そろそろ行動を起こすべきなのかもしれない。
あの人に会うために。
あの人を愛しているからこそ、私は彼に会わなければならないのだ。
けれど、まずは、狩りを始めよう―――この飢えと、乾きを満たすために。
観光客たちと同じように小奇麗な服を着て、大袈裟なくらい香水をつけた私は、それほど大きくはないカジノに出かけた。
人の出入りがそれなりに多ければ、同胞には見つかりにくくなる。
香水をつけたのも、自分の匂いをわかりにくくするためだ。
なるべく目立たないように遊びながら、獲物を探すことにする。
「君、一人なのかい?」
それほど待たずに、観光客らしき男に声をかけられた。
仕立てのよいスーツを身につけており、仕草も上品だが、どこか胡散臭い。金は持っているのかもしれないが、まともなことをして稼いでいるようには見えなかった。
男は、自分はチキュウの出身なのだと言う。
実業家だとも言ったが、職業に関しては本当のことを言う者の方が少ないので、適当に聞き流す。
どうせ、相手も私も、そんなことには興味ないのだ。
ただ話をつなげるための話題にしかすぎない。
チキュウ出身ということで、嫌なことを思いだしたが、なるべくそれを顔にださないようにし、一緒に食事をしないかという誘いを私は受けることにした。
カジノの近くにあるレストランへ場所を移し、しきりに勧めてくる酒を適当に断りながら、饒舌になった男のくだらない話を聞いていた。
相手に不審がられない程度に相槌をうち、おいしいとも思えない料理を口にしながら、早く時間が過ぎればいいなどと考えていたのだけれど、男がふいに言い出した言葉に、私は眉をひそめる。
彼は、この星にギャンブルだけをしにきたのではないらしい。
「めずらしい生き物が砂漠にいると聞いてね」
声を潜め、辺りを窺いながら、男は『この星へは猟をしにきたんだ』と告げる。
この男は密猟者なのか。
違法な狩りをしている、くだらない連中。この星が猟を禁止していることを知りつつやってくるやつらだ。
それほど遠くない過去の出来事を思い出す。
あの時と同じだ。
私が、初めて他人を、生きるためだけでなく手にかけた夜。
この星から逃げ出すことになった、忘れようとしても忘れることが出来ない記憶が蘇る。
こういう言い方は好きではないが、運命というやつなのかもしれない。今夜の狩りの相手に選んだ男が、チキュウ出身なのも、密漁者なのも。
馴れ馴れしく腕に触れる男を冷めた目で見ながら、そう考える。
「どうかしたのかい?」
粘りつくような視線と、こちらを伺うような口調に、私は顔を上げた。
考え事をしているうちに、無意識にうつむいてしまっていたらしい。
「いいえ、なんでもないわ」
微笑みながら、私は言う。
男は、馬鹿な女が金につられてついてきたと思っているだろうが、捕まえたのは私の方だ。
今のうちに楽しい夢を見ていればいい。
好きなだけ淫らなことを考えていればいい。
すぐに、それがすべて幻だったと気がつくのだろうから。
醜くて、けれども快楽に忠実な『人間』相手に、私の最初の『狩り』が始まる。
あの人が気付いてくれるまで終らない『狩り』が―――。
最初の狩りでは、あの人はやってこなかった。
代わりに現れたのは、顔見知りのハンターだった。
だから、また同じことを繰り返した。
そのハンターを逆に狩り、これ見よがしに死体を見せつけたのだ。
けれども、また、あの人とは違うハンターが私を狩りにやってくる。
見つからないよう逃げながら、私は憑かれたように、ハンターや観光客たちを手にかけた。
身体から立ち上ってくるような血の匂いは、もう決して消えることはないのだろう。
自分自身では、きっと止められない。止めようとも思えない。
けれど、信じている。
狂ってしまった私を狩るために、いずれは『彼』がやってくるだろう。
この星の秩序を守るという大義名分のために。
かつて私が愛し、けれども愛しているとは一度も言ってくれなかった人。
何度も夢の中で、彼を殺す夢を見た。
彼の肉を食らい、全てを断ち切ろうとする夢を見続けた。
叶うはずのない夢だ。