風の啼く星

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 まったくもって、ついていない。
 どうして、こんなことになったのだろう。
 俺は、防砂マスク越しに外の景色を眺めながら、大きくため息をついた。
 立っていられない程ではないが、それなりに激しい風が、北から南へ、絶え間なく吹き続けている。
 その風に舞い上げられた乾いた砂が俺の視界をさえぎり、動きを制限していた。
 この惑星名物の砂嵐だ。
 観光客には珍しいものらしいが、ここに住む俺達にとっては、鬱陶しいだけで何の役にも立たない自然現象。
 水が流れるかのように舞う砂の動きは、他から来た者にとっては芸術的でさえあるのだろうが、それも防砂対策が成された安全なドームの中から見物するからこそなのだろう。
 観光客と違い、この星で暮らし、ドームの外にも出なければならない俺達には、そんな気持ちになる余裕もない。
 細かな砂は、防砂マスクを通してさえ完全に遮ることは不可能だし、服の間から入り込めば、そのざらざらした感触に不快感しか覚えない。多量に砂を吸い込めば、肺をやられてしまうこともある。
 今日のような比較的穏やかな砂嵐の時でさえ、ドーム外に出るのは、無謀な行為なのだ。
 そんな中、どうして俺が悪態をつきながらも、ここにいるのか。
 理由は簡単で、今の俺は仕事中。
 俺の職業は、この星に時々現れる、狂暴化した獣を狩るハンターだ。
 公式には、この星の生物は性質が穏やかで、他惑星の生物に危害を加えることはないと発表されてはいる。
 が、実のところ、それは嘘だ。
 公にならないように政府が隠しているだけで、その獣たちが突然理由もなく、他の生き物を襲うようになる場合がある。
 原因はわからない。
 これまで、多くの者たちが頭を悩ませてきたが、確たる理由を見つけることができないでいた。
 結局、食するためでもなく、ただ弄ぶかのように行われる殺戮行為を止めるには、その獣そのものの命を絶つしかない。
 そういうわけで、俺たちのように金をもらって、それらの獣を狩るものが出てくるわけだ。もっとも、すべてが金のためというわけではないのだが。
 俺は、風の止まない空を見上げた。
 相変わらず視界は悪い。
 こんな中、どうやって目的の獲物を探せばいいのか。
 気配だけでなく匂いさえも、風と砂に流されていく。
 俺は小さく舌打ちをすると、仕方なく、乗ってきた地球産の四輪駆動車に戻った。形は悪く中古だが、性能と耐久性だけは抜群の代物だ。いささか強引なやり方で手に入れたものだが、この星では役に立っている。
 運転席に乗り込む前に、もう一度、周りに動くものがないことを確かめた。
「やはり無理か」
 この辺りにはもういないのかもしれない。
 だとすると、ここにいても無意味だろう。
 もっとも、半ば予想もしていたことだ。
 俺が追っている狂暴な獣も、この風の中で狩りをするとは思えない。今の時期にしては珍しく穏やかな砂嵐だが、生き物が外に出ることを敬遠する程度の強さで風は吹いている。
 狩られる相手が出てこないのならば、狩りは成り立たない。
 個人的には、嵐が収まるまで待てばいいとおもうのだが、こうやって文句を言いながらも、砂漠を見廻っているのは、半分は義務感だからだ。
 依頼を受けた以上、仕方がない。獣に襲われている大半がこの星の生物ではなく、政府公認の安全圏から出て砂漠にやってくる莫迦な観光客だとしてもだ。
 そういう連中は、ここがどれだけ危険な場所か、本当はわかっていないのだろう。
 娯楽施設で成り立つあのドーム内がすべてだと思っているのかもしれない。
 毒々しいネオンと、過剰なまでの観光客へのサービス。そんなものが売りものの安全地帯。
 外に出ない限り、観光客の安全は保障されている。
 よほどのトラブルがなければ罪に問われることはないし、観光客に対して何かをするような住民は、ここには存在しない。
 だからこそ、銃ひとつで安心できるほど、奴らは楽観的なのだろう。
