ほのぼの100題 その2

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  41−60  

41. かいじゅう  (幼い頃)
『それなあに?』
 姉が、私の前に広げられた画用紙を指さして尋ねる。
『かいじゅう……だと思う』
 白い紙の上に描かれているのは、黒と赤と黄の色が入り交じった奇妙な生き物。
 見ていて気持ちの良い物ではないとは思う。けれど、どうしても心のうちに秘めておくことが出来ず、はき出すように画用紙の上に描いてしまったのだ。
『いつも描く絵と違うよ』
 眉を潜めた姉は不安な顔をする。
『だって、いたんだもの』
 幼稚園からの帰り道で見たのだ。
 一匹だけじゃなくて、たくさん。
 だけど、行きも帰りも一緒のはずの姉は、一度もそんなものを見たことはないと言う。
『どこで見たの?』
『……どこにでもいるよ』
『いないよ?』
 不思議そうに首を傾げる片割れの姿に、私はその時、初めて『かいじゅう』は自分にしか見えないのだと気がついた。
 だって、すぐそこにいるのに。
 どうして彼女には見えないのだろう?
 私はおかしいんだろうか?
 そう問い返したい衝動に駆られたが、怖くて聞けなかった。もし変なのは自分だったらと思うと怖い。
 そう思ってしょんぼりとしてしまったら、柔らかいものが手に重なった。
 自分と同じくらい小さい手。片割れの手だと気がついて顔を上げると、自分とよく似た少女の姿があった。
『怖いの?』
『……うん』
 小さな声で答える。
『あのね』
 重ねられた小さな手が、ぎゅっと私の手を握った。
『だいじょうぶだよ。かいじゅうが襲ってきたら、私が守ってあげる』
 見えないのに、どうやって守るというのだろうと思ったけれど、その言葉がとても嬉しかった。

42. 手をつなごう  (大人になった頃)
 建物の中は、真っ暗だった。
 元々窓がないのだから、明かりが消えてしまえば、そうなるのは仕方がない。
 わかっているのだけれど。
「非常用の灯りもつかないっていうのは、おかしくない?」
 どこかにいるはずの彼に向かって声をかける。
「トラブルか?」
 声は近いが、距離はわからない。
 しばらくすると、少し離れた場所に、淡い光が浮かんだ。携帯電話の光だと気がついたのは、彼がそれで外部に連絡を取っている姿が薄明かりの中確認出来たからだ。
 自分の携帯が、テーブルの上に置いたはずのバッグの中だったのを後悔する。私の足下は暗く、彼のところまで行くのは大変そうだった。
 それでも、じっと待っているのも嫌だから、その光を頼りに、そろそろと彼に近づく。
 1人でいるのなんて、冗談じゃない。
 ここは初めての場所だから、どこに何があったのかうろ覚えだけれど、用心しつつ進めば大丈夫だろう。
 けれども。
 もう少しで近づく、というところで、通話が終わり、彼が携帯を閉じた。
「あ、ひどい」
 再び真っ暗になってしまった視界に、抗議の声を上げる。
「せめて、私が近づくまでは、そのままにしていなさいよ」
 勝手な言い分だとわかっているけれど、本当にあと少しだったのだ。
 もしかしたら、手を伸ばせば触れられる距離だったのかもしれないが、手の先に誰もいないことが怖くて、私は動けずにいる。
「電気系統のトラブルらしい。復旧にはそれほど時間もかからないから、動かないでいてほしいってさ」
 彼が連絡をとっていたのは、この建物の主か、セキュリティ担当の誰かかもしれない。
 ここへ来たのは、仕事絡みだったのに、トラブルに巻き込まれるなんて、本当についていない。
「あのな、動かずにいてくれれば、俺がそっちに行くから、こういう時はじっとしてろ」
 すぐ近くで、彼の声が聞こえた。いつのまにか、彼の気配は私の隣に移動している。
「そんなの待っていられない」
 暗い中、待ち続けるのは嫌だ。例え、それが数秒でも。
「だって、怖いもの」
 部屋に二人きりだとわかっていても、暗闇は怖い。暗闇の中にいると、どこからか知らない誰かが現れて、捕まえられてしまいそうな気がする。
「わかってるよ」
「わかっていない」
 わかっていたら、電話なんかしてないで、すぐに来てよ。
 そう思ってしまう自分の気持ちが情けなかった。
「わかっている。悪かった」
「謝らないでよ」
 ほんとはわかってる。我が儘を言って彼を困らせているのは私だ。
 もう大人なのだから、我慢しないといけないことはたくさんある。
「もう、お前を暗闇の中、1人で泣かせたりしない」
 ごつごつとした指先が、私の手に触れた。
 包み込むように繋がった温もりに、恐怖が薄れていく。
「……泣いてないから、大丈夫」
「そうか」
 暗闇だから、互いの顔は見えない。
 そのせいかもしれない。
 いつもは遠く感じる彼が、今日はとても近かった。
 明かりがつくまでは、どうかこのまま繋いだ手を離さないで。

