田舎の人々

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  第一章 帰ってきたおにいちゃん  

 今日、おにいちゃんが帰ってきました。
 5年前、『旅にでます』という置手紙とともに村からいなくなり、音信不通になっていたというのに、まるで、ちょっと買物から帰ってきたという風に裏口から顔を覗かせたものだから、息が止まってしまうかと思いました。
「ただいま」
 なんて、能天気に言っている場合ではないような気がします。
 いくらここが辺境の村だといっても、今の世の中、お手紙だってちゃんと届きます。
 ちょっとお値段は高いですが、魔法で言葉を届けるという方法もあります。
 それなのに、おにいちゃんは、心配する私たちに一度も連絡をくれませんでした。
 出て行った時、お金もあまり持っていなかったはずだし、剣の腕だってそれほどでもないし、腕っ節が強いわけでも、飛びぬけて頭がいいわけでもないおにいちゃんが、無傷で旅を続けることが出来るなんて、私だけでなく、父さんだって、村の人たちだって、想像できませんでした。
 いなくなってしまった直後は、たまに訪れる行商人や、遠くの町へ働きに出ていた人が帰ってくる度に、おにいちゃんを見なかったか尋ねていました。けれど、誰もおにいちゃんの行方を知りませんでした。
 1年たち、2年たつうちに、父さんは何も言わなくなり、村の人たちも、私たちに気をつかって、その話題を出さなくなりました。
 たぶん、誰もが、おにいちゃんはどこかで死んでしまったのではと考えていたのだと思います。
 それでも、私はおにいちゃんはきっとどこかで無事に生きていると信じていました。
 いたのですけれど。
 この、どう見ても悪びれていない様子は、やっぱりどうかと思います。
 これだけ家族に心配をかけていたのだから、もっと殊勝な態度で、『すまなかった』ぐらいは言ってもいいのではと思う私は、間違っているのでしょうか。
「どうした? おにいちゃんの顔、忘れたのか?」
 そんなはずありません。
 いくら5年も会っていなかったからといって、忘れるわけがないじゃないですか。
 ただ、あまりにもおにいちゃんが普通にしているから、どう反応していいのかわからなくなっているだけです。
「なあ、お帰りなさいとか言ってくれよ。寂しいだろ」
「え? あ、はい、お帰りなさい」
 あんまり普通に聞かれたものだから、思わず返事をしてしまった私に、おにいちゃんは、にっこりと笑いました。
 顔は私と同じで地味だというのに、笑顔だけはうっとりするほど綺麗なのは相変わらず……なんて、感心している場合じゃないです。
「ちょっと見ない間に、大きくなったなあ」
 おにいちゃんと別れたときには、私はまだ13歳でしたから、背だって伸びたし、おしゃれだってするようになったし……って、そうじゃなくて。
「いったい、今まで何していたの!」
 そう言った私に、おにいちゃんは再び、綺麗な笑顔を浮かべました。
「ちょっとね、あちこちぶらぶらとしてきた。面白かったぞ」
 無邪気にそう言われ、私は思わず溜息をついたのでした。
 

「ところで、父さんはどうしてる?」
 ふいにおにいちゃんが声を潜めました。
「父さんなら、仕事」
 つられて同じように声を潜めたのには、訳があります。
 私たちが小さい頃に母さんが死んでしまったので、父さんは、男手一つで二人を育ててくれました。
 曲がったことが大嫌いで、男気もあると村でも評判な性格の父さんです。
 昔から厳しい人で、人様には絶対迷惑をかけるようなことはしてはいけないと、常日頃から言っていました。
 そんな父さんが、突然のおにいちゃんの失踪に心を痛めていないはずがありません。
 表面では明るく振る舞っていますが、誰かに迷惑をかけていないか、悪いことはしていないかと、内心では心配していたのです。
 村唯一の酒場で、俺の育て方が間違っていたのかなあと愚痴っていたのも知っています。
 最近口数も少なくなり、老けたような気がするのは、そういう心労が重なっているせいかもしれません。
 そんな父さんが、5年近くも消息不明だった息子を前に、正直どんな態度を取るのか想像もできないのです。
 父さんの性格ならば、怒って一発殴るくらいやりそうなのですが。
「今日は、夕方には帰ってくると思うよ」
「そっかー。はあ」
 おにいちゃんは、肩を落としました。おにいちゃんだって、父さんの性格はよくわかっているはずです。私にしたように、脳天気な顔で『ただいま』なんて言えるはずもないのでしょう。