 銃――そのことを考えると、苦笑するしかない。
 最近、観光客の中に混じってやってくる密猟者の中に、旧式の銃を持ち込む連中が多い。一昔前に流行った、狩猟スタイルを気取っているらしいのだが、迷惑な話だ。
 一部の肉食獣を除いて、大抵が穏やかでおとなしい草食動物ばかりで、人が近づいても逃げないせいなのか、密猟者は増加している。
 まあ、ただの密猟者の類なら、うっかり迷いこんだ砂漠で動物に出会うことなどなく、最終的には手ぶらで帰ることがなるのだから、問題ないのだ。
 問題なのは一部の特殊な例外の獣が現れた時だけ。
 そいつらは、区別なく生物を襲う。密猟者も、旧式の銃も、恐れることはない。
 むしろ、好んで人前に現れると言ってもいい。
 しかも、彼らは襲った相手を殆ど食べない。飢えてもいないのに狩りをするのだ。
 ただ、なぶり殺しにするために。
 ここに住む一般の住人たちは、そのことを知っているせいで、自らを危険にさらすような行動は起こさないが、密猟者たちや一部の観光客は違う。
 平気で、立ち入り禁止区域に入り込んでくるのだ。
 政府としても、自身の星が危険であるという印象を他に与えたくないらしい。これらの獣が現れたときには、なるべく秘密裏にそれらの肉食獣を狩るために、ささやかな報酬と、それに付随するある種の特権と引き換えに、ハンターを雇う。
 故に、この星でハンターは特殊な存在だ。
 数も少ない。
 なろうと思ってなれるものではなく、なりたくなくても否応なくならなければならない職業だという認識もある。それは、一生消えない刻印のようなものだ。
 考えてみれば、住人の殆どが、外の惑星から流れついたよそ者だらけのこの星で、その数少ない存在に、自分が含まれているというのは妙な感じだ。
 もう慣れてしまったが、ハンターになってしまった以上、この星から逃れることはできないのだ。
 ため息をつく。
 追いかけている相手が見つからないせいか、いらいらしているらしい。余計なことばかり考えている。
 ドームに戻り、頭を少し落ち着かせた方がいいようだ。
 俺は、車の向きを変え戻ろうとした。
 だが、風の音に混じって聞こえた鈍い音に足を止める。
 銃声だった。
 ここで銃を撃つやつは、莫迦な密猟者しかいない。またハンター以外の誰かが外に出ていたのか?
 銃声はそんなに遠くない。
 音の聞こえた場所に向かうため、俺は車に飛び乗る。
 ほどなく、乗り捨てられた車を見つけることができた。こっちの中古の車とは違う随分りっぱなものだったが、持ち主はいない。
 用心深くあたりを見回すが、動く気配は感じられなかった。
 だが。
 血の匂いがする。
 風に流されてはいるが、確かに生き物の血の匂いだ。腰の麻酔銃に手を伸ばし、構える。
 ハンターが銃で動物を殺すことは禁止されているせいで、こんなものしか持つことができないのだ。
 それでも、ないよりはましで、あたりに気を配りながら用心深く、地面に降り立った。
 しばらく歩いたところで血の匂いが強くなり、何かに躓いた。
 転がったはずみで、防砂マスクが外れる。砂を大量に吸い込んだ。
 悪態をつくことができないほど口の中に入り込んだ砂をようやく吐き出してから、防砂マスクを拾い上げ、手早く顔につけた。
 二、三度顔を振ってから、壊れていないことを確かめ、ひっかかったものの正体を確かめるために、屈みこむ。
 それは、死体の一部だった。
 まだ温かく、触った感じでは、殺されたばかりのようだ。銃声が聞こえてから、そんなに時間もたっていない。
「ちくしょう!」
 ぐっしょりと塗れた手を眺め、思わず叫んでしまう。
 あたりには、生き物だったものの死体が、散らばっていた。内臓は撒き散らされ、手足もあるべきところにはない。もし風が吹いていなければ、もっとすさまじい匂いがしていただろう。
 すでにこの場にはいないが、殺したのは追っている獣に間違いない。死体とは違う匂いも残っている。
 覚えのある、懐かしい匂いだった。
 やはり、あいつなのか?
