ほのぼの100題 その2

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61. ほっぺた  (高校生)
「何やっているんだ?」
 現在青春真っ盛りの双子のうちの片割れが、鏡を見ながらしかめっ面をしていたから、思わず声をかけてしまった。
「わ! 見ないでよ」
 どちらかといえば普段から落ちついていて、滅多なことでは動じない彼女が、慌てた様子で鏡から離れる。
「どうした? 顔に何か付いているのか?」
 離れた場所からでも、彼女が難しい顔で、しきりと自分の頬をつついていたのが見てとれた。
 何か顔についたのか、それとも怪我でもしたのかと、心配したんだが。
「何もついてない。……怪我もしていないから」
 もし自分に何かあれば大騒ぎになると知っているせいなのか、彼女は慌てて最後にそんなことを付け加えた。
 そこで、俺はようやく気がついた。
「ん? ああニキビか」
 彼女のほっぺたにぽつんとひとつ、赤いニキビが出来ている。
「つつかない方がいいんじゃないか。ひどくなるぞ」
「ほっといてよ」
 せっかくの忠告に頬を膨らまし、彼女は俺に背を向けてしまう。彼女にしては珍しいことだったので、俺は驚いた。
 やはり年頃の女の子ということなんだろうか。
 この年でニキビが出来るなんて別に珍しくもないだろ。
 そう口にしようとしたが、普段と違う彼女の仕草に、やっぱりしっかりしているように見えても、お年頃の女の子なんだと思い直し、やめておいた。

62. スキップ  (小学生)
「なんだかねー、すごく優秀な人なんだって」
 仕入れてきたばかりの話を互いに教えるために、私たちは顔を寄せ合っていた。
 端から見たら、仲よく遊んでいるように見えるかもしれない。だけど、実際私たちがしていることは、人に聞かれてはまずい内緒話なのだ。
「中学と高校は“すきっぷ”して、早いうちに卒業したから、海外に留学していたんだって」
「顔もよくて、センスもいいって、台所で噂になってたよ」
 話の内容は、明日から自分たちの世話役になる男のことだ。
「そういう男には、気をつけなくちゃいけないって、護衛のおにいさんたちは言ってたけど」
 どうやら、お姉さんたちの前評判はいいけど、おにいさんたちの受けはよくないらしい。
「今までの人と同じで、私たちの機嫌取りばかりするんじゃないの?」
 両親が亡くなったあと私たちを引き取ったのは、とてもえらい人だった。殆ど会うこともない人なのに、周りのみんなは、「当主に気に入られている」「特別に引き取られた」ということを言って、機嫌取りをしてくる。
 子供扱いされるのは仕方ないけれど、こびられるのは気持ち悪い。私たちに取り入ったって、当主に贔屓されるわけじゃないのに。
 どうせ、今回の世話役も、今までと同じだろう。
 そう思って、私たちは追い出す方法を相談中なのだ。あまりよくないことだとわかっているけれど、外にも出してもらえないし、友達とも会えなくなってしまった私たちにとっては、いい気晴らしにもなっていた。
 けれど、やってきた噂の人は、偉そうで、生意気で、私たちを思いきり子供扱いした。
 それなのに。その人は何度困らせてもへこたれないし、本気で叱りとばしてくるし、時々甘やかしてくれる。
 調子は狂いっぱなしで、気がつくと、そこにいることが当たり前になっていた。

63. リボン
 お揃いのシフォンのリボンは、彼の最初のプレゼントだった。
 器用な彼が、編み込んだ髪をそのリボンで結んでくれたのがとても嬉しかった。
 こんなことをしてもらったのは初めてで、姉と二人で、寝るときになってもほどきたくないと駄々をこね、彼を困らせてしまったのもいい思い出。
 その時は、確か、毎日結んであげるからということで納得したんだっけ。
 あれから随分たって、もう可愛いリボンなどつける年齢ではなくなったけれど、それは大事に仕舞ってある。
 でもそれは、初めてのプレゼントが嬉しかったからで、彼からもらったからじゃない。
 他のものは捨てられても、それを手放せないのは、姉のように、彼に恋しているからではない。
 呪文のように、そう呟いた。