「怒ってるだろうなあ」
「怒っているというか、悲しんでいた」
 私達が住んでいる村は、辺境もいいところ、何にもない田舎です。
 外から来る人も滅多にいないし、生活も質素で地味です。娯楽も少ないし、とても退屈な場所だというのは、よくわかっています。
 若い男の人たちは、ここから歩いて一週間以上かかる町へ働きに出ていってしいますし、そこに定住する人も少なくありません。
 だから、いつかおにいちゃんはこの村を出て行ってしまうんだろうなと、父さんも私も思っていました。
 ですけれど、それは、あくまで、外の学校に通うとか働きに出るということが前提です。
『置手紙』だけを残して家出同然にいなくなるなんて、想像どころか、考えてみたこともありませんでした。
 ああ、でも。
 昔からどこか一本螺子がはずれているんじゃないかという性格のおにいちゃんは、物語なら冒険もの、遊びなら、森の探検とかが好きでした。
 年に数回訪れる旅人や冒険者に纏わりついて話を聞いていたのも覚えています。
 兆候はなかったと思っていましたが、いつだっておにいちゃんは遠い国に憧れていました。
 もしかしたら、一番近くにいながら、おにいちゃんのことを何も知らなかったのは私の方かもしれません。
 だとしたら、私におにいちゃんを責める資格はないのかも。
 もちろん心配かけた父さんには、ちゃんと謝ったほうがいいとは思いますが。
「大丈夫。ちゃんと謝れば、父さんだって許してくれるよ」
「だといいんだけどな」
 自信がないのか、おにいちゃんはいつになく沈んで見えました。
 その様子は、父さんに怒られて落ち込んでいた昔の姿を思い出させます。
「本当に大丈夫だってば」
「うん、そうだな」
 何度も大丈夫だと繰り返すと、ようやくおにいちゃんが笑ってくれました。やっぱりこの笑顔は大好きです。
 見ているだけで、幸せな気持ちになれるから、小さい頃はおにいちゃんを笑わせようと一生懸命でした。
 おにいちゃんも、そんな私を知っているから、いつだって私には笑顔をくれて……。
 そんなことを思い出していたときです。
 玄関の扉がきしむ音が聞こえました。
 こんな時間にやってくるのは、村に住む話好きのおばさんか、隣の家のおばあさんくらいです。もしかして、兄が帰ってきたとこを知って、様子を見に来たのでしょうか。
 そう思ったのに、台所に入ってきたのは、そのどちらでもありませんでした。
 そして、私は、今日2回目の『息が止まるほど驚く』という経験をしました。
 だって、です。
 そこに立っていたのは、仕事で外にいるはずの父さんその人だったんですから。


「父さんお帰り。早いね」
 さすがおにいちゃん。
 こんな状態でも、笑顔を忘れていません。
「お前を見たと、村の連中に聞いたんだよ」
 対照的に、父さんの顔はこわばっています。
 目も据わっているような気がします。
 それでなくとも背が高くてがっしりとした体型をしている父さんが、仁王立ちでおにいちゃんを睨みすえている姿は、迫力がありすぎです。
「いったい今まで何をしていた」
 低く押し殺したような声は、聞いたことのないくらい怖いものでした。
 父さんは厳しい人ですけれど、人に対して威圧的な言葉や態度を取ることはありません。
 怒っているときも、お説教するとときにも、穏やかな口調で話す人です。
 それなのに、今回に限って、父さんの態度は違っていました。
 怒っているというのとも違うようです。ただの怒りではなくて、何かもっと違う感情が混じっていそうな、変な雰囲気なのです。
 そんな父さんが怖くて、私は二人を等分に眺めることしかできません。
「いろんなところをぶらぶらしてた」
 私に言ったのと同じことを、おにいちゃんは口にしました。
「あれを持ち出してか?」
 父さんの言葉に、私は首を傾げました。
『あれ』とは何なのでしょう。お金や価値のあるものがこの家にあったという記憶はありませんし、仮に存在していたとしても、あやふやな言い方はしないと思います。
 私の知らない何かが、あるのでしょうか。
 聞きたいと思ったけれど、私が口を挟むことが出来ないほど張りつめた空気が、二人の間には感じられました。
「確かめたかったんだよ」
「何?」
「父さんが教えてくれなかったから、オレは自分で本当のことを確かめるためにこの家を出たんだ」
 二人の会話は、わからないことだらけでした。
 おにいちゃんの行方不明には理由があったのでしょうか?