 彼女がここに戻ってきているのだろうか。
 十三人目の犠牲者を前にして、俺は、ため息をつくしかなかった。


 この件の依頼主に会ったのは、観光都市の中でも比較的治安の悪い場所にある、寂れた酒場だ。
 ぎしぎしと音を立てる椅子に座り、はずれた音色を奏でる楽団にうんざりしながら、舌先にぴりぴりくる出来の悪い酒を口に運んでいた最中だった。
 これでも、この酒場では一級の贅沢品だ。
 質のよい酒は観光客優先ときている。こんな場所にやってくるのは、同業者か、この星の住人くらいのものだ。文句を言うのは腹の中だけにしておいたほうがいいのだろう。
 事実、今の俺の経済状況では、酒が飲めるだけでもありがたがらなくてはならなかった。このところ、ずっと仕事もしていないし、暇を持て余している。ハンター仲間には、別の職業を持っているものもいるが、俺には他に取り柄がないために、仕事がなければほとんどすることがないのだ。
 店の中にいる連中も、こちらと似たり寄ったりの状況なのだろう。皆一様に不機嫌な顔付きで、目の前の酒を口に運んでいた。
 そんな陰鬱で暗い店の中だからこそだろうか。
 その女が入ってきたとき、当然のごとく客たちの視線は、そちらに流れていった。
 色の褪めたような金髪を短く切り揃え、釣り上がり気味の藍色の瞳を持ち、深紅のぴったりとしたスーツを身に着けた、地球人的感覚で言えば、大変な美女だ。
 ここには、不釣合いな客だと、俺でさえ思った。
 もちろん、いろいろな種族が出入りしているこの星では、ヒューマノイドタイプなど、さしてめずらしくはない。
 むしろ宇宙全体から見れば、その大部分を占めている存在だから、見慣れているといってもいいのだろう。
 だから、女が皆の目を引いたのは、姿形ではない。
 皺ひとつなく体にぴったりと張り付いて惜しみなくその体型をさらしている衣服を着ているせいだろう。そんな格好をしているのは、観光客だけだ。
 この星では男も女も、砂よけのために、足も手も覆いつくす服を着ている。絶えず吹く風に対しての安全策だ。
 ドームの外に出ることも多いのだから、当然のことだ。
 それに、それ以外の事情もあり、住民はあまり肌を見せたがらない。
 だから女は観光客だろうと予想をつけたわけだが、入ってきた瞬間から、彼女の態度は妙だった。
 女は入り口近くで立ち止まり、ぐるりと店内を見回している。
 誰かを探しているとでもいう風だ。
 ほどなく、女の目がこちらに向いた。
 驚いたことに、まっすぐこのテーブルにやってくる。
 知り合いのはずはなかった。
 どこかで確かに見た覚えがある髪と瞳をしている気はしたのだが。
「こんにちは」
 訛りのある銀河標準語で女は挨拶するが、表情は硬い。
 値踏みするようにこちらを見ていた。話しかけてはみたものの、俺の胡散臭い様子に、戸惑っているらしい。
 そのお返しとばかりに、こっちも相手をじろじろと無遠慮に眺めた。
 金は持っていそうだ。
 服だけではく、そのバッグや靴の類も、一般市民のそれではなく、金のある観光客のものだ。それなのに、近づくとその女性はこの星の匂いを漂わせていた。
「何か用か?」
「あなたがハンターのユウキさん?」
 黙って頷くと、女は安心したように目の前の椅子に腰をおろした。
「仕事を依頼したいのです」
 余計なことを一切言わず、女はそれだけを告げた。
 自分の名前も素性も口にしない。
 それ自体はめずらしいことではなかったが、どう見ても一介の観光客にしか見えない女が、ハンターに直接仕事を依頼するというのは、どうも解せない。
「許可証を持っているのか?」
 俺の質問に、女はゆっくりと頷いた。
 そもそも、ハンターを正式に雇うには、面倒な手続きをして政府発行の許可証を手に入れなければならない。
 偽りの情報でハンターを雇い、この星のめずらしい生き物を生け捕りにしようとしたものが過去にいたからである。