43. 裏返し
 私と彼女は正反対だ。
 特殊な力など持たない彼女と、普通じゃない私。
 何かが起こった時に、飛び出して行く彼女と、立ち止まって考える私。
 大切なものは全力で守ろうとする彼女と、守るために何が出来るかをまず考える私。
 何もかも違っているのに、私たちは一緒にこの世に生を受け、互いが大切すぎて、離れることさえできない。
 まるで裏と表のような存在だと思った。

44. 待ちあわせ  (中学生)
 屋敷の屋根裏部屋は、普段使われていないせいか埃っぽかったけれど、思ったほど汚れてはいなかった。
 足音がしないように、そろそろと歩きながら、先に来ているであろう姉の姿を探す。
「おそーい」
 きょろきょろしていると、姉が、頬を膨らませて物陰から顔を出した。
「見つからないようにするのが大変だったの」
 声を潜めて返事をしながら、姉の側に滑り込む。
 姉が、抱えていた毛布を広げ、私と自分をくるむように包んでくれた。
「で、首尾はどうだった?」
 姉が小声で尋ねてくる。
「ばっちり」
 そう言って、私は手に持っていた袋を開けた。
 中には、普段から食べてはいけませんと言われている、町のスーパーで売っているお菓子が詰め込まれていた。
「すごーい」
 感心して、袋の中を引っかき回し始めた姉を呆れたように見てから、今度は私が尋ねた。
「そっちこそ、どうだったの?」
「もちろん、ばっちりだよ」
 側にあった袋を引き寄せると、姉は中身を私に見せる。
 その中には、「体に悪い飲み物」と言って、中々飲ませてもらえない甘いジュースが数本入っていた。
「これ飲みたかったんだ」
 どぎついオレンジ色をしたペットボトルを取り出すと、私は蓋を開ける。
 姉の方は、ピンク色の砂糖がまぶしてあるクッキーをすでに頬張っていた。
 甘さが口に残るけれど、やっぱり美味しいねと、感想を言い合いながら、私たちは見つからないように学校帰りに購入してきたお菓子を楽しんだのだった。
 
 こうやって世話役件護衛の目をごまかして、夜に姉と待ち合わせするようになったのは、数ヶ月前。
 あまりにも五月蠅い彼を出し抜いてやろうという姉と私のささやかな抵抗。
 もちろん、見つかったら大変なことになるのだけれど、この小さな幸せをなくすのは嫌だなと思った。