 父さんはずっと何かを隠していたのでしょうか。
 だいたい『あれ』ってなんなんでしょう。
 おにいちゃんの言葉は、父さんだけでなく私にとっても、まるで爆弾でした。
 隠し事をされていたということが悲しかったのではありません。
 二人にだけわかることがあって、二人だけで納得していることが嫌なのでしょうか。
 この、仲間はずれにされていたような感じが嫌なのでしょうか。
 ……わかりません。
 重苦しい沈黙が続きます。
 誰も、何も言いません。
 おにいちゃんと父さんは睨みあったまま。
 それをどうすることも出来ない私。
 いったい、いつまでこんな状態が続くのでしょう。
 重い口を開いて、私が何かを言うべきなのでしょうか。
 けれども。
 結局、この情況を破ったのは、父さんの方でした。
「どちらにしても、言い訳なんぞ聞きたくない」
 言うが早いが、父さんは拳を振り上げ、おにいちゃんの顔を殴りました。
 かなりの力だったのかもしれません。おにいちゃんは壁際まで吹っ飛んでしまいました。
 頬を押さえて蹲るおにいちゃんを見つめた父さんの顔は、それはそれは悲しいものでした。
 泣いてしまうのではないかと一瞬思ったくらいです。
 そして、ふいと私たちから顔を背けると、部屋から出て行ってしまいまったのです。
 おにいちゃんはといえば、よろめきながらも立ち上がり、いつになく厳しい顔のまま、裏口に向かって歩いていこうとしています。
「おにいちゃん!」
 呼びかけても振り返ってはくれませんでした。
 どうしたらいいのかわからなくて。
 私は台所の真ん中で、途方にくれてしまい、しばらくぼんやりと台所の床を眺めていました。
 けれど。
 いつまでもこんなことをしていても、どうしようもない気がします。
 父さんは頑固者だし、おにいちゃんは意地っ張りです。
 絶対、このままだと、喧嘩(なのかどうかは微妙ですが)が終らないまま、おにいちゃんがまた家を出て行くなんてことになるかもしれません。
 せっかく帰ってきてくれたのですから、仲良く親子3人で暮らしたいじゃないですか。
 いつかはおにいちゃんも外へ働きに出ることになるだろうし、私だってそのうちお嫁に行くのでしょうし。
 その短い間くらい、平和に幸せに過ごしたいのです。
「よし!」
 私は、自分に気合を入れなおしました。
 二人を仲直りさせるために、私が頑張らないと。


 おにいちゃんは、裏の井戸から汲んだ水で顔を冷やしていました。
 頬がかなり腫れているみたいです。
 私が黙って布を差し出すと、困ったような情けないような顔をして痛かったなと呟きました。
「父さんに殴られたのって、久しぶりだ。結構きいたよ。本気で殴られたからかな」
 昔を懐かしむように細められた目が私に向けられると、なんだか不思議な感じがしました。
 5年前と今のおにいちゃん。同じ顔だけれど、やっぱり過ぎた時間の分だけ年をとってしまっているんだと、改めて気がついてしまいます。
 おにいちゃんの方もそうなのかもしれません。
 小さかった私と今の私。
 5年の月日は、私が思っているよりも、長いものなのかもしれません。
 それでも。
 大事な家族なのは、変わらないはずです。おにいちゃんだって、そうだからこそ、怒られることを覚悟で帰ってきたのだと信じたいです。
 だから、思っていることを私は口にしないと。
「……父さん、すごく心配していたんですよ」
 口にしなくても、尋ねなくても、父さんがおにいちゃんのことを心配していたのは間違いないです。
 私には言いませんでしたが、毎朝、仕事に出かける途中に、村唯一の守人もいない小さな祠に、お祈りをしているのを知っています。
「村の人たちだって、おにいちゃんの消息を聞かないかと、村から出るたびに気にしてくれていました」
 小さな村だから。
 殆どの人たちが大家族のように助け合って生きている村だから。
 その中の一人がいなくなってしまったら、心配するのは当然です。
「私だって。私だって心配してました」