 手に負えなくなったこの星の生き物を狩るのが仕事だとはいえ、そうそうハンターの出番があるわけではないし、ハンター全員が、善人であるわけでもない。
 政府が厳しく取り締まらなければ、少々うさんくさいのを承知して、依頼を受けるものが出てくるわけだ。今は許可証を持たないものと取引したことがばれた場合の刑罰は、かなり厳しいものになっているのだが。
 もっとも、そんな許可証を持ってくる連中は、政府の役人か、観光産業に携わるような存在ばかりだ。
 この目の前の美女が、政府の関係者だとは思いにくいのだが。
「どうそ、確かめて」
 女は、黒い小さなバッグから許可証を取り出し、こちらに渡した。
 眺め、ひっくりかえし、匂いも嗅いでみて、それが本物であることを確かめる。
 許可証が偽物でなければ、相手がどんなヤツでも関係ない。
 少なくとも、俺は気にしない。きっちりと与えられた仕事をするだけだ。
「いいだろう、で?」
「あなたを雇いたいのです。腕利きのハンターだとお聞きました。どんな凶暴な獣が相手でも、あなたは負けたことがないのでしょう?」
 身を乗り出して女は言う。誰に聞いてきたのが知らないが、それは買いかぶりすぎだ。
「運がいいだけだ」
 他のハンターよりも臆病だし、死にかけたこともある。
 もし、本当に腕のいいハンターならば、こんなところで飲んだくれてはいないだろう。
「報酬はあなたの望み通り払います。だから、お願いします。妹を――私の妹を殺してください」
 爛々と輝く瞳で、女はきっぱりと言った。


 その言葉を聞いたとき、頭の奥で、何かちりちりするような警報が鳴っていたのは事実だった。やばいことになりそうな気がした。
 すぐに断ろうとさえ、思った。
 だが、好奇心と、女の思い詰めた眼差しに、つい尋ねてしまったのだ。
「妹の名前は?」
「ウェラ」
 よせばよかったと後悔した。
「ウェラは死んだのだと、思っていた」
 あえぐように言った言葉に、女はゆっくりと首を振った。
 ウェラはかつてのハンター仲間だ。
 砂嵐は好きではないと普段は外に出ることはなかったが、仕事の時は、それをものともせずに砂漠を駆け回っていたのを覚えている。ここと似たような環境の星で育ったからだと皆に言っていたような気がする。家族のことなど一切話したりはしなかったが、おそらくここへ流れ着く前は、それなりに裕福な家庭に育ったのだろうと思わせる女性だった。
 そのウェラが突然消えたのは、三年前。仕事に失敗したという噂がたち、そして忘れられていった。この星を捨てて故郷に帰ったのではないかと仲間たちは言ったが、そんなことがありえないのは彼ら自身がよく知っている。ここの住人になった瞬間から、この星に縛られているのだから。
 外に出ようなど、ほとんどの者が考えない。多分考える気さえ起こらない。
 この目の前にいる妹を殺してくれと言う女性は、どこまでを知っているというのだろう。
「警戒なさらないで。私は知っています。この星のことを。気がつきません? 私もこの星に依存するものなのです」
「嘘だ」
 思わず口にしてしまったのは、あまりにも彼女がこの星の住人らしくなかったからだ。匂いを別にすれば、彼女はこの星に似つかわしくない。
「信じられない? それでしたら、今すぐここで変身してごらんにいれましょうか?」
 すぐにでも実行してしまいそうな様子にあわてて、首をふる。
「わかった。あんたがこの星の住人だと認めよう。だが、なぜウェラを?」
 仮にも妹だ。というよりも、ここでの肉親関係というのは、他惑星よりもずっと重要なもののはずなのだ。
「あの子は、狂食願望にとりつかれています」
 だから、妹を殺して。
 複雑に歪んだ笑みを浮かべて、彼女は言った。
 自分の感情を押し殺しているのだろう。テーブルの上で握り締められた指の先が、白く変わっていた。
