ほのぼの100題 その2

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  21−40  

21. ふかふか  (大人になった頃)
 お日さまの匂いがする。
 うっとりと目を閉じて、彼女は取り込まれたばかりの布団にほおずりをした。
 いつもと違い、今日の彼女の雰囲気は柔らかい。
 ふわふわでふかふかで、気持ちいいの。
 潤んだ目で見上げられて、俺は、必死で自分の中の欲望と闘った。

22. 聞いちゃった!  (高校生)
 最近出来たお店のケーキが美味しいらしい。
 通りかかった廊下で、そんな声を聞いた。
 女の子たちに大人気なのだとか。
 もし私が欲しいといえば、きっとすぐに手元に届くのだろう。
 そんなことをして手に入れたケーキが本当に美味しいのかどうか、わからないけれど。

 その日の夜、姉がこっそりと忍び込んできた。
 手には、大事そうに箱を抱えている。
「このケーキ、おいしいって聞いたから一緒に食べよう」
 噂のケーキが食べられるよりも、叱られるのを承知で来てくれる気持ちの方が嬉しい。

23. ひなたぼっこ  (大人になった頃)
 猫が日向で寝ている。
 俺の隣にいた彼女が、暢気な顔だと笑う。
 気持ちいいんだろうね。
 羨ましそうに言う彼女は、そのまま猫と一緒に眠ってしまいそうだった。

24. 背比べ
 小さい頃は同じ身長だったのに、いつのまにか、私の方が背が高くなっていた。
 一緒に育てていた向日葵は、姉の方が大きくなった。
 拾ったどんぐりは、同じ木から落ちてきたはずなのに、並べてみると、高さはばらばらだった。
 同じ日に生まれても、同じ親を持っていても、まったく同じなわけじゃないことが、不思議で面白いと、素直に思った。

25. お気に入り
 窓際に椅子を持ってきて、その上にクッションを置いて座る。
 コーヒーと、チョコレートケーキを用意して、窓の外を眺めながら、本を読む。
 ほっと一息つく大好きな時間。

26. しりとり  (小学生)
 すぐ「ん」がつく言葉を言ってしまうのは、茶色の髪の少女。
 言葉はたくさん知っているけれど、うっかりミスが多いのが黒髪の少女。
 間違えるたびに、お互いに怒ったり拗ねたり笑ったりと忙しい。
 見ているとあきないから、俺はつい言ってしまう。
「しりとりでもするか?」
 少女達は、嫌そうな顔をするけれど、結局は俺の提案通りに遊ぶことになる。
 彼女らとする言葉遊びは楽しい。

27. 虹  (高校生)
 届きそう。
 窓から身を乗り出す私をあなたがたしなめる。
 わかっているけれど、雨上がりの町を彩る、あの虹を取ることができたら、どこへでも飛び出していけそうな気がするの。
 虹なんてなくても、私がいつかあなたをここから連れ出してあげる。
 私の言葉に、あなたは優しく笑ってそう言った。 
 
28. おかし  (高校生)
「何作っているんだ?」
 台所に漂う甘い香りに何かが焦げたような匂いが混じっているのに気がついて、俺は彼女に声をかけた。
「見て判らない?」
「ああ」
 俺にわかるのは、チョコレート色をした物体が、ぶすぶすと音を立てながら、焦げている様子だ。
 見たところ、それはオーブンレンジから出したがばかりのもののようだけれど、レンジで調理して、あんなに焦げるものなんだろうか。
「わからないんなら、あっちに行ってよ」
「……チョコレートケーキ?」
 たぶんそうだろうと言ってみると、彼女の顔はしかめっ面になった。
 俺が疑問系で尋ねたことがお気に召さなかったらしい。
 もし、今「食べられるのか?」なんて聞いたら、ビンタくらいされるんじゃないだろうか。
 俺の態度で言いたいことはわかったのか、だってもうすぐ14日だから練習したっていいでしょうと、怒ってしまった。
 そういえば、来週はバレンタインデーだ。屋敷で働く女の子たちが楽しそうに誰にあげようかと話していたことを思い出す。
「あなたなんかには、あげないんだからね」
 そんなふうな拗ねた顔も可愛いと思う俺も、どうかしている。