「うん、わかってる。ごめんな」
 おにいちゃんは、昔のように私の頭を撫でてくれました。
 温もりは昔と同じなのに、その指はごつごつとした硬いものになり、爪が割れたり、擦り傷があったりしました。
 いろんな場所を旅してきた、というのは本当のことなのでしょう。
 村の外に殆ど出たことがない私には想像もつかないような苦労も、たくさんしてきたのかもしれません。
「もう、どこにも行ったりしないですよね?」
「…そうだな」
 嘘かもしれません。
 この村に退屈したら、またふいにいなくなってしまうのかもしれません。私が想像するより早く、村の外に働きに出るかもしれません。
 けれども。
 しばらくは、ここにいてくれる。
 そう思うとなんだか嬉しくなりました。
「少なくとも、お前がお嫁に行くまでは、もう旅に出たりしないよ」
 それじゃ、私が結婚できなかったら、一生どこにもいけないのでは。
 そう言いかけて、むなしくなって言葉を飲み込みました。
 この村に若い人が少ないことを一番知っているのは、おにいちゃんなのに。というより、わかっていて言うところが、やっぱりおにいちゃんというかなんというか。
「父さんにちゃんと謝るよ」
 おにいちゃんの手がもう一度私の頭を撫でました。
「許してくれるかどうかわからないけれど」
「だから、大丈夫だってば。本気で謝れば、たぶん」
「どうだかなあ。いろいろ父さんが怒ることをやらかしてから、家を出たからなあ」
 それって。
 やはり、先ほど話していたことなのでしょうか。
「えーと、それは持ち出したという『あれ』のことですか?」
「そう。たぶん、父さんにとってすごく大切なもの。あ、そっか。お前は見たことないんだよな」
 そんなものがあることも知らなかったわけですから、当然です。
「とにかく、それについてオレは知りたいことがあって、父さんに聞いた。けれど、答えてくれなくて。で、強行手段に出たんだよ」
 だからって、持ち出して家出なんて、飛躍しすぎてます。
「そのことについては疑問が解けたから、ここに帰ってくる気になったんだ」
 ますますわけがわからないです。
 聞いてもおにいちゃんは教えてくれそうにないし。たぶん、父さんも同じでしょう。
 私が知らない方がいいことなのかもしれないですが、なんだかやっぱり気分がよくないです。父さんとおにいちゃんの喧嘩の原因になっているのなら、尚更です。
 不服そうな気持ちが顔を出ていたのかもしれません。
「いつか、きちんとお前にも話すよ」
 安心させるように、おにいちゃんは、そういってくれました。
 今は、信じるしかないのかもしれません。
「それに、お前に行き先を告げずにどこかに行ったりすることは、もうしないよ。安心しなさい」
 いつものおにいちゃんの笑顔が浮かびました。
 腫れた頬のせいで、どこか引きつってはいましたけれど。


 おにいちゃんに、夕食までには父さんに謝ってねと念をおし、今度は父さんのところに行くことにしました。
 狭い家です。
 台所や居間にいなければ、いる場所はひとつしかありません。恐らく奥の寝室のはず。
 そう考えて、寝室を覗くと、案の定、父さんはそこにいました。
 ベッドに浅く腰掛けて、ぼんやりと窓の外を見つめています。
「父さん?」
 声をかけると振りかえってくれましたが、元気がありません。
 私に向かってぎごちなく微笑むと、大きな溜息をひとつつきました。
 さきほどのことが、相当堪えているのかもしれません。
「あれは、何している?」
 あれなんていっていますが、たぶんおにいちゃんのことでしょう。
 ちゃんと名前を呼べばいいのに、こういう素直じゃないところだけ、二人はそっくりです。
「顔を冷やしる」
「そうか。……ところで、お前は、聞かないのか?」
「は?」
 何のことかわからず、思い切り間抜けな声を出してしまいした。
「だから、あれが持ち出したもののことについてとか、とにかく、いろいろだ」
 ああ。