「仕事で出かけた惑星で、妹を見たのです。そして、彼女が殺戮を繰り返していることを知りました。その時は、すぐに見失ってしまって………ずっと捜し続けていたのですが、つい先日、この星に戻っていることがわかりました。匂いが―――あの子の匂いがしたから」
 その言葉を聞きながら、俺は、胸の奥に苦い思いがわきあがってくるのを止めることができなかった。


 ここは特殊なのかもしれない。
 この星に住み着くようになってから、ずっとそのことを考えている。
 初めてここの流れ着いたとき、何の変哲もない星だと思っていた。都市以外は砂漠、散らばるドームは快楽と堕落が入り混じった観光都市だ。
 だが、それが表向きの顔だと気付くのに、そんなに時間はかからなかった。
 この星には、俺の知らない闇があった。
 性別や種族―――そんなものに関わらず、ここに訪れたものを蝕むもの。
 何故それがおこるのかはわからない。
 ただ、ここにやってきた者の幾人かにそれは起こる。
 遥か以前より存在する不可思議な風土病。
 いや、病気だと安易に考えるのは間違っているのかもしれない。
 あまりにも特殊で異質なものだからだ。
 発症すると、最初は地球でいう風邪のような症状が出る。
 高熱と倦怠感。
 吐き気と関節の傷み。
 幾日もそれが続き、ようやく症状がとれたとき、気付くのだ。
 自分の体が変化していることを。
 元の姿とは違う自分の存在を。
 何故わかるのかと言われても答えられない。
 感じるのだ。
 自分が、何か違うものになってしまったことを。
 子供の頃、獣人の出てくる話を読んだ。
 月の光を浴びて、変わっていく姿を、恐ろしく思ったり、憧れたりした。
 すべて物語の中だけで、語られる架空の話だと考えていた。
 それと近いことが、この星では起こるのだ。それぞれの意識の中に眠る、それぞれの獣の姿に変わってしまう。
 ウイルス説を唱えるものもいた。
 精神的な力の作用だと言うものもいた。
 だが、それが一度起こると、もう元には戻れない。肉食動物だったり、草食動物だったり、魚のような容姿を持っていたりと、変化する姿はバラバラだったが、この星にいるほとんどが、獣や獣以外のもうひとつ姿を持つものばかりなのだ。
 ただ姿が変わるというだけならば、問題も少なかっただろう。
 味覚が変わるのだ。
 今まで普通に食べられていたものが、味気ないものになる。それだけではない。飢えが満たせない。自分の体に合ったもの以外のどんな食べ物も、自身の飢えを完全に消すことが出来ないのだ。
 草食系のものは、困ることは少ないが、肉食系のものたちはむやみに誰かを襲うわけにはいかない。常に飢えた状態のままだ。
 だから、彼らはハンターになる。
 唯一、飢えを満たす方法があるからだ。
 狂食願望―――狂った本能に目覚めた仲間たちを狩る。
 それには政府の許可証が必要だ。無許可で狩りをすれば、今度は自分たちが狩られる立場に変わる。
 そうしなければ、秩序が保たれないからだ。


 砂嵐がおさまりつつある砂漠を眺めながら、ぼんやりと犠牲者のことを考えていた。
 密猟者も九人ばかり犠牲になっているが、それらは自業自得とも言える。だが、ハンターがやられているということにひっかかっていた。
 彼らのことはよく知っていた。堅実で、しくじったことがない腕利きばかりだ。そのうちの一人とは、一度一緒に仕事をしたこともある。
 気になるのは、彼らの全てがウェラと古くからの知り合いであるという事実だった。
 彼らの仕事ぶりを知っているからこそ、簡単にやられるとは思えない。今噂になっている獣よりも、もっと狂暴な相手と戦ったこともある。
 それなのに、勝てなかった。相手がウェラだからなのか? だが、彼らはプロで私情を挟むとは思えない。
 何故だろう?