29. へんてこ  (高校生)
「で、ちゃんと上手く出来たの?」
 人に見つからないように私の部屋にやってきた姉は、焦げ茶色の、変形した丸い物体を前にため息をついた。
「味は悪くないと思うのよ。だけど、形がね」
 困ったように私を見上げる姿は、怒られた子供のよう。
「あなたに教えてもらったように作ったのに、どうして綺麗に出来ないんだろう」
 確かに姉の作った料理やお菓子は、味はともかく形は悲惨なものが多い。
 今だって、目の前にあるチョコレートケーキ(のはず)は、丸い型に入れられて焼かれたはずなのに、妙な形になってしまっている。
「気持ちがこもっていれば、大丈夫だって」
 これを食べさせられる相手は、例え炭のようになってしまっていても喜んで食べることくらい知っている。
 愛されている姉が、少しだけ羨ましかった。

30. 鍵  (大人になった頃)
「何やっているの?」
 聞かれて私は苦笑する。
「ロッカーの鍵を落としたの」
 バッグから取り出す時に転がった小さな鍵が見つからなくて、私はさっきから地面にはいつくばっていた。
「一緒に探してやるよ」
 優しいあなたは、迷うことなく地面に手をついてあちこちを見始める。
 もう諦めようと思っていたところなのに、そんなあなたにいいといえなくて、私はもう一度地面に視線を落とした。
「あった」
「見つけた」
 道路の隙間に挟まるようにして落ちていた鍵を見つけて、同時に声を出す。
 嬉しくて顔を上げたら、すぐそこにあなたの顔があった。
 鍵は見つかったのに、あまりの近さに私たちは動けなくなる。

31. 原っぱ
 久しぶりに外に出た。
 まったくの1人ではないけれど、屋敷の敷地内ということで、目にはいる場所には人はいない。
 ごろんと寝転がると、草の匂いが強くなった。
 綺麗に整えられた庭と違い、雑草だらけのこの場所に来ると何故か落ち着ちつく。
 煩わしいことを言う人間が来ないとわかっているから、余計にそう思ってしまうのかもしれない。
 澄んだ空に白い雲が流れるさまは美しく、見ていると泣きたくなった。
 美しく平和なこの世界は、いつからか、誰かの犠牲の上にしか成り立たなくなってしまったのだ。
 人には重すぎる力を持った人間の助力なしでは、世界は簡単に均衡を崩してしまう。
 それでも。
 大事な人を守るために闘う「誰か」は、それを「犠牲」などとは思わないのかもしれない。
 世界がこんなにも綺麗で悲しいのは、そういう気持ちが反映しているせいなのだろうか。
 ふと、そんなことを思った。

32. かんちがい  (高校生)
「お前、あの護衛対象の片割れ、あきらかに贔屓しているよな」
 同僚にそんなことを言われて、俺は飲みかけていたコーヒーを危うく吹き出してしまいそうになった。
「子供なんだから、仕方ないだろう」
 そう。
 相手は思春期まっさかりの少女だ。いろいろ難しいお年頃で、ほっとくと何するかわからないから、心配してるんだよ。
「何、勘違いしてるんだ。子供には、優しくしてやらないといけないんだよ」
「過保護と優しいは違うだろ」
「同じだろ」
 もちろん、俺だって、同じじゃないことくらいわかっている。
「噂になってるぞー。お前が骨抜きだってな」
 誰だ、そんな変な噂を流している奴は。
「ま、一応、そりゃ勘違いだろって否定しといてやったがな」
 当たり前だ。
 仕事とプライベートはきっちりと分けているつもりだ。
 例え、本当に骨抜きになっていたとしても、それで仕事をおろそかにするだなんて、プロとして失格だってことくらいわかっている。
「でも、エリートコースに乗っかっていて、出世間違いなしのお前が、将来の幹部最有力候補の護衛をはずれてさ。何の力もない、ただおえらいさん候補の身内ってだけで、彼女の成人後も護衛につきたいって当主に願い出れば、疑りたくもなるんじゃないか」
 古い友人でもある彼は、それなりに心配してくれているのかもしれない。
 確かに、護衛の申請をしてから、それまで近寄ってきた女性や、幾人かの友人は離れていった。それを悲しいとは思わなかったが、利害関係だけで友人関係を続けていたのかと思うと複雑な気持ちにはなった。
「実際問題、おえらいさんよりも、そいつらの大事な身内の方が危険にさらされる確立は高いわけだから、お前の選択は、別におかしなことじゃないと思っている。というか、そういうふうに、皆には説明しているよ」
「悪いな」
「悪いと思うなら、正々堂々と胸をはってろよ」
 苦笑する彼は、それ以上深いことは聞いてこなかった。
 俺自身も真実を口にするつもりはない。
 だって、言えないだろう?
 守りたい理由。
 それは、10歳以上も年下の少女に真剣に恋しているからだなんて。

