勇者が村にやってきた

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  エピローグ  

 ああ、空が青い。
 嫌になるほど晴れ渡った空を見上げて、アサギは溜息をついた。
 あれからいろいろややこしいことがあって、何故か今アサギは旅をしている。
 一人旅ではない。
 勇者様ご一行と一緒だ。
「逃げ損なったなあ、お前」
 朝帰り――今はもう昼だから昼帰りだなと思いながら、勇者の声にアサギは振り返る。この街へ来たのは、魔物退治のはずだったが、まず魔物ではなく女性を口説きに行くあたり、どこへ行っても変わらないのだと変なところで感心する。
 ちなみに、他の3人も出かけている。剣士は賢者に引きずられるようにして情報収集、魔法使いは小金稼ぎと称して、どこかへ行ったまま帰ってこない。
 一人は危険だから宿から出るなと言われていたのと、さすがに金品を置いて出かける気にもなれなかったので、アサギだけが宿へ残っていたのだ。
 そういえば、勇者と二人きりになるのは、旅に出てからは初めてのことだった。
「剣士様はすぐに飽きるんじゃなかったんですか、勇者様」
「そのはずだったんだが、そうならなかったみたいだ」
「まあ、いいです。剣士様はあれですけれど、皆さんといると、結構楽しいし」
 これは本当だ。
 勇者は女好きだが、博学で教え上手だ。文字も録にかけなかったアサギにいろいろなことを教えてくれる。
 魔法使いは、同じ女性ということもあって、すぐに仲良くなった。
 4人の中で一番の常識人である賢者は、何かとアサギを気遣ってくれる。旅に困らないようにと、最低限の護身術を教えてくれたりもした。
「悪くないですよ、たぶんね」
 旅は楽しい。
 剣士はあいかわらずだが、見るものも聞くものも初めてだらけで、新鮮だった。
「ただ勇者様たちには、迷惑なんじゃないですか? 私、結構足手まといだし」
 剣も使えないし、強力な魔法が使えるわけじゃない。魔物を退治するときは大抵留守番だ。むしろ、魔物に追いかけ回されることも多い。
「そんなことはない。あいつが真面目に仕事をする」
 あいつというのは、もちろん剣士のことだ。
「あれで真面目に仕事してるんですか」
「鍛錬もさぼらなくなった。なんでも、じーさんになるまで戦うつもりらしいぞ」
「……馬鹿ですね」
「ああ、大馬鹿だな。でも悪くないんじゃないかって、あいつ見てると思うよ。本気の恋ってすごいもんだなと」
「本気、ですか、あれ」
「たぶん」
 そこで自信なさげに笑われても困る。
「まあ、いつかあの馬鹿を名前で呼んでやれよ。あれで結構気にしてる」
「そうですね」
 いつか。
 今はまだわからない。
 あの男と一緒にいたいのか、そうでないのか。嫌いではないということは自覚している。
 生涯を共にする相手かどうかが、まだわからないだけだ。
「それに、もうお前は俺たちの仲間だ。あいつを振っても遠慮無く図々しく一緒に旅していいんだからな」
「それはそれでどうかと」
「いいんだ、俺が許す。それに、足手まといとか気にしなくていい。最初は俺たちだって、弱かった」
 魔物一匹に手こずることなど当たり前だったという。死にかけたことも一度や二度ではないらしい。
「それに待っている人間がいるのは、結構いいもんだぞ。必ず帰ろうって気になるからさ」
「そうですか。……ありがとうございます。剣士様に振られても、図々しく遠慮なくついていきますね」
 勇者はおかしそうに笑って――本当にうちの仲間は図々しい奴ばかりだと大げさに肩を竦めてみせた。


 そろそろ残りの皆も帰ってくるだろう。
 大騒ぎしながらも、みんなで食事をして、これからの段取りを決めて、仕事が片づいたら別の場所へと移動する。
 それまでとはまったく違う人生に、これはこれでありかもと思っている自分に、アサギは思わず笑ってしまった。

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