 死体を前に、大きくため息をつくと、とりあえず車まで戻った。
 無線のスイッチを入れる。
 精度のいいものに入れ替えたにもかかわらず、雑音がひどい。砂嵐のせいだけではなく、砂漠にかなり入り込んでいるせいだ。
「ラーギグィス、俺だ」
 ラーギグィスは、ハンターではないが、古い知り合いだ。同時期にこの星に流れてきて、同じように住み着いた一人だった。こちらが調べにくい情報を政府の政策に引っ掛からない程度に教えてくれる存在でもある。
「よお、相棒。首尾はどうだい?」
 訛りの強い、くせのある声が、雑音に混じって聞こえてきた。
「最悪だ。また一人やられた。観光客らしいが、身分証明書は持っていないようだな」
 こちらの知らない言葉で、ひとしきり悪態をついたあと、ラーギグィスはいつもの陽気な口調に戻る。
「間違いなく、今追っている獣の仕業なんだな? ………まだ信じられないが、それは本当にウェラなのか?」
 確認するように、ラーギグィスは言った。
 彼もウェラを知っている。だから、信じたくないと思っているのかもしれない。
「こんな殺し方をする狂食に取り付かれた者が、他にいればな」
「いないだろうな」
「………ラーギグィス、死体を回収する手続きをとってくれ」
「いいさ。あんたはどうするんだ?」
 その言葉に気遣うような声音を感じたのは、気のせいではないのだろう。
「追う。砂嵐もおさまってきたからな」
「そうか。気をつけろよ」
 いつもの彼らしくない言葉だった。
 彼なりに俺のことを心配してくれているのかもしれない。
 余計な感傷にひたるつもりもなく、ただ、黙って無線を切った。
 そして、感じていた。
 風の音に混じって懐かしい声が聞こえてくるのを。
 それは、確かにウェラの声に似ていた。


 風はまるで泣いているようだった。それに混じるように、声が聞こえる。
 彼女なのだろうか。
 彼女が呼んでいるのだろうか。
 その懐かしい匂いに惹かれるように、いつのまにか俺は砂漠を歩いていた。
 風のおさまりかけたその先に、確かに彼女がいる。
 確信できるのは、かつて彼女が肌を合わせた女性だからなのだろうか。
「ウェラ」
 予想通り、砂嵐の中で、ウェラは人とも、獣ともつかない裸身で立っていた。
 せりあがった口元から、長く濡れた舌が、だらりと垂れ下がっている。手と足の先は獣化していたが、それ以外の部分は、まだ元の姿のままだった。
 胸から、血をしたたらせたままで、変身がとまっている。
 だが、その藍色の瞳は、昔と変わらなかった。体を覆いかけている褪せた金色の毛も昔の記憶のままだ。
「ユウキ?」
 藍色の目が、睨み付けるようにこちらを見ていた。
「私を殺しにきたのね」
 ためらっていると、ウェラは挑発するように叫んだ。
「確かに、あなたならできるでしょう? この星の住人なのだから」
 答えるべき言葉を思いつかない。
 変わり果てたかつての仲間に何を言えばいいのだろう。
「私は、黙って殺されるつもりはないから」
 彼女は、胸元の血を拭うと、口元を歪め笑った。凄絶な、といってもいいような凄味のある笑顔だ。
 その瞳には、肉食獣が獲物を見付けたときに見せる歓喜に似たものが宿っていた。
 だが、そんなことで、引くわけにはいかない。
「何故なんだ?」
 その問いの答えがないとわかっているのに尋ねてしまうのは、未練があるせいだろうか。
 ウェラの顔が歪む。
「何故? わからないわ。どうしようもないのよ。殺したくて、殺したくて、仕方ないの」
 長い舌で、広がった唇を舐める。今まで殺した生き物を思い出したのかもしれない。うっとりと瞳を細め、恍惚とした表情を浮かべている。
 吐き気がした。
 典型的な狂食願望だ。
 食べるために、狩りをするのではない。
 ただ、なぶり、殺すためだけに、狩りをする。獲物をまったく食べないわけではないが、死んでしまったものに、興味はなくなるのか、ほんの少し口にしたあとは、死骸はほったらかしだ。
 誰もが、そうなるわけではない。
 心に傷を負ったときにおこるとも、そうなる資質をもったものが何かのきっかけに豹変するのだも言われているが、何故そうなるのかは誰にもわからない。
 この星と運命を共にする、住人すべてにその可能性はある。
「私の方こそ聞きたいわ。どうして、あなたたちはみんな善人ぶっているの? 本当は食べたくてたまらないくせに、どうして我慢できるの?」
「俺たちは殺すために狩りをしているんじゃない」
「それは偽りだわ。みんな嘘をついているのよ。相手を狩るときに、喜びは覚えないの? 自分の力の強さがすべてだと感じる瞬間に、歓喜することはないの? ―――いいえ、あるはずだわ。だけど、あなたたちみんな、本当の気持ちを隠して、笑い合って。見ているだけで、反吐が出そうだった。だから、ハンターなんて大嫌い」
「ハンターも殺したのは、そんな感情のためだったのか」
「そうかもしれないし、違うのかもしれない」
 楽しみのためだと、その瞳が告げていた。
 やりきれない。
 そんな理由でハンティングさせられるのも、うんざりだ。
「戻ってきたのは、何故だ?」
 狩られることはわかっていたはずなのに。
 それともすべてのハンターを敵にまわして勝つつもりなのか?
