いやあ、びっくりしたよ。
夕方近くにならないと、いつだって閑古鳥が鳴いているうちの酒場兼食堂に、どう考えても普通じゃない格好の人間が入ってきたわけだからな。
その日は、可もなく不可もなく、天気も普通で、湿度も適当って感じの、ありきたりの1日だった。
大体において、事件といえば、裏の崖が崩れたとか、どっかの家畜が子供を産んだとか程度の、静かな村なんだ。
酒場兼食堂なんていっていても、繁盛するのは夜くらい。
それも、家で飲んだくれると文句を言われる男連中が、かみさんの目を気にしながら、ここで騒いでいくだけっていうところなんだ。
だからこそ、そいつらは、ものすごく目立った。
まず服装が違う。
ここらの人間は、森へ入ったり畑仕事をすることも多いから、実用的な服を着ているのが普通だ。ひらひらしたものや華美なボタンやリボンなんかはつけないし、膨らみすぎた袖だの、長すぎる丈なんてものはありえない。
マントは雨でも降らないと被る奴なんていないし、そのどれもが地味な色合いだ。
大体、晴着なんて、祭か誰かの結婚式くらいしか着ないもんな。
俺だって、持っている晴着は1着だけだし。
て、そんなことはどうでもいいんだ。
問題は、その男達なんだよ。
赤くて、黒くて、緑色だったんだ。
ああ、いや、変な言い方をしちまったな。これは見た目の第一印象ってやつだ。
そうだな。
一人は、黒い髪に黒い鎧なんぞを身に着けた男で、雰囲気がおっかなかった。
一人は、金色の髪を長く伸ばして、やたらと装飾された真赤な服を着ている、男なんだか女なんだか読みきれないやつだった。
一人は、見た目は普通の服だけど、色だけは鮮やかな緑っていう、茶色の髪の男だ。
黒い鎧の男は戦士か騎士風だが、他の奴の職業はまったく不明だ。
一応3人とも腰に剣を帯びているから、堅気の職業じゃなさそうだが、軍人って感じでもないし、冒険者にしては服に使われている生地は上等そうだ。
何者なんだろうか。
顔は揃いも揃って、厭味なくらい美形だ。
背も高いし、羨ましいぜ。
けど、なんだって、こんな派手なやつらが、こんな辺境の村にいるんだか。
ここに知り合いがいる――なんて、冗談みたいな話もなさそうだし。
単なる物好きな旅行者かなんかだとしても、やっぱり格好がなあ。
どう好意的にみても、ここでは浮いているよなあ。
だからって、どんな格好だったとしても、ここに入ってきた以上、客には違いない。
こっちから声をかけるべきなのか、とりあえず話しかけられるまでほっといた方がいいのか悩んでいると、一番年嵩に見える男が、こちらに近づいてきた。
色でいえば、黒だな。
そして、俺の顔をまっすぐに見据えると無表情のまま口を開いた。
「すまない、ご主人」
しかも、そうきたもんだ。
生まれてこの方、そんな呼ばれ方をしたことがない俺は、思わず持っていた鍋を落としそうになっちまったね。
普段は、丁寧に言われても『酒場のおじさん』だもんなあ。
「少々お尋ねするが、今よろしいだろうか」
よろしいもなにも、客が誰もいない情況だ。
はっきりいって、暇を持て余していたところだった。
「我々は宿屋を探しているのだが、この辺りにどこか泊まることが出来る場所はないだろうか」
「は、はあ。宿屋ですかい」
こんな小さな村だ。
宿屋なんてものがあるわけがない。
行商人やたまに訪れる道に迷った旅人なんかは、ここ――即ち、酒場兼食堂である俺のところの納屋を使ってもらうのがほとんどだ。
金持ちそうな奴らなら、村長の家とかってこともあるけどな。
とにかく、宿屋なんてものはないってことだ。
正直に俺がそのことを告げると、
「かまわない。一晩だけ泊めていただけるだろうか」
「そりゃ、いいですけどね。今からすぐご案内しましょうか?」
何しにきたのかは、まったく不明だが、一応客だ。
「いや。連れがもう一人いるので、そいつが来るまで案内は待って欲しい」
「はあ……」
いやはや、いったい全体何があるっていうんだ?
食堂の片隅に陣取り、連れがくるまでここで待たせてもらうといって酒を注文した彼らを見ながら、俺は今更ながら溜息をついてみた。
その連れというのが、ヴァージルんところの放蕩息子だということも、これからやってくるささやかな騒動のことも、その時の俺は知るよしもなかった。