45. 大好物  (大人になった頃)
「ねえ、あなたって、どんな食べ物が好きなの?」
 読んでいた雑誌から顔を上げると、彼女が俺に聞いてきた。
「考えてみれば、あなたって、何でも食べるけど、おいしいとか、これが好きとか、そんなことを言うのを聞いたことがない」
「基本的に、食べられるものなら、なんでも食べるし、嫌いなものはないからな」
「それって、特に好きなものはないってこと?」
 眉を潜めて、彼女が問い返す。
「そういうことになるのかな」
「そう? せっかく好きなものを使って料理を作ってあげようと思ったのに」
 残念そうに言う彼女に、俺は苦笑した。
 彼女の料理の腕前は微妙だ。味はそれなりに美味しいのに、見た目が少々よろしくないのだ。
 料理の見た目は結構重要だ。例えどんなに美味なものでも、見た目が悪ければ、食欲も落ちる。
 それでも。
 彼女が作ったものならば、何だって喜んで食べてしまうんだろうな、俺は。

46. 雪だるま
 真っ白な世界に、私は外に飛び出した。
 遅れて、彼と妹が庭にやってくる。
 彼が大きな雪玉を、私と妹が小さな雪玉を作った。
 ちょっと大きさが違いすぎると言いながら、彼が小さい雪玉を大きい雪玉の上にのせた。
 目と、鼻と、口をつけて、落ちていた木ぎれで手を付ける。
 3人で作った雪だるまは少しアンバランスで、暖かくなった日差しに、夕方には崩れてしまったけれど、思い出だけは、確かに残った。
 それは、3人がばらばらになった今でも変わらない。

47. いたずら  (大人になった頃)
 最初は、ちょっと困らせるだけのつもりだった。
 せっかくのドライブなのに、乗っている車は旧世代の車種で、なめらかなはずの道路なのに揺れが激しい。
 運転手は車の運転に真剣で、話しかけても生返事ばかり。
 景色は綺麗だけれど、外ばかり見ていてもつまらない。
 だから。
 怒ったふりをして、太ももをつねってやった。
 慌てる彼の顔を見たらすっきりしたけれど、すぐに彼の意識は車に戻る。
 もう一度つねるわけにはいかず、仕方なく、彼の横顔を眺めることにした。
 余計な人間はいなくて二人きりなのに、甘い雰囲気どころか、普通の友人同士のような会話さえないなんて、淋しすぎる。
 かといって、たいした話題なんて思いつかない。
 そもそも、端から見たら、私たちはどう見えるんだろう。
 兄妹?
 仕事仲間?
 友人同士?
 それとも。恋人同士に見えたりするのだろうか。
「何?」
 じっと見ていたせいなのか、私の視線に気がついた彼が、尋ねてくる。
「車でドライブなんて、普通の恋人同士みたい。そう思ったの」
 実際は、私たちは、そんな甘い関係じゃない。
 私は彼が好きだけれど、彼の気持ちはわからない。
 互いの本当の気持ちを伝え合ったことさえないのだ。
 時々こうやってプライベートで遊びに連れていってくれるから、好意は持たれているとは思うけれど。
 超えられない壁があるかのように、これ以上、互いの心に踏み込めない。
 今ここで、あなたに強引に迫ったら、どうなるのだろう。

 ねえ、車の中でキスするって、どんな感じ?

 口をついて出た言葉は、自分でも大胆だと思えるものだった。
 だって、これは、ちょっとした悪戯心。
 彼がどんな反応をするか知りたかった。
 困った顔でも見せてくれれば、「冗談よ」と笑ってしまおうと思っていた。
 なのに。
 黙り込んでしまった彼が真剣に悩み始めたのを見て、私も言葉を失ってしまった。
 言った言葉は取り消せない。
 今更、冗談だと言えずに、私は彼の顔を見つめ続けていた。