「さあ。わからない。わからないわ」
 ウェラの表情が曇った。
 すぐに、もとの表情に戻りはしたが、ひっかかるものを感じる。
 ウェラは、何かを迷っている。
 だが、何を?
 俺には、わからなかった。
「ねえ、どうする? 少しは抵抗する? それとも、黙ってあっさり殺されてくれる?」
「どちらもごめんだな」
 言いながら、防砂マスクを剥ぎ取った。
「やる気になってくれたみたいね」
 ウェラは笑った。長い舌でぺろりと唇を舐める。
「どうぞ、変身するまでは、待ってあげるわよ」
 そりゃ、どうも。
 そう思うだけで、精一杯だった。


 変身に、苦痛は伴わない。
 身を屈め、体中の細胞が崩れ、再構成されるのを感じるのは心地よくもあった。
 心の中にある獣―――それは自分にとって、昔小説で読んだ狼だった。
 だから心の中を映したように、体は狼に近づいていく。
 不思議なことだった。
 本来あるはずのない牙の使い方も、尻尾の使い方もちゃんと心得ている。
 人間であった時ほどに物事が理路整然と考えられなくなるのが難点だが、それでも、変身するたびに喜びがあった。
 いつのまにか、ウェラの姿も獣に変わっている。
 彼女は、地球的感覚でいえば、虎に似ていた。
 褪せた金の毛皮を持つ、美しい獣だ。
 かつてのように、その瞳は優しくはなく、ぎらぎらと燃えるような、憎しみさえ混じった藍色の輝きを放っている。
 覚悟を決めるしかなかった。
 彼女を―――狩る。
 そして、食べるのだ。


 勝負は互角だったのかもしれない。
 だが、彼女の欲望とこちらの欲望を比べたとき、わずかに向こうのほうが勝っていた。
 心の中のためらいが、彼女を優位にさせていたのかもしれない。
「なによ! 口ほどにもない。私を殺せないの!」
 何を言っているのだろう。
 彼女は何を?
 かみついていた肩から口を離し、怒鳴った彼女は泣いているように見えた。
「だったら、殺すわ。あなたを殺す!」
 彼女は本気だった。
 死にたくない。
 そう思った。
 そこには死より勝るものがあった。
 飢えと乾きだ。目の前にある肉をむさぼれば、楽になる。
 この柔らかい肉を、骨を、思う存分味わいたい。
 自分でも、信じられないような力だった。
 死にたくない。飢えたままで、死にたくはない。
 その思いが、最後の力を俺に与えていた。
 同時に違和感を覚える。彼女の方が優位だったのに、押さえこまれていたのはこちらの方だったのに。
 あっさりと彼女は俺の体に押し倒された。
 まさか、力を抜いたのか?
 だが、勢いよく飛び掛った俺の動きは止まらない。
 俺の鋭い牙が喉に食い込み、真意を告げることもなく、ウェラは絶命していた。
 その顔は、微笑みとも、泣き顔ともつかない奇妙な表情で歪んでいる。
 だが、確かに聞いたような気がした。
 やっと、逝ける、と。


 俺の何日かぶりの食事は、苦い味がした。
 久しく感じたことにない胸の痛みが、棘になって体中を突き刺すようだった。
 それでも、食べることはやめなかった。
 それが、決まりだ。
 この星の住人と成り果てた者の宿命だ。飢えを満たすにはそれしかない。それに、次の食事にありつけるのが、いつかもわからない。
 それまでは、味気ない町の食堂で出る食事で我慢しなければならないのだ。
 骨から肉を引き剥がしながら、ぼんやりと、ウェラのことを思った。
 彼女の最後に言った言葉の意味がわからない。
 死にたがっていたのか?
 それなら何故あんなに他者を殺した?
 自分でもとめられないのが狂食願望なのか?
 答えが出るはずもなかった。
 だから、食べ続けるしかない。狩り続けるしかない。
 彼女のようには、ならないために。


 いつのまにか、風が止んでいた。
 砂嵐によって、ずっとぼやけていた空に、今は星がはっきり見える。
 もうすぐ短い夏がやってくる―――。




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