33. 帽子  (小学生)
「こらー、ちゃんと帽子を被れ!」
 外に出るため用意した帽子を、幼い双子は鬱陶しいなどと言って被らなかった。
 散々追いかけ回して、ようやく被らせた時の俺は汗まみれだ。
「日差しを遮るためなんだから、仕方ないだろう。紫外線は意外に怖いんだぞ」
 二人を叱ると、片方はおとなしく頷いたが、もう片方は不満そうにしている。
「だって、あなただって、被らないじゃないの」
 小さな体を精一杯反らして、茶色の髪の少女が文句を言った。
「俺はいいんだよ」
「そんなの変!」
「変じゃない」
「あなたが被らないなら、私も被らない」
「屁理屈を言うな」
「屁理屈じゃないもの」
「いーや、屁理屈だ」
 こつんと頭を叩くと、少女はべーっと舌を出す。
 そんな彼女に「被った方が可愛いのになー」とにやりと笑って言ってやると、動きを止めた少女は、ぽかんと口を開けて俺を見上げた。
「その帽子ってさー。俺が選んだんだ。絶対似合うと思ってな」
 もう一言添えると、少女の顔は真っ赤になった。
「可愛くなんか、ないもん!」
 そう叫んで、俺の足を思い切りよく踏みつけてくれたけれども、その後、少女が帽子を脱ぐことはなかった。

34.仲間  (高校卒業間際)
 世界と戦うと、彼女は言う。
 自分の大切な人を閉じこめるものと戦うと、彼女は言う。
 そのために、しばらくは1人で生きてみると、二人は告げた。
 その決意は俺が何を言っても変わらなかった。 

 彼女らが、それぞれの目的のために今は戦うというのなら、俺は君たちを見守ろう。
 いつか俺が必要とされる、そんな日が来るかどうかわからないけれど、俺も君たちが幸せになるために戦おうと思う。
 どんなに離れていても、俺にとって君たちは同じ目的に向かって進む仲間だということを忘れないで。

35. 石ころ  (中学生)
「変な形」
 私の目の前で、姉が白い石を拾ってそう言っている。
 ポケットから黒いペンを取り出すと、短い線を2つ、その下にへの字を書き加えた。
「怒ったアイツの顔」
 そう言って私に見せた石の顔は、どこか愛嬌があって、思わず笑ってしまった。
「なんで笑うの?」
「似てないから」
 正直に言ったのだけれど、姉は不服そうだ。
 彼女の部屋に、いろいろな表情の(私からすれば似てない)男だいう石が幾つかあるのを思い出し、「ああ、姉は世話役のあの男のことが好きなのだな」とぼんやりと思った。

36. いいつたえ
 遠い昔、世界は一度壊れたという。
 大きな戦争が起こったあと、傷ついた世界には恐ろしい生き物や厄災が溢れたという。
 世界を守るために人々は立ち上がり、やがて、魔物や厄災を鎮めることが出来る血筋を作り上げ、ようやく世界は平和になった。
 今でも、力を持つものが、この世界を守っていてくれる。
 そんな話を聞いたのは、まだ両親と暮らしていた頃。

 ずっとそれは自分には関係ないことだと思っていたのに、ある日現れた人が、私たちを血という鎖で知らない世界に縛り付けた。

37. たいくつ  (幼い頃)
 えらい人が倒れたから、今日のお外は危険なのだという。
 えらい人は、世界に怖い事が起きないように常に見張っているから、病気にでもなってしまうと、見張りが出来ず、大変なことになるのだという。
 だから、今日は危険で、外には出られない。
 テレビは同じニュースしかやっていないし、電波状況が悪いから、時々映らなくなる。
 平日だから、いつも見るアニメもやっていなかった。
 ごろごろしていると怒られるし、勉強は嫌いだから、やりたくない。
「お仕事忙しいから、病気になったのかな」
 妹がテレビを見ながら言う。
 そういえば、お父さんがこの間病気になったとき、お母さんが「仕事のしすぎだ」と言っていたっけ。
「そうかも。えらい人って忙しいんだよ」
 先生が言っていたことを私は口にする。
「その人が早くよくなるといいね」
「そうだね、そうしないと外で遊べないよ」
 早く偉い人の病気が治りますように。
 妹と二人、そう空に祈った。