48. マイペース
 最後の日だというのに、彼の態度はいつもと同じで変わらなかった。
 普段通りに、定時の少し前に仕事場に現れ、淡々と今日やるべきことをこなしていく。
 引き継ぎとか、上司への挨拶とか、ちゃんと終わらせたのだろうかとこちらが心配になったくらいだ。
 元々、彼は今私に付いてくれている護衛の人たちとは違い、子供の頃から、ずっと世話役と護衛を兼ねて一緒にいた人だった。
 成人して独り立ちした時に、彼は一度私の護衛役からはずれたのだけれど、事情があって、無理を言って期間限定で復帰してもらったのだ。
 けれど、それも今日で終わり。
 明日からは、別々の場所で生きていく。
「じゃあな」
 まるで、明日もやってくるかのように声をかけて出て行く彼の背中を見送りながら、思わず笑みがこぼれた。
 きっと、彼は何処へ行っても、変わらないのだろう。
 今日と同じように、自分のペースで仕事をし、歩いていく。
 強い人なのだとわかっていた。
 実力も人望もあり、望めばもっと上の地位にだってつけたはずなのに、彼はそれをしなかった。
 例え、周りに何を言われても、己の信念を貫き通す人なのだ。
 その揺るぎない姿が、羨ましくて、だからこそ、憧れたのかもしれない。

49. カバンの中身  (高校生)
 部屋を入ったとたんに目撃したのは、スーツ姿の青年と制服姿の姉が学校指定のバックを前に騒いでいるところだった。

「なんで、あからさまに隠すんだ?」
「だって、鞄の中身見ようとした!」
「そんなことするかよ」
「でもでも、中覗き込んだでしょ」
「偶然だっつうに。たまたま床に置いてあったから、邪魔でどけようと思っただけだ」
「たまたま置いてあったんなら、ほっとけばいいじゃないの」
「蹴り飛ばしそうになったんだよ」

 こんなふうに、さっきから目の前の二人は、入ってきた私のことなど無視して言い争いをしている。
「あの二人、何してるの?」
 お茶を持って入ってきたお手伝いさんに尋ねたのは、本人たちに何度声をかけても返事がなかったから。
「さあ? 先ほどまでは、喧嘩などしていなかったはずなのですが」
 せっかくお茶を用意したのにと、困ったように彼女はため息をついた。
 久しぶりに姉とゆっくり話せると思って楽しみにしていたのに、このままだと、貴重な時間がどんどんなくなっていく。
 だいたい、姉の鞄の中身なんて、たいしたものは入っていなかったはずだ。確かめたわけではないけれど、間違いないと思う。
 通う学校は規則も厳しいので、余計なものなど持ってはいけないのだ。
 そこで、端と気がついた。
 そういえば、今日、姉は誰かに呼び出されていなかっただろうか。
 それは同級生の男の子で、彼は姉に何かを渡していた。
 白い、封筒のようなもの。
 だとすると。
「鞄を見られたくないのって…。その中に、今日もらったラブレターが入っているから?」
 口にするつもりはなかったのに、思わず言ってしまった。
 どうせ、姉も彼もこちらのことなど気にしていないだろうという思いもあったのだ。
 だが。
 私の言葉に、部屋の中が水を打ったように静かになる。
 しまったと思ったけれど、後の祭り。
「なんだ、それは。高校生のくせに生意気な。というより、今時の学生なら、メールででも告白しろ!」
「何、それ! じゃあ、男の子たちにメールアドレスを教えてもいいんだね。ふーんだ、そうしてやるもん」
「そういうことじゃないだろ」
 二人のやりとりは、私が投下した言葉で、ますますヒートアップしていく。
「あー、失敗した」
 思わず呟いてしまった。
 これじゃあ、お茶どころではない。
「あっちで、お茶飲もうか?」
 私の言葉に、二人の喧嘩には慣れっこになってしまったお手伝いさんは、「そうですね」と苦笑した。
 こういうのを『バカップル』というのかもしれない。
 今日、友人から聞いたばかりの言葉を思い出しながら、私はそんなことを考えた。