64. お茶の時間  (大人になった頃)
 いつのまにか、眠ってしまっていた。
 このところ仕事が立て込んでいたから、疲れていたのかもしれない。頭の固い連中の考えを改めるのは大変で、毎日喧嘩のような会議を繰り返しているのだ。
 年齢的に舐められるのは仕方ないことだと思っているけれど、理由もなく馬鹿にされることも多くてへこんでしまう。夕べも寝るのは遅かった。
 でも、あれ?
 確か、私はデスクの前に座っていたはずだ。
 いつのまに、ソファーに移動していたのだろう? まさかふらふらと無意識に歩いて移動したとか。
「目が覚めたか?」
 声に視線を動かすと、向かい側のソファーに彼が座っているのを見えた。
「もしかして、ここに運んでくれたのは、あなた?」
「書類をよだれで汚されても困るからな」
 素直じゃない答えを返されれば、いつもならば反論するのだけれど、今日はその気力もない。
 ソファーの上のクッションに埋もれたまま、ため息をついた。
「急ぐ必要はないと俺は思う」
 すべてを知っている彼は、そんな私の様子を心配したのだろう。躊躇うようにそう言った。
「……そうだね」
 彼の言うことは正しい。
 あっちはこっちの倍以上生きている分、頭も固くなっているのだ。子供のように怒ってしまってはだめなのだ。
「それに、心配して、来ているぞ」
 部屋にいたのは、彼だけではなかったのだと、いつのまにかポットを抱えた妹が立っているのを見て気付いた。
 昨日の長老たちとのもめ事は派手なものだったから、その騒ぎは妹に届いていて当然だ。
 もしかしたら落ち込んでいることも見越して、ここへ来てくれたのかも知れない。彼女だって忙しいのに。
「お茶にしよう? おいしいお菓子もあるんだよ」
 そうだ。
 味方だってたくさんいる。
 急がなくても、時間はたっぷりあるのだ。少なくともあの人たちよりは。
「お茶でも飲んで、すっきりするかな」
 自分に言い聞かせるように呟いて、妹に笑いかけた。

65. ボール
 投げたボールは、塀の外へと行ってしまった。
 気に入っていたけれど、取りに行く事は出来ない。誰かに言っても、とんでいったボールが戻ってくるよりも、新しいものを渡される確立の方が高い。
 自由に外に出ることが少なくなって、どのくらい立つのだろう。学校へ行くのだって、護衛付きだ。何かをするためには、人目を避けてこっそりと隠れなければいけない。
 いつか、こんな生活から逃れられる日が来るのかな。
 戻ってはこないボールのことを思いながら、考え続けていた。

66. 宵っ張り  (大人になった頃)
 いつまで起きているの?
 尋ねても曖昧に笑うだけ。
 いい加減、私は眠い。
 部屋に帰ればいいじゃないかと言うけれど、まだもう少しだけここであなたの顔を見ていたい。
 勇気を出して彼に近づき、そっと体を寄せる。
 重いぞ。
 そう言ったけれど、邪険にされたり、振り払われたりはしなかった。
 側にいていいってことだよね?
 無関心を装って本を読み始めた彼に聞こうかなとも思ったけれど、ごまかされるのも悔しいので、そのままでいることにした。

67. ざぶとん  (小学生)
 いつのまにか静かになったと思ったら、座布団を枕にして、双子は眠っていた。
 手と手をしっかり繋いで、離れるのが嫌だとでもいうように、ぴったりと身を寄せ合っている。
 こうやっていると、可愛いんだがな。
 そんなことを思いながら、俺は双子を起こさないように、そっと毛布をかけた。

68. 口笛  (小学生)
 クラス内ではあまり目立たない子だったけれど、その男の子は口笛がとても上手だった。
 休み時間にはクラスメートに頼まれて、いろんな曲を演奏してくれた。
 やり方を教えてくれて、私と姉も一生懸命練習したけれどクラスメートほど上手くできなかった。
 家でも練習していたら、それを聞いた彼が、「俺も口笛は下手なんだよな」と苦笑した。
 試しに吹いてくれたそれは、お世辞にも上手いとは言えないもの。
 なんでも上手くこなしてしまう彼にも出来ないことってあるんだなと、ちょっとだけほっとした。

69. マフラー  (高校生)
「寒いの嫌い」
 姉が背中を丸めて、文句を言っている。
「冬だし、雪降っているし、当たり前でしょ」
 窓の外は真っ白だ。
 このままだと、夕方には積もっているだろう。
「さぼりたーい」
 世話役の彼が聞いたら説教されそうなことを平気で言いながら、姉はまだぐずぐずしている。
 大体、移動は車で、寒い場所を長時間歩くわけじゃないのに。
「文句言わないで、出かける!」
 姉の首にマフラーを巻き付けると、そのまま腕をとって部屋の外へ引き摺っていく。
「はいはい、わかりました。ちゃんと学校へ行くよ」
 マフラーの巻き具合を確かめながらも姉はおとなしく私に引き摺られていた。
「このマフラー暖かいね。肌触りもいいけど……」
 ふと、姉は顔を顰める。
「これって、彼が選んでくれたんだよね?」
 そうだ。姉と私、お揃いで、女の子らしい可愛いデザインだ。
「毎回思うんだけど、どんな顔して、私たちの服とか選んでいるんだろう?」
 その現場を私たちは見たことはない。
 見たことはないが、なんとなく想像してはいけないような気がした。
 私たちは顔を見合わせ―あんまり知りたくないよねと、同時に呟いた。