38. 星くず  (小学生)
「スターダストって名前なんだって」
「へー」
 テーブルに張り付くようにして顔を寄せていた双子が、こそこそと話している。
「ひとつ、千円もするんだって」
「たかーい。こんなにちっちゃいのに」
 余った珍しいお菓子をもらってきた俺が、双子にそれを渡したのは10分前だ。
 半透明の生地の中に、色とりどりの欠片が鏤められた綺麗なお菓子を双子たちは気に入ったようだった。
「でも、ひとつしかないんだよね」
 そういって、双子が俺の方を見る。
「あー、仕方ないな。半分に切ってやるよ」
 俺がそう言うと、双子は同じように首を傾げる。
「二つじゃなくて、三つだよ」
「は?」
 一瞬、何を言っているのかわからずに、俺は間抜けな顔をさらしてしまった。
「だーかーら。一緒に食べようよ」
 二人に袖をひっぱられて、俺はそのままテーブルの前に座らされてしまった。
 お菓子は、名前のように小さくなってしまったが、俺は双子に受け入れられたような気がして嬉しかった。
 
39. じゃんけんポン!  (小学生)
 せーの!
 というかけ声とともに、私たちは同時に背中に回した手を出した。
「あ、負けちゃった」
 妹はグー。私はチョキ。
 一発勝負という約束だったから、仕方ないけど、ちょっと悔しい。
「じゃあ、最後のひとつは私のだね!」
 妹は、嬉しそうにひとつ余っていた手作りクッキーを口に頬張る。
 おいしかったから、もうひとつだけ食べたかったのになあと、私はため息をついた。

40. のりもの  (大人になった頃)
「ねえ、これ、変な音してるけど?」
 やたらと大きな音のするエンジンに、彼女が眉をしかめる。
「それに、これって、冷房も効かないのね」
 開け放たれた窓から入ってくる風で、髪が乱れないように押さえながら、彼女の視線がこちらに向いた。
「こういう車に乗っているときに襲われたら、助からないかも」
 遠出をするときは、いつも防弾硝子付きの高級車に乗っている彼女は、不安がるというよりも、面白がる口調でそう言った。
「こんな車で出かけたなんて知れたら、あなた、減俸されるんじゃないの?」
 言わないけどね、と彼女は笑う。
「でも、それよりも先に壊れそうな気がする」
 道は悪くないはずなのに、やたらと揺れる車に対する彼女の感想はそれだった。
 もっとも、俺は珍しい旧世代の車を運転することに夢中で、殆どに生返事を返してしまった。
 それが気に入らなかったのか、彼女の白い手が伸びてきて、俺の太ももをつねる。
「返事くらいしなさいよ」
「何するんだ。危ないだろ!」
 危うくアクセルを踏みすぎるところだったじゃないか。
「だって、運転に一生懸命で、話してくれないんだもの。退屈」
「悪かったよ」
「本当に反省してる?」
 してます、してます。だから睨まないでくれと言った先から、俺の神経は車の操作に戻っている。
「もう、また生返事だし。仕方ないな」
 それきり、彼女は黙り込んだ。
 けれど、しばらくして、彼女の視線が、窓の外ではなく、俺の方を見ていることに気がついた。
「何?」
「車でドライブなんて、普通の恋人同士みたい。そう思ったの」
 そういえば、二人きりで出かけるのは久しぶりだった。
 日常生活での俺たちは、護衛と護衛される者の関係だ。付き合いが長いぶん、普段の会話や行動はくだけたものとはいえ、超えられない一線は確かにあった。
 本当は互いをどう思っているかなんて、伝えあったわけじゃない。
 これからだって、打ち明けるかどうかもわからない。
 なのに。

 ねえ、車の中でキスするって、どんな感じ?

 砂糖菓子よりも甘い誘惑に、俺は運転を誤らないようにすることで精一杯だった。

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