50. お祝い  (高校卒業間近)
「合格おめでとう」
 まだ何も言っていないのに、彼は私の顔を見るなりそう言った。
 情報が早いのはいいけれど、驚かせてみたかった私は少しがっかりする。
「1人で大丈夫か?」
 実は、私が受けた大学は、ここから遠く離れた場所にある。大事な人を支えるためには、今のままではだめだと思った私は、勉強のため、世間をもっと知るために、遠くで1人暮らすことを選んだのだ。
「あそこは、統治者もしっかりしているし、治安もいいし、協力者もいないわけじゃないから、大丈夫だとは思うが」
 幼い頃からずっと一緒にいてくれた彼は、今回はついてはこない。
 身分を偽って、というのは大げさだけれど、一般の人間として入学する予定なのだ。まったく誰にも知らせないというのは実質的には無理だけれど、それに近い状態で、護衛も特権もなしで生活していくつもりだった。妹のように力を持っている場合は難しいけれど、私自身は何の力もないせいで、簡単に外に出て行くことを許されたのは嬉しい誤算だったけれど。
 だからなのか、いつもは自信満々の彼の様子が、普段と少し違っていた。
 少しは淋しいと思ってくれているのかも、と期待する心が沸いてくる。
「頑張って勉強してくるから」
 やるからには徹底してやるつもりだった。妹のためにも、彼のためにも、妥協なんかしない。
「待ってるからな」
 子供の頃してくれたように、ぽんぽんと頭を叩くと彼は笑う。
 その笑顔は力強くて、いつも安心できた。
 しばらくは見ることが出来ないけれど、忘れることなんて出来ない。大好きな人の大好きな笑顔だ。
「……ちゃんと待っていてよ」
「待っているから、無事で帰ってこい」
 ありがとう。
 その言葉があれば、きっと頑張れる。

51.  片っぽ  (大学入学前)
「お餞別」
 そう言って姉に渡したのは、小さな石。
 中途半端な半円形の形をしているそれは、お守りだ。
 元はひとつの丸い石を二つにわけ、片方を遠い場所に旅立つ人が持ち、残りを故郷で待つ人が持っておく。
 必ず、片割れの石の元に戻ってくるようにという願掛けみたいなもの。
 ひとつは姉に。
 もうひとつは彼に。
 彼の元に帰ってこれるようにという願いを込めた。
「大事にするよ」
 そう言った姉の顔はくしゃくしゃで、目も真っ赤だ。
「当たり前でしょ。私の気持ちがいっぱい入っているんだから」
 本当はちょっと怒っていた。
 勝手に外の大学に行くことを決めて、私を置いていってしまうことが悲しかったのだ。
 それが例え私のためだとしても、1人にされるのは怖くて淋しい。何かあっても、守ることも守られることも出来なくなるのだ。
 でも、きっと姉はそんな私の気持ちなんてお見通し。
「ばーか。私が帰る場所は、あなたのところなんだからね」
 ぎゅっと抱きついてくると、そう言った。
 姉は私に対しては、まっすぐに思いをぶつけてくる人だ。だから、姉が言うこの言葉は真実だってわかっている。 
 それでも、離れることはやっぱり辛くて、涙が出た。

52. ねんど  (小学生)
 チョット待て。
 俺は、正直頭が痛かった。
 もしかしたら、育て方を間違えたのかもしれないと真剣に思った。
 なぜなら、双子が小学校の授業とやらで制作したという粘土細工は、予想外のものだったのだ。
「ソフトクリーム!」
 片方が嬉しそうにそう言った。
 しかし、俺にはそれは別のものにしか見えなかった。
「これは、蛇だよ!」
 反対にいた片割れが満面の笑顔を浮かべて、それを差し出す。
 が、こっちも俺には別のものに見えた。
「ソフトクリームと、蛇?」
 聞き返してしまった。
「ソフトクリームと、」
「蛇だよ」
 見事にハモった二人の顔に、純粋な笑顔ではない何かが見えた気がした。
「それ上げる」
 むりやり、その『ソフトクリームと蛇』を押しつけられる。
「ちゃんと飾っておいてね」
 そんなことを言われても、飾れるわけないだろーと叫びたくなっても仕方ないよな。
 どこからどうやって見ても、漫画にでも描かれているような『あれ』にしか、俺には見えない。
 絶対目の錯覚とかじゃないよな。
 誰が見ても、それを連想しちまうよな。
 つうか、誰かそうだと言ってくれ!