70. おすまし  (高校生)
 滅多に会えない当主に呼ばれ、何事かとびくびくしながら部屋を訪問すると、満面の笑顔で迎えられ、見せられたのは、一枚の写真だった。
 そこには、有名小学校の制服を着た小さな男の子が澄ました顔で写っている。
「あいつの写真だよ」
 言われてみれば、世話役の彼に似ていた。
 彼にもこんな時代があったのだと不思議な気がしたが、もっと変なのは当主の方だ。
「どうしてこんなものを私に見せるんですか?」
「見たいだろ?」
 そりゃ見たい。
 見たいけれど、何故私だけに?
「私は君を応援しているからね」
 不審そうな私の顔を見て、当主は悪戯っぽく笑ってみせる。
 だが、私には意味がさっぱりわからない。
「だって、あいつにベタ惚れなんだろう?」
 は?
 何言ってるの、この人は。
「で、あいつも君に骨抜きだとか」
 ……。
 頭が痛くなってきた。
 確かに、そういう噂が流れていることは知っている。けれど、それが当主にまで伝わっているとは思わなかった。
「私としては、二人が仲良くしてくれるのは大歓迎なんだけどね。あいつのあわてふためく姿も見たいし」
「それと写真の繋がりがわかりませんけど」
「だって、あいつは君の小さい頃を知っているのに、君が知らないのってフェアじゃないと思わないかい?」
 そういうものなの?
 何か違うような気がする。
 違うような気がするんだけれど。
「あいつって、写真を撮られるとき、全部すました顔してるんだよ。もっと見てみる?」
 で、一緒にあいつを魚にお茶を飲もうと楽しそうに当主は言い出した
「どうする? まだたくさんあるんだけどな」
 勝手に写真を見れば、彼は嫌がるだろうとわかっている。
 けれど。
 結局、誘惑に勝てず、私は「見たい」と言ってしまった。

71. まんまる
 十五夜なんだから月見をしようと言い出したのが誰だったのか、もう忘れてしまった。
 彼がどこからかススキを持ってきて、いつもお菓子を持ってきてくれるお手伝いのお姉さんが月見団子を用意してくれる。
 妹と二人、大騒ぎしながら、それを飾るのは楽しかった。
 夜になって、ベランダに3人並んで空を見上げて、まるい月を眺める。
 いつもよりも綺麗に見えるのが不思議だった。
 3人で見ているからかもしれない。
 来年も3人で見ようと、約束した。
 
72. ものしり  (中学生)
 彼は物知りだ。
 悔しいくらいに、いろいろと知っている。
 もしかしたら、水曜日と金曜日にやってくる家庭教師よりも物知りかもしれない。
 すごいよねと褒めてみたら。
「どっちかっていうと雑学系? 知ってることっていったら、役に立たないことばかりだぞ」
 と、苦笑された。
 でもね。
 ちょっと答えを間違えても怒る家庭教師よりも、いろんな面白いことを教えてくれる彼の方が、物知りなんじゃないかなと思った。

73. 力持ち  (高校生)
「力持ちだったらいいと思うんだけど」
 唐突にそんなことを言われ、俺は「はあ?」と聞き返してしまった。
「だって、なんだか悔しくない?」
「だから、何が?」
「あなたが二つもてるのに、私が一つしかもてないのって嫌だ」
 そんなことを言われても、普通男女の体格差とかあるだろうに。
 それに、彼女は中学生で、俺はりっぱな成人男性だ。
 こんな重い雑誌の束、俺よりたくさん持てるわけがない。
「同い年だったら、同じ数だけ持てるのかな」
「どうかな。やっぱり普段の鍛え方が違うし」
「そう言うときは、そうだなとか、もちろんだとか言ってよ。あー早く大人になりたい」
 負けず嫌いの少女は、ぶつぶつと文句を言いながら、それでも俺の後ろをよたよたとついてくる。
 そんな姿が妙に可愛くて、俺は見えないようにこっそりと笑った。