 すっかり忘れてました。というか、おにいちゃんから『いつか話してくれる』と聞いて安心したせいで、頭の中からきれいさっぱり消え去ってました。
 でも、よく考えたら、それがそもそもの始まりだったわけですし、父さんにとっては大事なことなのかもしれませんし。
 この反応はまずかったのかもと、反省です。
「えーと。おにいちゃんはいつか話してくれるって言ってたし。父さんんだって、そのつもりなんだよね?」
 ちょっと厭味ぽかったかなと思わないでもなかったのですが、一応自分の正直な気持ちを伝えました。
「別に、どうしても今知らないといけないというわけじゃないし、話してくれるまで待つよ」
 興味がないというえば嘘になりますけれど、それよりも二人が仲直りしてくれる方が先です。
「お前がそういうのなら、それでもいいが……」
「はい。だから、そんなことより、おにいちゃんとちゃんと話をして」
「う、むむむ」
 父さんの顔がまたむっつりとしたものに変わってしまいました。
 どうして、そんなに強情なんだか。
 これはもう、強制的にでもおにいちゃんをつれてきて話をさせるしかないのでしょうか。
 でも、おにいちゃんが素直に来てくれるかどうか。
 その時でした。
「父さん、ちょっといいか」
 なんともいい具合に、おにいちゃんがやってきました。
 私の心の叫びが聞こえたんじゃないかという素早さです。
 ようやく謝る気になってくれたんだと思いますが、この場の情況に困っていたので、助かりました。
「話があるんだ」
 父さんは黙ったままです。おにいちゃんは気にする様子もなく、そのまま言葉を続けました。
「理由はどうあれ、みんなに心配をかけたことは悪いと思っている。ごめん!」
 そういって、おにいちゃんは頭を下げました。
 父さんはといえば、うむ、と唸っただけで何も言いません。
 もう、本当に頑固なんですから。
 私は父さんを睨みました。
「……理由も聞かずに殴ったのはすまなかったとは思っている。悪かったな」
 しぶしぶといった感じでしたが、一応は謝りました。少し怪しい口調ではありましたけれど。
「だが、きちんと説明はしてもらうぞ」
「父さんにもね」
 ああ、また雲行きが怪しくなってきました。
 ここは、話の流れ――というか、雰囲気を変えなければ。
「あ、そうだ! せっかくおにいちゃんが帰ってきたんだから、今日はご馳走にするね」
 二人の視線がこちらに向いたので、ほっとしました。
 これ以上、話がややこしくならないうちに、夕飯までは二人を離しておいたほうが得策かもしれません。
「ほらほら、父さんは仕事の途中だったんでしょ。戻らないと。おにいちゃんも、ぼっとしてないで、手伝って」
 二人はいやいやながらという感じではありましたが、頷いてくれました。
 よかったです。
 また喧嘩なんてことになったら、もう仲直りの方法なんて思いつかないですから。


 そして。
 その日の夕食は、久々に穏やかなものとなりました。
 父さんもおにいちゃんも、昼間のことがまだ心に残っているのか、無口ではありましたけれど、喧嘩越しになることもなかったし、私の料理を誉めてくれたりもしてくれました。
 いつまでも、こんなふうにいられればいいなと、心の底から、思ったのです。
 けれど。
 これで『めでたし、めでたし』にはなりませんでした。
 なぜならば。
「父さん。オレがとてもお世話になった人たちなんだ」
 翌日、満面の笑顔で、おにいちゃんが連れてきた方々。
 どうみても堅気の方には見えない、派手な人やら怖い人やら胡散臭い人たちを前にして、私は頭がくらくらとすると同時に、怖くてお父さんの方を見ることが出来ませんでした。
「これから、こいつらは村で暮らすことになったから、よろしくね」
 そんな言葉を他人事のように聞きながら、私は、何かが起こりそうな気がして、胃が痛くなってきてしまったのでした。

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