53. お手伝い  (高校生)
「随分いろいろな本を読んでいるのね」
 部屋を片付けている彼に向かって、私は声をかけた。
 休みの日、珍しく部屋に籠もって何をしているのかと思ったら、掃除中だったらしい。
 部屋の中には、本が散乱している。その数はちょっとしたもので、いつも忙しい彼に本を読む時間があったということが意外だった。
「手当たり次第読んでいるからな」
 確かに、題名をざっと見ただけでもジャンルはばらばら。純文学系があるかと思ったら、最近人気の芸能人の暴露本があったりする。ダイエットとかする必要なさそうなのに、そういう類の本もあるし。
「ねえ、片付け、手伝うよ」
 そう言うと、彼は喜んだけれど、本音は他に怪しげな本が見つからないかと期待したからだっていうのは、秘密だ。

54. 焼き芋  (中学生)
 ほかほかと湯気を立てるそれを、半分に割る。
 片方を妹に渡すと、熱かったのか、わずかに顔を顰めた。
「おいしいね」
「うん、おいしいね」
 二人で身を寄せ合うようにして食べているのは、さっき、私がこっそりと屋敷を抜け出して買ってきた焼き芋だったからだ。
 抜け出したことがわかれば怒られるのはもちろんだけれど、通りすがりの焼き芋屋さんから買ったのがばれれば、彼に説教されてしまう。
 買い食いをしたり、間食をすることに、彼は五月蠅いのだ。
 でも、やっぱり寒い夜には焼き芋は食べたいよね。
 ちょっと値段が高くて、1個しか買えなかったのは残念だけど。

55. ぴったり  (大学生)
 送られてきた服は、サイズがちょうどよかった。
 礼服のひとつも必要だろうという彼の心遣いはありがたかったが、ちょっと何かがひっかかる。
 彼にサイズを教えた覚えはないのに、あつらえたようにぴったりというのはどういうことだろう。
 既製服じゃないというところも、なんだか怪しい。
 次に会ったとき、絶対そのことを問いただしてやる。
 そう私は心に誓ったのだった。

56. 釣り  (大人になった頃)
 夏になると、ここは釣り人でいっぱいになるらしい。
 確かに、水は綺麗で、川底がよく見えた。清流に住むという魚もたくさんいそうだ。
「でも、今の時期は寒すぎると思う」
 川は、渓谷の間を流れていた。
 日もあまりあたらないし、吹く風が湿り気を含んでいて、気温も低い。
「だったら、夏にまた来るか?」
「釣りもしないのに?」
「釣り人を眺めるのも、面白いかもしれないぞ」
 それはないと思う。
 夏は涼しくて気持ちいいかもしれないけれど。
「一緒にいられるなら、別にどこだっていい」
 二人きりで、誰にも邪魔されないのなら、場所なんてどこだっていいのだ。
 ささやかな願いだけれど。

57. 気になる〜!  (中学生)
「どうして、結婚しないの?」
 私の言葉に、彼は妙な顔をした。
 まるで変な生き物でも見ている感じだ。別におかしなことを聞いたつもりはなかったのにな。
「だって、結構いい年でしょ」
 そう。
 私たちの世話役としてやってきた時、彼は20歳だった。
 だとすると、今はもう30歳近くのはず。そのくらいの年で、結婚している人は大勢いる。
「仕事が忙しくて、彼女も作れないの?」
 他の護衛とは違い世話役も兼ねている彼は、屋敷内で一緒に暮らしているから、自由な時間も少ない。私たちと一緒以外に外に出かけることは少ないし、たまの休みも大抵は屋敷内にいる。
「それとも、隠しているだけで、屋敷の関係者に彼女がいるとか?」
 実は職場結婚は、ここでは多い。
 閉鎖されたような場所で、あまり外部の人間と接触しないせいかもしれない。つい最近も、身内同士で結婚したという話を聞いたばかりだ。
「お前らが一人前になるまでは、結婚するつもりはないぞ」
「そんなこと言って、私が一人前になる頃には、30歳過ぎちゃうよ」
「あー、そうなるな」
 苦笑はしたけれど、あまり気にしているようではなかった。
「好きなやつなら、いるかもな」
 にやりと笑って、面白そうに言った。
「それって、誰? 私が知ってる人?」
「さあな」
 そこまで言っておいて教えてくれないなんてずるい。
 気になって眠れなくなりそうだよ。