74. 和風  (中学生)
 当主の部屋に入ると、いつも別の場所にやってきたようで、戸惑ってしまう。
 屋敷自体は洋風なのだが、当主の部屋だけは純和風なのだ。
 この方が落ち着くらしい。普段着ているものも和服だ。
 彼がここの主になったとき、部屋の一室を大改造して、今のような畳敷きにしてしまったのだという。
 かなり徹底的にやったようで、廊下と部屋を隔てるのは木製の引き戸だし、壁も土壁風になっていた。
 姉などは面白がっているようだが、私はどちらかというと落ち着かない。
 何より正座は大の苦手だ。
「ここでの生活に不自由はしていないかい?」
 滅多に会えない当主だけれど、たまにこうやって部屋に呼ばれ、聞かれるのはいつも同じことだった。
 姉が言いたい放題だから、結局は私が不満点を容量よくまとめて伝えることになってしまう。
「お互いの短所を補い合ってうまくやっているようだね」
 いつのまにか役割分担されている私たちの関係は、当主からはそう見えるらしい。
「こんな世界だから大変だろうけれど、頑張って」
 労いの言葉とともに、最後にはいつも、私たちが普段食べないような高級な和菓子が出てくる。
 最初から最後まで、何もかもが和風なのが当主らしい。
 私たちはといえば、話が終わる頃には、すっかり足がしびれてしまっていて、畳の上で転んだことも一度や二度ではない。
「別に足を崩してもいいんだよ」
 そういって笑う当主の顔は、父親と同じように優しかった。

75. うとうと  (高校生)
 眠い。
 本当に眠い。
 だって、天気はいいし、お昼ご飯をすませた後でお腹いっぱいだし、先生の声が呪文のようだ。
 これが授業中じゃなかったら、すぐにベッドに直行して寝てしまうのに。
 瞳が閉じてしまわないように必死でがんばりながら、チャイムが鳴るまで頑張るのよと自分に言い聞かせた。

76. お料理  (大人になった頃)
 姉の料理が微妙だということは、屋敷内では結構有名な話だ。
 それを平気な顔をして喜んで食べている彼のことも、屋敷内で働く者には知れ渡っている。
 端から見ればお互いを好き合っているとしか見えないのに。
 あれでまだつきあってもいないし、キスさえしたことがないというのが本当に不思議だ。
 早く自他共に公認の仲になってしまえば、私もすっきりするのに。
 でも、このもやもやとした気持ちが、姉を盗られたみたいで嫌なのか、彼が自分を妹のようにしか見てくれないことが悲しいのかは、わからないままだった。

77. 電話  (大学生)
 誕生日おめでとう。
 その一言が言いたくて、妹に電話をかけた。
 久しぶりに聞いた声は、ちょっとだけ掠れてた。
 誕生日おめでとう。
 そう返されて、私は泣いてしまいそうになる。
 こんなに離れて暮らしたことはなくて、1人は淋しい。
 だけど、自分で選んだことだから、泣き言なんて言ってはいられない。
 なるべく明るい声を出して、私は近況を伝える。
 妹も、最近起こった出来事を教えてくれる。
 その夜は話をするのが楽しくて、ついつい長電話をしてしまった。
 後から来た請求書の金額はちょっとすごかったけれど、たまにだからいいよね?

78. 冬じたく  (大学生)
 冬が近い。
 古里と違って、随分とここは暖かくて、それほど着込まなくても過ごせそうだった。
 夏の暑さも少し違っていて、やはり違う土地なのだと実感させられることも多かった。
 今頃、妹たちは、冬支度で忙しいのだろうなと思うと、懐かしくなって、無性に声が聞きたくなった。

79. 音楽  (小学生)
「ねえ、あれ、何の音?」
 双子が揃って、俺の顔を覗き込み、質問してきた。
 耳を澄ませば、開け放たれた窓から、幽かに音色が届いている。
「あれは、当主が尺八を吹いているんだな」
「しゃくはち?」
「それってなあに?」
 興味津々なのか、二人は俺にまとわりついてくる。このままだと何もできないし、質問に答えるまでは離れてくれそうになかった。
「尺八は、見たことないか。まあ、一種の笛だな。こうやって縦に持って吹くんだ」
 俺が手近にあった定規を笛に見立てて、吹く真似をしてみせた。
「なんなら、当主のところに行ってみるか?」
「うん!」
 仲良く双子は頷いた。
 だが、すぐに突然行って大丈夫かなと不安そうな顔をする。当主が忙しいことは双子も知っていることだし、殆ど会わない相手だから会うとなると緊張するのかもしれない。
「尺八を吹いているってことは、仕事をしてないってことだから、大丈夫だろ。俺も一緒にいくし」
 当主が、普段から双子に構いたくて仕方ないことを知っているから、俺は二人の手を取ると、彼の部屋に向かって歩き出した。

80. いま  (大人になった頃)
 ぎゅっと抱きつくと、何やっているんだと呆れられた。
 だって、急にあなたが恋しくなったんだもの。
 側にいたいって思ったんだもの。
 困ったように笑いながら、でも私を押しのけたりしない彼が、愛しくて同時に憎らしかった。
 本当はどう思っているのか、私のことが好きなのか嫌いなのか。
 こうやって抱きつかれて動揺しているのか、どうてもいいと思っているのか。
 今すぐそれを知りたいのは、我が儘なのだろうか。

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