関わっている暇などないなんて、結構ひどいことを言ってくれる。
がんじがらめにしがらみで縛りつけ、腫れ物を扱うように接している癖に。
だから、私は苦手な早起きをして、妹に会いに行く。
私は元気だよ。
ちゃんと頑張っているよ。
その姿を見せるために。
屋敷の中からほとんど出られない妹の顔は遠いけれど、大好きがちゃんと届いているのは互いが交わす笑顔でわかる。
いつかあなたが解放されるまで、私は朝の散歩を止めないのだろう。
１２． 北風 （小学生）
窓を揺らす風の音を、手を繋いだままの私と姉は聞いていた。
今年は、例年にないほどの寒波らしい。
冷たい北風が運んでくるのは、白い雪。
窓の外は真っ白で、何も見えない。
しばらく見ていない青空が恋しいけれど、世界が白く染まるのは面白かった。
明日は晴れるといいね。
そうしたら、二人で雪だるまを作ろう。
小さな約束を交わして、私たちはベッドに潜り込んだ。
１３． ひとみ
小さい頃、お互いの瞳に相手の姿が映るのを眺めるのが好きだった。
似ているけれど、違う顔。
違うけれど、どこか似通った顔。
同じではないことが嬉しくて悲しかった。
今は離されてしまったけれど、いつか絶対にあなたを取り戻そう。
１４． 鏡 （大学卒業後）
久しぶり。
はにかむように笑いながら、あなたは言う。
元気だった？
照れたように笑いながら、私は言う。
鏡を見るように向かい合って、お互いのおでこをひっつける。
「二人で一緒にいるために、闘おう」
久しぶりに会った私たちは、誰にも聞こえないように、そう誓いあった。
１５． おんぶ （高校生）
恥ずかしいから、やめて。
そう言って、背中の彼女は俺の頭を叩いた。
見えないけれど、真っ赤になっているのだろう。
たいしたことはないと言ったけれど、そんなに酷く足を挫いて歩けるはずがない。
まさか、お姫様抱っこなんて出来ないだろう？
俺が言うと、彼女は黙った。
こんなことでもないと触れあうことの出来ないほど、俺と彼女の距離は遠い。
１６． 水たまり （高校生）
雨はもう止んだのに、傘を閉じることが出来ないのは、あなたの顔を見たくないから。
どうして？
質問に答えはない。
どうして、あの子なの？
一緒に生まれたはずなのに、力の有無で引き離される。
私は自由なのに、あの子は一生籠の鳥。
代われるものなら代わりたいなどと、簡単に口に出来ないくらいあの子の責任は重い。
他の誰にも言えないから、怒りも悲しみもあなたにぶつけた。
傷つくと判っていて口にした言葉なのに、あなたの悲しい顔を見るのは辛かった。
我が儘な私など、見限ってくれればいいのに。
俯いた先にあった水たまりにあなたの顔が映っている。
こんな私に優しい顔を向けないで。
１７． 迷路
いつかここから抜け出せるのかなと、ふと思う。
迷ってばかりで出口は見つからず、同じ所をぐるぐると回っているような気がする。
諦めないのは、希望がまだ捨てられないから。
１８． サンダル （中学生）
おいで。
呼びかけながら、手招きをする。
サンダルを片手に持ったまま、窓から飛び出したのは茶色の髪の少女。
窓から体だけ乗りだして、困ったような顔をしているのは、黒い髪の少女。
俺がプレゼントしたお揃いのサンダルは、一方は使い込まれ、一方は新品のままだ。
使わなければ、もったいないと片方が言う。
もったいなくて、使えないと片方が言う。
よく似た顔立ちなのに、性格も考え方もまったく違う二人は、俺にとってはどちらも同じで守らなければならない存在だった。
それなのに。
いつのまにか、俺の元にまっすぐに飛び込んでくる少女の方に恋をしていた。
１９． 手紙 （大学生）
お元気ですか？
そちらにかわりはないですか。
そこまで書いて、私は便箋を丸めてしまった。
彼と離れて初めて書く手紙は、何度書き直しても上手く書けない。
メールだったら、もっと簡単なのに。どうでもいい手紙だったら、すぐに書けるのに。
どうして、大好きな人への手紙は難しいのだろう。
２０． 後かたづけ （小学生）
「おもちゃを出しっぱなしにしているのは誰だ？」
俺が怖い顔をして、少女たちを睨むと、きゃあきゃあ言いながら、部屋中を駆け回りはじめた。
世話役兼護衛として選ばれたその日から、俺の毎日は戦いだ。
大体、女の子相手に、何をして遊べばいいんだ？
人形遊びは嫌だという。
かくれんぼは、３人でやると面白くないという。
頻繁に外に出すわけにもいかないし、屋敷の中でも、彼女たちが自由に過ごせる場所は限られている。
結局、部屋中にぶちまけられたおもちゃを片付けさせようとするたびに、毎回大騒ぎだ。
ちっとも言うことを聞いてくれない二人に向かって、いけないとわかっているのに切れてしまった俺は怒鳴った。
「ちゃんと片付けないと、おやつは無しだぞ！」
とたんに静かになった二人を見ながら、前途多難な今後のことを思い大きなため息をついた。