58. やんちゃ  (小学生)
 元気がよすぎる子供達だと、最初に聞かされていた。
 元々、一般人の夫婦の間に生まれ、普通に育ってきた子供だちだ。
 力なんかなければ、こんな場所に連れてこられることはなかった。平凡だが、普通の人生を送れるはずだった。
 急に知らない大人たちに知らない場所に連れてこられ、これからはここで生きていけなどといわれても、納得なんかできるはずもない。
 そのせいなのか、屋敷の人間の言うことなど、ちっとも聞かずにいると言う。
 ついこの間も、怒った世話役が辞めてしまったらしい。
 お前なら、なんとか出来るんじゃないか。
 今現在、この屋敷の主であり、都市を統括する男は、呼び出した俺にそんなことを言ってのけた。
 だって、昔のお前にそっくりだろう。特にやんちゃなところとか。
 無責任にもそう言われ、学費も給料も出すし、衣食住も保証するという言葉に釣られ、俺はしぶしぶ世話役兼護衛を引き受けることにした。
 二人とも、将来有望だから。
 そんな男の言葉も、気になった。
 一人に力があることは知っている。だが、もう一人に力などない。周りの人間は、何故彼女も一緒に引き取られたのか不思議に思っている。
 俺自身もそうだった。
 特権意識の強い人間の中で、普通の人間は生きにくいだろう。幼い頃からそんな環境の晒されるのは、あまり良いものではない。
 実際、男にそのあたりのことを尋ねてみたが、そのうちわかるんじゃないかなと笑ってはぐらかされるばかりだった。
 結局、そのことは有耶無耶のまま、俺は双子と対面した。
 少女たちは、想像以上に元気がよくて俺を困らせてばかりで、何度彼女たちを怒ったか覚えていない。けれど、見捨てたり嫌いになったりすることがなかったのは、男の言ったとおり、俺にどこか似ていたからなのだろう。
 幼い頃の俺に理解者や味方が出来、何度も助けられたように、俺自身が彼女らの理解者になれればいいと思い始めるのに、そんなに時間はかからなかった。

59. 温泉  (大学生)
「温泉?」
 大学に入ってから親しくなった子に言われ、首を傾げた。
 その子の話によると、私の出身地には、温泉がたくさんあるらしい。
 高校生までは隔離されたような生活で、限られた場所以外に行ったことがなかったし、あまり興味もなかったから、観光地も温泉も詳しくない。
 でも、彼女の話を聞いていると、温泉という場所は楽しいところだと伝わってくる。
 ちょっともったいないことをした気がする。そんなに面白いところは、子供時代に行ってみたかったな。
 いや、今からでも遅くはないかもしれない。
 いつか、妹と行ければ楽しいだろうと思った。

60. らくがき  (高校生)
「ダイキライ」
 と、鏡に書いてあった。
 ここの鏡は、彼がよく利用するもので、書かれた文字は確かに姉の字。
 こんな子供っぽいことをするなんて、きっと、二人は喧嘩でもしたのだろう。
 理由はわからないが、鏡に残された字は、恐らく口紅でjかいたものだ。
 高校生にしては少々派手な赤だから、その辺りのことで説教されたのかもしれない。
 それでも。
 どんなに喧嘩しても、どこか通じ合っているのか、ちゃんと二人は仲直りできてしまう。
 羨ましいと思う反面、心の奥が痛くて、仕方がなかった。

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